第67話 今後の活動

 無事に父さんから契約書にサインを貰ったので、それを匠さんに郵送した。匠さんもそれを受け取ったので、後日また打ち合わせをすることになった。詳細な納期とか仕様とかはその時に決める予定だ。


 というわけで、しばらくは忙しくなりそうだ。学業の方も今は試験期間でもなんでもない。3Dモデル作成の方はこれから嫌という程やることになる。となると動画を撮影して投稿するしかないな。


 そう思って機材とか色々準備していたら師匠からメッセージが届いた。


Rize:Amber君は仕事が決まったのか


Amber:はい。お陰様で無事に仕事が貰えました


Rize:そうか。となるとしばらくは忙しくなるんだな


Amber:ですね


Rize:私の課題をやる時間もなくなったのか


Amber:仕事が始まったらそうなりますね


Rize:Amber君はもう一人前になったんだな。私の元を巣立っていくのか。キミは上達が早かった分、一人立ちするのも早いんだな


 この師匠。なんか面倒くさい。一体どうしたんだろう。


Amber:いえ、仕事を貰ったとはいえ俺はまだまだ師匠の足元にも及びません。師匠に教えて欲しいことはまだまだあります。師匠が良ければ、これからも頼ってもいいですか?


Rize:もちろんだ。そこまで頼み込まれたら、いくらでも面倒をみよう


 そこまで頼み込んだ覚えはないんだけど。まあいいや。そこにツッコミを入れるとまた面倒なことになりそうだし。


Amber:それとは別として、今の内にVtuberの動画も撮影しておきたいんですよね。しばらくは、動画投稿もできなくなると思うので


Rize:CGデザイナーとしてお金が稼げるようになったのに、まだVtuber活動を続けるつもりなのか?


 俺はその言葉にハッとさせられた。確かに、今の俺の状況を考えるとVtuberとして活動する意味は希薄になっている。高校生にしては、かなりの大金を得た。税金としてある程度持っていかれるにしても、高校3年間の小遣い分にはなる。高校生の遊びの範疇はんちゅうなら豪遊しても使いきれるような額ではないだろう。


 俺はあくまでもお小遣いが貰えないだけであって、家賃や光熱費や食費といった生活費は親が持ってくれている。社会人になった兄さんは実家に月5万円くらい家に入れている。でも、父さんも母さんも学生の間は働いていても家にお金を入れなくてもいいと言っている。稼いだ金はまんま俺が遊びに使えるというわけだ。


 つまり、俺はもう高校生活においてお金を稼ぐ必要は一切なくなったのだ。後は、本当に趣味の領域だ。販売している3Dモデルの売上を必死に伸ばそうとする必要はなくなったわけだ。


 だとするとVtuberでの宣伝活動はする必要がなくなった。高校を卒業さえすれば、就職もできるし、高校生活を耐え切るだけのお金は確保できている。つまり、いつ引退してもいいんだ。今すぐ引退しても俺には殆どダメージがない。元々はVtuberになりたかったわけじゃない。宣伝目的のために始めただけなんだ。


 でも、いざ辞めるという選択肢を取ろうとすると物寂しい感情に襲われる。俺は一体どうしたいんだ。始めた当初はさっさと宣伝して、売上伸ばして引退することを視野に入れていた。


 機材揃えたり、配信のネタを考えたり、声の調子を整えたり、活動するために色々と頭を捻られて決して楽な作業ではなかった。それに、ショコラの魂を女性だと思い込んでいる人に対しての罪悪感というのもある。異性を演じることに対するストレスもないわけじゃない。Vtuberを辞めると俺の負担はかなり軽減されるはず。なのに、どうして俺は引退を即決できないんだろう。


Amber:師匠。俺自分でもどうしていいのかわかりません。Vtuberとして大成したいわけじゃないのに。辞めるという決断が出せないんです


Rize:そうか。つまり、キミはVtuberの沼に浸かってしまったわけか


 沼か。確かにこの沼は底なしの沼なのかもしれない。今までは、3Dモデルの売上が伸びなくて承認欲求が満たされなかった。だけど、Vtuberになって、好意的な意見を多く受けてしまった。それが、なんだか居心地がいいものに感じてしまったのだ。


Rize:私の個人的な意見を言わせてもらう。悩んでいるんだったら、続けた方がいいと思う。引退するという選択肢はいつでも取ることができる。けれど、1度引退したら続けるという選択肢は取れなくなってしまう。引退後、再度活動するということもできなくないが、1度引退した事実は消せないんだ。また同じようにファンが集まってくれるとは限らないし、出戻りはダサいと感じる人も中にはいるだろう


 確かにネトゲやソシャゲとかでも引退するとか言っている人に限って、あっさり戻ってきたりする。そのことが常態化してきて「運営がクソすぎるわ。引退する」「おう、また明日な」というやり取りが生まれるほどだ。そんな軽いノリならいいけれど、表現者の引退ともなるとそうもいかないか。


 引退表明すると、当然チャンネル登録を剥がす人もいるだろう。今後の活動がないことが確定しているので、新規にチャンネル登録する人もいなくなる。本当に引退するんだったら、何の問題もない。だけど、引退後戻って来たいと思った時には、そのアカウントが前みたいに機能するとは限らない。


 師匠の言う通り、まだ気持ちが決まっていないのなら、とりあえず続けるという選択肢を取るべきなのか。


Amber:そうですね。とりあえずは続けたいと思います


Rize:うん。それがいいな


 そもそもの話。またこんな大きな案件が貰えるとは限らないのだ。今回は、たまたま俺に降って沸いただけだ。俺が安定して仕事を取れるかどうかと言ったら、まだその域には達していないと思う。


 Vtuberでの収益も1本で生活していくには少し頼りない部分もあるけれど、収入の足しになるくらいには稼げている。高校卒業後、自分で生計を立てなければならなくなった時の保険として機能させておくのも悪くない。


Amber:そういえば、師匠。動画のアイディアでなにかいいものがありますか? まんねりを脱却できる画期的なアイディアが欲しいんです


Rize:そうだな。これは私のアイディアとかそういうのじゃなくて、世間一般的なアレというか。そういうものの案が1つあるんだけど、いいか?


Amber:はい。聞かせて下さい


Rize:その……ASMRとかどうかな。ショコラのASMRとか需要がありそう


Amber:ああ。機材ないから無理です


Rize:そっか


 こちとら、兄さんのお下がりのウェブカメラとマイク使ってるんだ。そんなバイノーラルマイクとか高価なもの持っているわけがない。


Rize:私がお金出すって言ってもか?


Amber:それは流石に気が引けます


 というか、むしろ俺が師匠に月謝を払わなければならない立場だ。それくらいの教えを俺は受けているのだ。


Rize:なら、胸にキュンと来るセリフを言うってのはどうだ? 私が聞きたいわけじゃないけど、聞きたいリスナーは多いだろう。私が聞きたいわけじゃないけど


 なんで2回も言った。どんだけ、俺の声を聞きたくないんだよ。なんかショックだな。


Amber:そうですね。例えばどんなのですか?


Rize:ベタに「愛している」とか「もう操のことしか見えない」だとかでいいんじゃないか?


 なんで、自分の名前を例に出した。でも、アイディアとしては悪くないかもしれない。Vtuberはアバターを使っている分、声が重要だ。ショコラを推している人の中には、俺の声が好きという人も中に入るのかもしれない……いるよね? いなかったらガチめにショックなんだけど。


 推しの声に愛を囁かれる。そういうのもありなのかもしれない。


Amber:そうですね。検討しておきます


Rize:勘違いしないように言っておくけれど、別に私が聞きたいわけじゃなくて、世間一般的な需要がそうだという話だぞ


 しつこいな。何回言うんだよ。

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