第72話 キャラデザ完成

 俺は今一度キャラデザを見直すことにした。このキャラクターの強みになる点。個性を出すためにはどうしたらいいのか。今度はそれについて考えてみよう。


 考えてみること30分。全くアイディアが思い浮かばない。自由な発想でいいと言われていたが、自由すぎると却ってなにをしていいのかわからなくなる。例えるならレストランに行けば、メニューの中から自分の好きなものを選べばいい。これにはあんまり時間はかからない。けれど、急になにを食べたいか訊かれると咄嗟に答えるのは中々に難しいものがある。


 キャラデザもパーツ毎に細々と特徴を指定されていれば、思考は最小限に抑えて描くことができる。けれど、今回は方向性だけを示された状態。自分で考えて描かなければならない。


 うーむ。しかし、改めて俺のデザインしたキャラクターを見たけど……やっぱり匠さんの言っていることは正しいな。これでは、凡庸そのものである。世に溢れかえっている典型的な大人しい感じの女性のキャラデザ。なんというか、仮にこのキャラのファンアートを描かれた場合、一目で「このキャラだ!」ってわかるような感じではない。似たようなデザインのキャラがいそうな感じがする。タグ付けせずに投稿された場合、間違いなく気づかない自信がある。


 一言で言えばオーラがない。自分で生み出しておいて難だけど、このキャラクターでは他のVtuberに圧倒的に見劣りするだろう。数多のVtuberが誕生し、消えていくVtuber戦国時代を生き抜けるだけの魅力を感じない。


 幸い、欠点を指摘されなかったことから、このガワの素体はそこまで悪くないと思う。だとするとワンポイント要素を付けたすだけで化けるかもしれない。ちょっと髪型を変えてみよう。


 俺は髪型を変えた差分を何パターンか作った。その作業は結構楽しかった。ただ漠然と考えてるよりか、手を動かす方が俺には向いているのかもしれない。最初は定番の黒髪ロングだった。それをショートにしたり、ポニーテールやツインテールやサイドテールにしたりもした。ちょっと複雑な形のシニヨンや編み込みなどもしてみた。


 うーん。結局どれがいいのか分からない。強いて言うなら、ポニテが他より1つ頭抜けている感じかな? でも、自分ではこれがいいと思っていても、他人から見たらイマイチなんてことはザラにある。


 だからこそ、こういう時は他人の意見が重要になってくる。だけど、製作途中の絵を無許可で他人に見せるわけにはいかないからな。一応、仕事である以上は守秘義務が発生するし。これが会社員だったのなら、同じ社員に見せても問題はなさそう。だが、如何せん個人だとそういう相手が身近にはいないのだ。


 依頼主である匠さんに相談すべきなのだろうか。匠さんなら相談に乗ってくれそうではある。


 俺は匠さんの携帯電話にかけてみた。一応、会社の代表となる人物だから忙しいかなと心配する気持ちはあった。でも、数コールするとあっさり電話に出てくれた。


「はい。琥珀君? どうした?」


「お忙しいところすみません。ちょっと相談したいことがありまして」


 とりあえず、申し訳なさそうな空気は作っておく。忙しい相手の時間を奪う以上は、そういう空気を出すのがビジネスマナーなのだと俺は思う。


「相談? んー。いいよ。キャラデザのことだよね?」


「はい。一応、あれから自分でも考えました。そこで、まずは髪型を変えてみようって思ったんです」


「ほーほー。まあ、髪型が変われば印象も変わるからね。悪くない選択だと思う」


「そこで色々と試したんですけど、他の人の意見も聞いておきたいなと思ったんです」


「んー。なるほどなるほど。まあ、確かに他の人の意見を聞くことも大切だ。でも、それはきちんとキャラクターとしての軸が出来上がってからの方がいいかな」


「軸ですか?」


「ああ。何事もハッキリとした軸が定まってないと他の人の意見であっさりとブレたりする。これだけは譲れない要素だってものがない状態で他人の意見を聞いたら、それはもう他人の作品になってしまう」


 確かにそうだ。クリエイターの個人の軸がなければ、その人に依頼する意味がないのだ。


「琥珀君。ショコラを作った時のことを思い出して。あれはキミの好きが詰まったものだろ。他人からサキュバスメイド要素を消せと言われて、消せるものではないだろう?」


「そうですね。そこを消せと言われたら、流石に反論しますね」


「ああ、それが軸というものだ。他人の意見で微調整することはできても、根幹を作ることはできない。琥珀君は今はその根幹を作っているところだから、きちんと自分の強い意思を持って作るといいよ」


「ありがとうございます匠さん。参考になりました」


「ああ。ある程度形を作ってからまた相談しにおいで。それまで待ってるからさ」


「はい。では、失礼します」


「あいよー」


 なんだかわかりかけてきた気がする。俺は今まで描いた髪型の案を全てボツにした。これではダメだ。もっと根本的なことから変えなければならない。


 先日、匠さんは特定の層に向けてターゲットを刺せと言っていた。その刺さるか刺さらないかの基準。その前提条件として制作者本人に刺さるかどうかって言うのが非情に重要なものだと俺は解釈した。


 自分ですら刺さらないものが、どうして他人に刺すことが出来ようか。さっきの髪型だけ変えたデザインを見ても俺の心にはなにも刺さらなかった。つまり、あれではまだまだ力不足と言う訳だ。


 もちろん、自分が刺さったからと言って確実に他人に刺さるとも限らない。けれど、自分で至高の出来だと思っていないものを他人に刺そうとする。それはかなり失礼な行為ではないか。


 ショコラのデザインは俺に刺さりまくっていた。というか、俺の趣味を詰め込んだようなキャラだから当然だ。だからこそ、俺と同じ嗜好を持つ人に刺すことができたのだ。


 今回も同じことが言えるかもしれない。今度は、一から俺の趣味全開でデザインしてみよう。そこに致命的な欠点はあるかもしれないけれど、そんなことはもう知ったことではない。ターゲットに刺さるかどうかの微調整は、匠さんがいいアイディアを出してくれるだろう。もうそこは丸投げだ。



 俺は自分の描いたラフ画を見て、ため息をついてしまった。なんともこれは……一言で表すとなると――


「やっちまった」


 大丈夫か? これ……怒られないかな? コンセプトから大きく逸脱しているとは言わなけれど、寄せてもいない。初期のおっとりとした大人の女性というコンセプトはどこに行ったんだという感じのアレになってしまっている。


 しかし、締め切りの日は迫っている。今から新しく描き直す時間はない。となると、これを提出するしかないわけだ。


 そんな相当攻めた画像ファイルを匠さんに送る。もうどうにでもなれ。このデザインの擁護するべき点は、まあパッと見、目につくよねという印象だ。


 で、でも。俺は悪くないし。匠さんが短所があってもいいから、とにかくキャラクターのウリになる部分を出せと言ったからこうなったわけだし。


 まあいいか。問題となるであろう箇所は消そうと思えば簡単に消せると思うし。指摘されたら消すという方向性で。


 若干開き直りながらも内心ビクビクしていると、匠さんからメールが来た。


『琥珀君。明日空いてるかい? 話し合いがしたいんだけど』


 怖い怖い。なんだこの文面。打ち合わせじゃなくて、話し合い? その言い回しが既に怖い。


 え? もしかして、俺の進退に関わること? 300万円を失うことになってしまうのか? そんな不安を抱えたままメールの返信をして、明日の話し合いを待つことにした。

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