第70話 デザインの試行錯誤

 匠さんと打ち合わせを終えた俺は家に帰るや否やパソコンを起動してデザインのラフ画を描くことにした。


 最初は自分のイメージする包容力のある女性を描こう。ネット上で色んなキャラを参考にして描くということもできる。だが、それをするとそのイメージに引っ張られて独創性があるキャラが描けなくなる可能性がある。後で、色んな人のキャラデザを見て良い所を落とし込むとして、まずはベースとなるキャラデザを作ろう。


 まずは体型から描いていこう。豊満で丸みを帯びるように意識しながら描いていく。むっちりとした味のある曲線を描くために何度も線を重ねて、消しゴムツールで消していくという作業を続ける。


 微調整を繰り返して全体像が出来上がった。次に顔を描いていこう。やはり大人の女性ということもあって、面長な顔で各パーツもリアルタッチな感じにするのがセオリーか。おっとりとした感じを出すために垂れ目にしてと。眉も口角も少し下げ目に描くか。


 この作業が中々に難しかった。線の角度が少しでもズレると印象が全然違って見えてしまう。


 試行錯誤の末、中々に良い感じに仕上がってきた。髪型も定番のロングヘアーにしよう。毛先はあんまり遊ばせない方が良さげだな。


 問題は服装か。これに関しては本当に悩むところだ。ショコラのデザインをした時は、現実にあるメイド服を片っ端から調べて良さげなものを購入。それを参考にして、デザインした。けれど、今回は事情が違う。制服とかそういう型にはまったものがない。服飾デザインの自由度が高い分、方向性が定まりにくいのだ。


 当然、デザインにおいて重要になるのが方向性だ。全体的な方向性が一致していないとチグハグとした印象を抱かれてしまう。上は大人っぽい服装なのに、下は子供っぽい服装だったら、意味が分からないだろう。


 とりあえずベースとなるキャラデザはできている。このキャラデザに合う服装を検索してみるか。とりあえず、参考資料として女性ファッション誌でも買ってくるか? 探せば清楚系の大人コーデとかあるだろう。一応仕事で必要なものだし、経費で落ちないだろうか。これは仕事以外に使いそうもないしなあ。


 いや、でもどのファッション誌を買うのが正解なのか。それが中々に難しい問題だ。当然、俺は女性ファッション誌の知識なんてそんなにない。かと言って身近に相談できる人はいるのだろうか。相談できる大人の女性……あ、そういえば師匠は女性だったな。


 と言うわけで早速師匠に相談してみよう。一応、守秘義務があるから企業の案件でキャラデザをしていることは伏せよう。


Amber:おっとりとした包容力のある大人な女性の服装をデザインしたいんですけど、なにかオススメのファッション誌とかってありますか?


Rize:そうだな。大人系のファッション誌ならルーイとかヴァリーとかその辺じゃないか


 わーお。見事に聞いたこともない名前を出された。この分野に関しては無知だということが思い知らされた。やっぱり、デザインをやる上では知っておいた損はないし、今後はこういう分野も覚えていくか。


Amber:ありがとうございます。参考になりました


Rize:大人の女性をデザインしようとしているってことは、Amber君は同年代や年下より大人の方が好きなのか?


 なんで急にプライベートな質問してきてんだこの人は。と言っても案件でそう言ったキャラデザが必要だから調べているだけですとは言えない。相手が師匠とは言え、業務内容を外に漏らせないから。ここは誤魔化しておくか。


Amber:そうですね。やっぱり大人の女性は憧れます


Rize:そうか。大人な方が好きなのか。そうかそうか


 師匠とのメッセージのやり取りを終えた俺は就寝することにした。今日はもう遅い時間だし、書店も閉まっているだろう。コンビニに行けば、雑誌程度なら手に入るかもしれないけれど夜遅い時間に高校生が出歩くのもあまり褒められたことではない。万一巡回中の警察に補導されたら面倒事になってしまう。


 電子書籍で雑誌を購入するという方法もあるけれど、俺はどっちかと言うと資料は手元に残る媒体として持っておきたい派だ。それに、作業中は作業画面と参考資料を交互に見ることになる。デュアルディスプレイでやるにしても、光源をずっと見続けることになるので目が疲れやすいのが難点だ。紙媒体なら目を凝らして観察してもそこまで疲れるわけじゃないからな。



 翌日の放課後、俺は少し遠めの本屋に足を運んだ。学校近くの本屋だと知り合いに遭遇する危険性がある。別に知り合いに遭遇してもやましいことはない。だけど、やっぱり女性誌を買う所を目撃されたら変な誤解を受ける可能性がある。


 周囲の人間は当然ながら知らない人たちばかりだ。制服を着た中高生がいるが、俺の生活圏内にある学校の制服は見当たらない。


 そう思っていたら、俺の出身中学の制服を身に付けている男子中学生がいた。この顔は見覚えがある。確か、真珠の彼氏の時光君だったっけ。


「時光君?」


「え? うきゃ!」


 時光君は俺の顔を見るや否や女子のような甲高い声をあげた。前、聞いた時はここまで高い声ではなかった気がする。中学生という年齢もあり、まだ変声期の途中で声が安定してないのだろうか。


「び、びっくりした。えっと。真珠のお兄さんですよね?」


 時光君は手にしていた本を慌てて棚に戻した。何の本を元に戻したのかは見えなかった。ここは雑誌コーナーだったから、なにかの雑誌でも立ち読みしていたのだろうか。ここはファッション誌のコーナーで時光君が立っていた位置は丁度、男性向けと女性向けの境あたり。まあ、男子中学生なんだから男性向けの方を読んでいたんだろう。


「うん。最近どう? 真珠とは上手くやれている?」


「はい。喧嘩はしてません」


 真珠は要領がいい方だし、人付き合いも上手だ。時光君も雰囲気から察するに性格が良さそうだし、あんまり衝突することはなさそう。


「そうなんだ。真珠はああ見えて意外に繊細なところがあるから優しくしてあげて」


 無駄に妹を大切にしているいい兄っぷりをアピールする。


「はい」


 とても気持ちのいいハッキリとした返事をする時光君。先程の女子っぽい声とは違って、普通にイケボ配信者にいそうな声色だった。そう言えば、彼は配信をしているんだっけ。この声なら人気出そうだな。


 さてと。あんまり世間話していても仕方ない。俺は締め切りに追われている忙しい身なんだ。さっさと目的のブツを回収して帰らなければならない。俺は師匠に言われた雑誌を手に取った。


「あ……」


 時光君がなにかを察したかのような表情で俺の手元を見た。そして、次の瞬間見てはいけなものを見てしまった空気を出している。そりゃそうか。彼女の兄がいきなり女性ファッション誌を手に取ったら、どうリアクションしていいのか分からないもんな。


「ああ。別にこれは俺の趣味じゃないよ。ただ、俺はデザインの勉強をしていて、どうしても女性の服飾の参考資料が欲しかったんだ」


「あ、そ、そうなんですか」


「それじゃあ、また。真珠によろしく」


「ええ。さようなら」


 時光君と別れた後は雑誌を購入して無事に帰宅した。その中で良さげな服装をいくつかピックアップする。ただし、デザインをそのまんま流用するわけにはいかない。あくまでもこういう系統の服装がいいという参考にするだけだ。頭の中でオリジナルのデザインをイメージして、それを実際に描画していく。そうして、ラフ画の第1弾の形が出来上がった。


 とはいえ、このデザインもまだまだ改良の余地がある。今度は世の中に溢れているプロの良デザインのキャラと比較してみよう。他人の作品をクリエイター目線で見れば、より効果的なアプローチが見つかるはずだ。それを自分の作品に取り入れれば、もっと良いものが出来上がるに違いない。

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