第71話 デザインの洗練

 プロ、またはそれに準ずる実力を持つイラストレーターのラフ画を片っ端から集めた。そして、自分のデザインしたキャラと見比べてみる。


 うん。見事なまでに死にたくなってくるな。おかしいな。描いている途中は、そこまで粗というものが見つからなかったのに、他人のイラストと比較するとダメなことしか見えなくなってくる。


 なんというか。プロはラフ画の段階で纏っているオーラが違いすぎる。流石はイラストでお金を貰っている人たちだ。俺とはレベルが圧倒的に違う。


 俺も大金を貰う以上はこれくらいのレベルを要求されても仕方ない。期限内にこの人たちと遜色そんしょくないレベルまで近づかなければ、社会の一員として責任を果たせたとは言えないだろう。


 そう思うと父さんには感謝しかない。もし、父さんの言葉がなければ、俺は低クオリティのデザインのまま提出していたかもしれない。それくらい、この仕事を受けようとした時の俺の意識は低かった。


 これは、俺1人が責任を負うような話ではないのだ。他人の依頼で物を制作することの難しさというものをひしひしと思い知らされる。


 趣味で作ったものを販売しました。同人活動の範囲内なので売上が上がらなくても仕方ありません。という次元とはまた違うのだ。


 このデザイン画は完成次第、宣材写真のように扱われる想定だ。このデザインのVtuberが近々誕生しますよとSNSで宣伝される。つまり、人目に晒されるということだ。当然、ある程度のクオリティがなければ、期待値は下がってしまう。入口が3Dモデルだったのなら、そこだけ拘れば良かったのだけれど、今回のケースはそうもいかない。


 ショコラの初期デザイン案は人目に晒されることはないから、かなり雑に描いていた。本当に俺と師匠さえ分かればいいという設計図のようなものなのだ。3Dモデリングする際に困らなければいい。という最低限のものでしかない。このデザイン画は公開する予定は一生ないからそれはそれでいい。


 しかし、考えていても仕方ない。とりあえず、手を動かさないことには始まらない。時間は待っていてくれないのだ。俺が自分で決めた締め切りを破るわけにはいかない。1週間でできると言ったのなら、1週間以内に終わらせなければならない。それができなけば、プロを名乗ることは許されないのだ。


 最低限のクオリティを保証する方法。それは、とにかくマイナス点を作らないことだ。悪い箇所というのは、それだけ良い箇所も台無しにしてしまうのだ。ワインの中に1滴でも泥水が入れば、それはもうワインとして飲めない。ただの泥水になってしまう。いくら最高品質の葡萄を使ったり、醸造技術を上げて良いところを伸ばそうとしても全くの無駄である。まずは泥水を取り除けという話になるのだ。


 そして、この泥水を取り除く作業。思ったよりもしんどい。自分の悪いところというのは自分では中々に気づきにくい。今までは、師匠に悪い箇所を指摘してもらって直していた。だから、ショコラも最低限のクオリティを保つことができたのだ。だけど、今回は師匠に頼ることはできない。自力でその作業をしなければならないのだ。


 でも、自立するには丁度いい機会なのかもしれない。いつまでも師匠に甘えているわけにはいかないのだ。俺はまだまだ師匠に比べれば未熟だ。教えて欲しいことだってまだまだ山ほどある。それでも、きちんと仕事ができることを証明してみせる。


 俺はデザイン画を穴が空くほどよく見つめた。ほんの小さな埃も見逃さない姑のような気分になって。そして、悪い箇所を見つけて、修正しての繰り返しをする。


 この作業を繰り返すこと1週間弱。締め切りには少し早いけれど、ようやく納得できる域に達した。匠さんに連絡を取って、デザインのラフ画を送信した。後日、添削を兼ねてまた打ち合わせをする運びとなった。



 俺は匠さんにファミレスに呼び出された。企業に作品を提出するのは初めての経験なのでかなり緊張する。ボロクソに言われたらどうしよう。そんな不安な気分しかない。


「さてと。ラフ画を見させてもらったよ。なんというか、まあ、うーん……」


 匠さんは歯切れがなんとも悪い。なんだ。俺、やらかしてしまったのか。


「悪くはないんだけど、特別これが良いみたいなものもないんだよね。このキャラクターのウリになる部分。そういうものが欠けているんだ」


 俺はその言葉を受けて頭が真っ白になった。俺としては相当に努力してきたつもりだった。それでも、求められているものを提出できなかった。その事実がショックすぎて思考が追い付かない。


「悪いところがあったら、それはこちら側でも指摘できるんだけど……なにが悪いかって言うと、別になにも悪くないんだ。だから、こちらとしても指摘するのは難しい。これをつけ足せばキャラクターのウリになると俺が提案したとしよう。でも、それは俺の意見になってしまう。琥珀君の個性ではないんだよね」


 残念ながら、俺がやってきたことは裏目に出てしまったのだ。匠さんが求めていたのは、悪いところがない完璧なラフ画ではなかった。多少粗があってもいいから、クリエイターの個性が表現されているものだったのだ。考えてみれば、良い所も悪い所もなければ、それを改善するための取っ掛かりというのものが存在しなくなる。言わば、不出来な完成系というやつだ。完成されているが故に弄る余地がない。


「はい……すみません」


 俺はただ謝ることしかできなかった。俺はこの1週間弱という時間を無駄にしてしまった。


「ああ。そんなに謝らなくてもいいよ。最初から完全なものが出来上がるとは思ってないからね。それにリテイクできるだけの期間はちゃんと設けてある。むしろ、締め切りより早めに出してくれて助かっているくらいだ」


 匠さんはまるで気にしてないかのように笑っている。けれど、やらかした俺としてはとても笑えるような気分じゃなかった。


 でも、いつまでも落ち込んではいられない。この失敗を受け入れて、次の糧にしなければならない。匠さんが、悪いところがないと言ってくれたのは幸いだった。そこに関しては、1週間の作業が報われていた。


「匠さん。俺にもう1回チャンスを下さい。今度はちゃんとこのキャラの良いところ。ウリになる箇所を探し当ててみせます」


「お、やる気があるのはいいことだね。琥珀君の自由で柔軟な発想に期待している」


「はい!」


 とりあえず、もう1度挑戦権があるようで良かった。次のステップへ進めなかったけれど、それでも道しるべは見えた。今度はウリになるところを模索してみよう。


「匠さん。その……俺にアドバイスをもらえませんか? キャラクターを作る上でこうした方がいいとかそういうアドバイスを」


「うーん。そうだねえ。やっぱり、きちんとしたターゲットを決めることかな。万人受けを狙おうとして、全員に刺さらないキャラクターを造形してしまう。そんな失敗例はいくらでもある。それよりかは、特定の人に確実に刺さるという要素。それがそのキャラクターの強みになるのかな」


「なるほど。勉強になります」


「と言っても、結構難しい話だけどね。狙った層が少数派で思ったより効果がでないこととかよくあるし」


「中々に奥が深いんですね」


「まあ、じっくり考えといて。ダメ出ししといて難だけど、ラフ画の出来は予想以上に良かった。この絵柄でもっとキャラクターの個性を打ち出せれば、きっと強い武器になる。琥珀君のこれからに期待しているよ」


「はい。ありがとうございます」


 匠さんの期待に応えるためにもがんばろう。次こそは、きちんとした個性のあるキャラクターを打ち出すんだ。

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