第66話 リゼが何もしてないのに壊れた
今日はエレキオーシャンの音合わせの日だ。私は自身の愛用しているベースを持って、家を出ようとした。前回は30分遅刻したせいで、リゼにドン引きするくらい怒られた。だから、今日こそは間に合うように行動しよう。小さいころから怒られ慣れているとは言え、あんまり気分がいいものではない。
思えば、私は昔からロクな扱いを受けてないなと思った。担任の先生に怒られて、家に帰ればママに小言を言われて、お兄ちゃんは私をバカにするし、弟は私のことを姉だとすら思ってないし、妹はそれなりに優しいけど私より先に彼氏を作った裏切り者だ。私を甘やかしてくれるのはパパくらいなものだ。
玄関のカギを開ける。取っ手に手をかけた瞬間、ガスの元栓を閉めたかどうか気になった。時間はまだある。1度確認するために戻ろう。
ガスの元栓を確認するときちんと閉まっていた。良かった。これで安心して外に出れる。そして、外の出て私は駅へと向かった。
しかし、その道中。私は家のカギをかけたかどうか気になってしまった。もし、カギをかけ忘れていたのなら大惨事だ。泥棒に入られたらどうしよう。そう思ったら、思わず戻らずにはいられなかった。
そのようなことを繰り返した結果。私は電車に乗り遅れてしまった。
◇
そんなこんなで私は15分程度遅刻してしまった。なんということでしょう。前回の遅刻時間の半分で済んだ。私にしては大きな進歩だ。
スタジオのドアを開けるとみんなは既にスタンバっている状態だった。ドラムのフミカが私を見て、ため息をつく。
「はあ。15分遅刻ですよマリリン」
「ごめん。ちょっと電車が遅延していて」
「いや、私マリリンと同じ路線使ってるけど、遅延してなかったよ」
そうだった。MIYAは私と同じ路線と方向だったんだ。この言い訳は流石に苦しいものがある。
「本当にごめんってば。もう遅刻しないから許して」
私はみんなに謝った。MIYAとフミカはなんだかんだ言ってチョロいからなんとか誤魔化せるだろう。だけど、問題はリゼだ。彼女は時間に厳しい。1秒でも遅刻しようものなら、締め上げられてしまう。
というか、さっきからリゼが無言なのが怖い。相当怒っているんだろうか。リゼの方を見る。リゼはただ、ボーっとしていて私が来ていたことにすら気付いていない感じだ。
「あ、あのー。リゼさん?」
私は恐る恐る声をかけた。
「ん? ああ。真鈴来ていたのか。よし、音合わせしようか」
え? あのリゼが怒らない?
「あ、あの……リゼ。私、遅刻したんだけど」
「ん? ああ、構わない。そのくらいのミス誰だってするだろう」
「怒らないの?」
「怒らない怒らない。私は今最高に気分がいいからな。この幸せな気持ちを真鈴にもわけてあげたいくらいだ」
「え。気持ち悪い」
私は思わず率直な感想を言ってしまった。このリゼ。なんか気持ち悪い。なんだろう。普段滅茶苦茶厳しい癖に、急に機嫌が良くなるとか意味がわからない。
「リゼ。どうしたんですか? あんなに時間とマリリンに厳しい貴女がそんなに寛容だなんて。なにか悪い物を食べたのですか?」
「え? もしかして、マリリンに家族を人質に取られてるの? だから、怒るに怒れないとか」
フミカとMIYAがリゼを心配している。今日のリゼはハッキリ言って異常だ。頭でも打ったのだろうか。
「いやいや。キミたちは私のことを何だと思っているんだ。もう、しょうがないなあ。そんなに怒って欲しければ、怒ってあげる。コラー!」
全く迫力も威厳も感じない取ってつけたような怒り方。そんなことされても逆に困る。
「はあ……」
リゼがため息をついて急に上を向いた。え? なにこの人。なんで急に恋する乙女みたいな雰囲気出してるの? あんたそんなキャラじゃないでしょうが。
一部様子がおかしい人がいるけれど、すぐに音合わせに取り掛かった。遅刻してきたやつがいるせいでスタジオの利用時間が減ってしまったから。
フミカがドラムを叩いて合図を送る。そして音合わせが開始した。私は防音マンションでずっとベースの練習をしてきた。その成果を見せてやる。私だってアホなだけじゃないことをわからせてあげないと。
しかし、私のベースは汚いギターの音でかき消されてしまった。
「はい。ストップ。ストップ!」
ヴォーカルのMIYAがストップをかけた。そして、呆れた顔でリゼに視線を送る。
「リゼ。今の何?」
「え。ああ。すまない。ちょっと手元が狂ってしまった」
「リゼ。本当に大丈夫? 今日はちょっと様子がおかしいよ。体調が悪いとかない?」
「いや。大丈夫。私は至って健康体だ」
この曲は別に新曲というわけでもない。リゼだって何度も弾いてきた曲だ。なのに、どうして初心者みたいなギターの音を出したんだろう。
「うーん……リゼ。貴女もしかして好きな男性ができたのですか?」
フミカがそう言うとリゼの顔が急に赤くなった。
「ち、違うってば。私がそんな恋に落ちるとかそういうのはない。それでパフォーマンスが落ちるとかそういうのはないから安心してくれ」
「ねえリゼ。相手はどんな人?」
「だから! 違うって言ってるだろMIYA!」
先程まで心配してい表情を見せていたMIYAだけど、急にニヤつき始めた。
「隠さなくてもいいよ。ここだけの話にしておくから」
「い、いや隠しているとかそういうのじゃなくて……」
「恋の悩みはみんなに相談した方がいいこともある。それにこのままだと、リゼが調子が悪いままになる。さあ、リゼの好きな人がどんな人が教えて」
「そうなのか。実は……」
「待って。MIYA。リゼは違うって言ってるんだから、その質問は無意味だよ」
一瞬、スタジオが静寂に包まれた。私の発言が素晴らしすぎてみんな固まっているんだな。
「そ、そうだ。真鈴もたまには良いことを言うじゃないか」
リゼが私の発言に乗っかった。やっぱりちゃんとした正論を言うとリゼも乗ってくれるんだ。
「ごめんマリリン。アホは静かにしててくれるかな?」
MIYAはあからさまに不機嫌な表情を私に見せた。
「えぇ!? な、なんで?」
さっきの私の発言にアホな要素はどこにもない。知性の欠片すら感じる正論を言っただけなのに。
「アホのお陰で命拾いしましたねリゼ」
「え? なんで私がアホの流れになってるの?」
「マリリン。そういうとこやぞ」
MIYAに呆れられてしまった。
「そんなんだから彼氏の1人もできないんですよ」
フミカが辛辣すぎる。
「でも、私は真鈴のそういうところ受け入れていくつもりだから」
リゼが優しい。逆に気持ち悪い。
その後もリゼはいつまでも調子が悪いということはなく、徐々に調子を取り戻していった。音合わせが終わるころにはすっかりいつものエレキオーシャンに戻っていた。
後片付けが終わってスタジオを後にした私たち。ここで解散の流れになり、フミカとMIYAはいち早く帰っていった。私も帰ろうと思ったけれど――
「なあ。真鈴。少し質問したいことがあるけどいいか?」
リゼに呼び止められてしまった。
「ん? いいけど」
「その高校生くらいの男子が好きそうな料理とかって何だと思う?」
「うーん。それくらいの年齢だと食べ盛りだから肉料理とかその辺じゃないかな」
「やっぱりそうなるか?」
「ウチの弟は高校生なんだけど、唐揚げを作ってあげると喜んでたな」
「なるほど! 唐揚げか!」
リゼはその情報にかなり食いついた。
「ちなみにウチのお兄ちゃんが高校生の時は、豚カツが好きだったな」
「ほーん」
こっちの情報は興味なさげだ。
「後、妹が好きなのはアジフライ」
「ああ、それはどうでもいいや。ってか揚げ物ばっかりだな。キミの家庭は」
確かに言われて見れば揚げ物率がかなり高い。気づかなかった。
「でも、リゼ。どうして急に男子高校生の好きな食べ物が気になったの?」
「単なる知的好奇心だ。気にしないでくれ」
「うん。わかった気にしないことにする」
本当に気にしなかったので、リゼとのやり取りは翌日には綺麗さっぱり忘れてしまうのだった。
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