第74話 第二案

「俺の考えを言っていいですか?」


「ああ。遠慮せずにどんどん言ってくれ」


 匠さんに促されるまま、俺は自分の考えをまとめて述べようとした。なんとなくだけど、匠さんは不思議と相談したくなる人柄だと思う。その辺は、師匠と同じような感じだ。この人なら、俺の意見を全否定せずに聞いてくれる。悩みを一緒に考えて解決してくれる。そういう安心感がある。


「俺としては、タトゥー設定は通ると思って入れてなかったです。却下される前提で入れたもので、まさか刺さる人がいるとは思いませんでした」


「んー。まあよくあることだよね。アイディア出しの段階は質より量だ。好ましくないアイディアも重要と言える。そこから次のステップに進むための足掛かりになる可能性は十分ある」


 匠さんとしてはギリギリを攻めすぎた俺を非難するつもりはないようだ。話し合いをしようって言われた時には、心臓が握りつぶされそうな思いをした。けれど、思ったよりも責められずに一安心と言ったところだ。


「それで、俺としてはタトゥーなしで採用されても全然文句はありません……ただ、やはり確実に刺さっているターゲットがいるのにそれを見過ごす。その選択を取るのも勇気がいると思います」


 なんとも厄介な人が刺さってくれたものだ。もし、青木さんがタトゥーのデザインを気に入らなければ、俺は匠さんの助言通りにタトゥーなしを迷うことなく採用していただろう。


 俺としては、このデザインの肝となっているのは清楚系なイメージだ。俺なりの正統派な清楚の解釈をしたデザイン。それだけは譲るつもりがない。タトゥーはあくまでも付加価値的なもの。気に入ってくれたなら採用するし、そうでないなら採用しない。その程度の考えだった。そこは主軸ではないのだから、ボツが出ても反論する気は起きない。肝心の顔の造形や全体のスタイルとかは否定されていないのだから、クリエイターとしては満足している。


「なるほど。琥珀君としてはタトゥーがボツになっても受け入れると……つまり、どっちに転んでもいいわけだな。俺はボツ派。青木は採用派。そして、琥珀君は中立派か。見事に意見が分かれたな」


「あのー……他の人の意見とかは訊かないんですか? 例えば社内アンケートを取るだとか、魂候補の人にどっちがいいか尋ねてみるとか」


「ああ、社内アンケートなら一応取ってある。魂候補の人はまだ接触はできていないから意見を聞くことはできなかったけれど」


 なるほど。社内アンケートというデータがあるなら、それを参考にすることもできる。


「アンケート内容は5段階評価を求めるものだ。2種のデザインをそれぞれ『とても好ましい、好ましい、どっちでもいい、好ましくない、とても好ましくない』この5択でアンケートを取った」


「その結果はどうだったんですか?」


「んー。詳細データはあえて伏せるよ。具体的な数字を見てショックを受けるクリエイターも少なくないから。ただ、こちらも賛否両論……といった感じかな」


 匠さんは少し言葉を濁している。そこの含みを考えた時に、『とても好ましくない』を選んだ層は一定数いるっていうことが推察できた。賛否両論ということは、否の意見を言った者も当然いるということだ。クリエイターである以上は、作品を否定されるのは覚悟していたこと。事実、ショコラの動画も毎回一定数は低評価がつく。でも、そういう意見はあんまり聞きたくないというのも心情だ。匠さんもそれが分かっているからこそ、俺に尋ねられるまではアンケートの存在を伏せていたのか。


「否の数が少ないのはタトゥーなしの方だ。けれど、最高評価を出したのが多いのはタトゥーありの方なんだ。つまり、タトゥーがあった方がコアなファンはつくだろう」


 そのデータが示しているのは、コアなファンはつく。けれど、このキャラを好ましく思わないアンチ層も同時に引っ張る可能性があるということだ。これが、俺1人の問題だったら、そこまで悩むことはなかったのかもしれない。けれど、Vtuberには中の人が少なからずいる。その人にまでアンチがついてしまうのは、望むところではない。


「俺としてはタトゥーなしデザインでも、十分な人気が出ると踏んでいる。まあ、それは魂次第でもあるけど。リスクが低い割にはリターンがでかい。それは魅力的だと思う」


「そう言ってもらえると素直に嬉しいです」


「それに対して、タトゥーありデザインはリスクが懸念されているし、リターンも未知数だ。このリターンが大きい保証はないけど、とんでもない鉱脈が埋まっている可能性はある」


 そこまで喋って匠さんは一拍置いた。そして、話を続ける。


「経営者の視点として見るなら、俺はなしデザインで行けばいいと思っている」


「経営者の視点でってこと……つまり、匠さんはクリエイターとしての視点で言えばまた意見が違うんですか?」


 匠さんは経営者でもあり、クリエイターでもある人物だ。その分、多角的に物事を見れるのだろうか。


「ああ。そうだな。クリエイターの立場なら攻めの姿勢で行ってたかもしれない」


「そうなんですか」


「ああ。守りに入ったら革新的な作品は生まれないからね。俺が琥珀君の立場なら、経営陣を無理矢理納得させるだけの要素や根拠を捻りだしているところだ」


 なんとも強引なやり方だ。こういうことができる人だからこそ、経営者になれるんだろうか。


「それに意見の擦り合わせというのは、賛成意見ばかりでは成り立たない。反対意見も必要ということだ。政治で言ったら、与党と野党があるみたいな感じかな。今回のケースで言えば、青木が賛成の立場。琥珀君は制作者だから賛成の立場に回るだろうと踏んだ。だから、俺はバランスを取るために反対派につこうとしたという感じだ」


 なるほど。反対派と言うのは憎まれやすい。匠さんは、俺に憎まれる覚悟で反対意見を出してくれたんだ。やっぱりこの人は凄いな。


「ただ、まあ。琥珀君の話を聞いて、別の道を模索できないかなと思ってるんだ」


「別の道ですか?」


 別の道とはなんだろうか。それは気になる。


「ああ。琥珀君の話を聞く限りだと、琥珀君は別にタトゥー入りのデザインに拘りや主軸があるわけではないと思い始めたんだ。要は過去の消せないものを背負ってさえいればいい。その感じを出せればいいと」


「そうですね。それを象徴するのにパッと思い付いたのがタトゥーなんです」


「なるほどなるほど……実はな。青木に……というか、タトゥー賛成派の意見を聞いたんだ。どうして、タトゥーがあるほうがいいんだって」


 そうか。好きや嫌いという感情には必ず理由というものがある。あまりにも好きすぎるものに出会った時は理由も説明できずに、「尊い」しか言えない人もいる。だが、その人も上手く言語化できてないだけで、深層心理では必ず刺さる理由があるはずなんだ。俺はその分析を全く考えてなかった。


「そうしたら、『タトゥーで素顔が隠れていると想像の余地があっていい』『素顔とのギャップが良い』『タトゥーの厳ついイメージの後に素顔を見たら、より清楚に感じられた』という意見があったんだ。このことから考えると、顔がある程度隠れてさえいれば、別に賛成派もタトゥーである必要はないと言っているようなものだな」


「そうなんですか。うーん……確かに理由を訊くとタトゥーだから良いっていう反応にはなってませんね」


「そして、琥珀君の話を紐解いてみてもタトゥーを消すのは許容しているということは、タトゥーの代わりに別のもので顔を隠しても問題ないってことだよね?」


「えっと……そうですね。確かに消しても問題ないと思えるくらいなら、キャラクターの軸はそこにはないのかも」


「琥珀君の意見としては、このキャラにはギャップを求めている。だからこそ、タトゥーという発想に至った。つまり、このキャラの主軸はそこにあると俺は踏んでいる」


 確かにそうだ。最終的に清楚に行きついたという結果があれば、ギャップとなる過程は極道みたいな感じでなくてもいいのかもしれない。


「もっと日本人に受け入れやすい要素で顔を隠せば、賛成派もある程度納得してくれるし、反対派にも寄り添うことができる」


「そんなものがあるんですか?」


「うーん……まあ、色々と琥珀君がイメージしてくれたキャラ設定とは乖離かいりするかもしれないけど、そこら辺は色々と案を出し合って決めよう」


 そうして、俺は匠さんと一緒にコンセプトがブレない程度にキャラを少しずつ変えていき、キャラの第二案を完成させた。それを元にまたデザインし直しすることになった。2度目のリテイクだけど、今度は方向性が定まっている分、気が楽だ。

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