第57話 2人の想い

 今日は師匠から添削されたモデルの微修正作業を行っている。やはり他人のチェックというものがあると、心強い。自分では気づかなかった悪い箇所に気づくことができる。


 早くこの作業を終わらせてクリスレをプレイしたい気持ちはある。けれど、ゲームを優先して、CG制作を疎かにしてはいけない。特に最近はゲームに時間を取られて制作時間が減少傾向にある。やはり、この手のゲームは時間泥棒だ。素材を集めるために狩りをする。その作業が楽しく感じてしまうのは原始から刻まれた人間の本能なのだろうか。


 一通り修正が終わって、美しくなったモデルを眺める至福の時間。この完成した時に全体像を眺めると得られる達成感。替えようのない喜びだ。


 俺が愉悦を感じていた時だった。メッセージアプリの通知が来た。これはHiroさんからのメッセージだな。


Hiro:Amber君。少しいいかな? ちょっと俺の話を聞いて欲しいんだ


 丁度いいタイミングで来たな。もし、作業中だったら忙しいからまた後でと断っていたところだ。


Amber:はい。いいですよ。丁度、作業が終わって一息ついていたところです


Hiro:そうか。それなら良かった。あのさ……俺には忘れられない思い出というものがあるんだ。俺は昔、大人に混ざって絵画コンテストに作品を提出したことがある


 そうなんだ。Hiroさんは確か絵を描いていたと言っていたな。やっぱりそれなりのコンテストに参加した経験があるんだな


Amber:奇遇ですね。俺も小学生の時に、大人も参加しているコンテストに作品を提出したことがあります


Hiro:そうなんだ。やっぱりAmber君も自分の絵がどこまで通用するか試してみたいって思ってたとか?


Amber:そうですね。でも、俺はコンテストに入賞こそ果たしたけど、結局自分の実力の限界を悟って筆を置いてしまいました


 確かに俺は入賞して結果を出した。世間的に見れば、俺は才能があると評される方だろう。だけど、俺には決して乗り越えられない高い壁を見せつけられてしまったのだ。


Hiro:限界を悟った? どういうことだ? だって、入賞する程の実力者だったんだろ?


 幾度となくされた質問をまたされる。確かに常識的に考えたら、入賞して自信がつくのが普通なのに、逆に自信喪失するとか意味が分からなすぎるからな。


Amber:俺より少し年上だった人。当時中学生だった人が描いた絵を見たんです。その絵を見た時に、本当の天才ってやつに出会ってしまったんです


 メッセージを送る。すぐにレスポンスが返ってくるHiroさんだったけど、それが途絶えた。しばらく待っているとまたメッセージが届く。


Hiro:本当の天才?


Amber:はい。彼の絵は凄いんです。上手く言えないんですけど、絵から魂のようなものを感じました。俺が最初に見たのはパンフレットでしたが、それだけでも圧倒的な迫力にただ感服するだけでした。そして、実際に絵が展示された時に絵画を見た時に執念がかなり強い絵だと改めて思いました。俺には生涯こんな凄い絵は描けない。そして、将来画家になるべき人間はこんな絵を描ける人間なんだ。俺は、スタートラインにすら立っていないと痛感したんです


 彼は今頃きっと大成しているだろう。それだけの才能と実力を持っている人間なんだ。目指している分野が違くなっても、彼は俺にとっての目標なんだ。彼以上に作品に魂を籠められる人間になりたい。その想いは今も持っている。


Hiro:そうか……俺も入賞者の作品を見て見惚れたものがある。彼は小学生だった。小学生ながらにして技術的に完成されていて、大人も顔負けなほどの実力者だった。俺は思った。同年代に敵はいないと思っていたのに、まさか年下にこんな逸材がいるなんてと。俺が思っているよりも全国には凄いやつはいる。俺は勝手ながら、その子をライバルとして意識したんだ。彼と競い合い高め合いたいと


Amber:凄い小学生がいたものですね


Hiro:だけど、その子は絵画の道を諦めてしまった。あれだけの才能を持っている子が諦める程、絵画の道は険しいものなんだなと思った時、俺は絵画の道を続けていく自信を喪失してしまったんだ


 なんとも罪深い小学生がいたものだな。Hiroさんの絵がどれだけ凄いのかは知らないけれど、大人に混ざってのコンテストに出るくらいだから相当な自信があったんだろう。なんだか勿体ない気がする。


Hiro:第23回六華りっか絵画コンテスト。俺が出したコンテストの名前だ。俺はそのコンテストに出して入賞した


 第23回……? あれ? 確か俺が出した時もその数字だったような。え? ちょっと待ってくれ。Hiroさんって、現在20歳だから逆算すると当時は中学生ってことになる。当時、中学生で入賞したのは1人しかいない。そして、小学生で入賞したのも1人だ。ってことは、考えられる可能性は1つしかない。


Amber:あの……その時ってHiroさんは確か中学生ですよね?


Hiro:そうだな


Amber:その時の入賞者に中学生は1人しかいませんでした。俺も同じコンテストに出ていたから知っています。失礼ですけど、椿つばき 勇海いさみさんですか?


Hiro:俺の名前を知っていてくれたんだね。そして、キミは賀藤 琥珀君だね


 なんてこった。偶然知り合ったネット上の知り合いが、かつて同じコンテストに応募して入賞した人同士だったなんて。しかも、相手は俺が憧れている人だ。そんな偶然ってありえるのだろうか。


 しかも、俺のことを認知していてくれただなんて。俺は興奮が抑えきれなかった。


 でも、気がかりなことは1つだけある。それは、Hiroさん……椿さんが絵画の道を諦めてしまったことだ。俺はてっきり、彼は大成しているものだと思っていた。もしくは、それに準ずる道を歩んでいるのかと。それだけに、その事実を知ってショックを受けた。いつか、椿さんの絵画作品を買って額縁に入れて飾るのが俺の夢の1つだったのに。それがいとも容易く打ち砕かれてしまった。


 そして、彼の話によると画家の道を諦めたのは、俺が原因らしい。俺が画家の道を諦めてしまったから……だから、彼も諦めてしまったのだと。その残酷な事実を知った俺はどうしていいのかわからなかった。もし、俺が反骨精神を持って、画家の道を諦めなかったら、彼も諦めずに済んだのだろうか。俺の決断がバタフライエフェクトのように、彼の人生を狂わせてしまったのではないか。そう思うと罪悪感に苛まれてしまう。


Amber:あの。すみませんHiroさん。俺上手く言えないけど、Hiroさんに酷いことをしてしまったみたいで


Hiro:気にしないでくれ。キミが悪いわけじゃない。でも、俺もちょっと混乱している。キミの真意を知ってしまったせいで思考の整理が追い付かないんだ


 確かに、俺も今は冷静な判断ができそうにない。憧れの人と繋がれていたことによる嬉しさと、その憧れの人の人生を狂わせてしまったことによる罪悪感。その2つの感情が交差してどういう感情になっていいのかわからないんだ。


Hiro:あのさ……Amber君。キミさえ良かったらなんだけど。俺たち直接会って話さないか?


 Hiroさんの突然の申し出だ。オフ会をすることは別に初めてのことではない。師匠とも既に済ませてあるし、そこに抵抗はない。


Amber:そうですね。色々とお互いのことを知っておきたいですし、話したいことも沢山ありますから


 すんなりとオフ会をすることが決まった。まさかこんなことになるだなんて、思いもしなかった。人生何が起こるか本当にわからないものだ。

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