第52話 協力プレイ①

 クリスレが問題なくプレイできたと確認し終わった俺は、そのことをマルクトさんに報告した。その後はとんとん拍子にコラボの日程まで決まった。内々に進めていた作業で、この情報は周りには漏らさないように内密にしていた。そして、情報解禁日になり、SNSでコラボ配信の情報が載せられると軽いお祭り騒ぎになった。


 今トップ層を走り続けている企業勢のマルクト・テラーと、一介の個人Vtuberに過ぎないショコラとのコラボ。一見、なんの接点もなかった2人なのに急なコラボ決定にお互いのファンは騒然としている。


 始まる前から既に界隈が盛り上がっていて、なんだかプレッシャーを感じる。ここで配信で下手なことをして盛り下げるようなことになったら責任問題がすぎる。マルクトさんにも申し訳がないし。匠さんにもダメージを与えることになる。


 その日、死にそうな顔をした兄さんが帰ってきた。兄さんは生きる屍みたいなこの世の終わりを噛み締めているかのような表情をしていた。どうしたんだろう。職場の女の子の陰口言われていることを知ったとか?


「兄さん大丈夫? 目が死んでるんだけど」


「琥珀か……琥珀。もし、自分が滅茶苦茶嫌いなやつと好きな子が一緒にいるところを目撃したらどうする?」


 なんだその質問は。あれか、好きな子でも寝取られたのか。


「いや、どうしようもなくない? 邪魔したらこっちが悪者になるだけだし」


「そうだよなあ。そうだよ……ちくしょう。なんであんな奴と」


 ああ。兄さん。やっちまったな。前に感じた女の影。その女にフラれたな。これは。まだ恋人いない同盟は継続しそうだな。


「まあ、嫌いの度合いにもよるかな。客観的に見て嫌な奴じゃなかったら、素直に祝福してあげるべきだと思うけど」


 俺は少しでも兄さんのダメージを軽減してあげようとした。嫌いな相手だから余計にダメージがでかいんだ。大して嫌いでもない相手ならそんなにダメージはないはず。


「世間一般的には人気なんだよそいつ」


 ああ。よくある話だな。個人的に嫌いな相手程世渡り上手で周りからの評価が高いって言うの。


「なんで兄さんはその人のことが嫌いなの?」


「高校時代、俺にちょっかい出して来たクソアマに声が似ている」


「え? 声が似ているだけ? ってか。クソアマ? 女なの?」


 我が兄ながら言っていることの意味がわからない。声が似ているだけでそこまで嫌いになるものなのだろうか。


「ん。ああ。その嫌いな相手は女だ」


 嫌いな女と好きな子が一緒にいる……? もしかしてそういう関係? まあ昨今では別に珍しい問題でもないし。俺は理解ある方だと思っているから。いや、別に一緒にいるってだけでそういう関係とは限らないな。


 最早、情報が交錯しすぎて意味不明な状況だ。


「えっと……まあ、ドンマイ兄さん」


 俺は、その言葉で会話を打ち切って自室へと戻った。これからコラボのための準備をしなければならないからな。



「マルクト王国民のみんな。おはマルー。今日も来てくれてありがとうね。私、みんなのこと大好き!」


『おはマルー』

『おけマルー』

『おけはざまー』

『俺も好きだよ』

『バカ、俺の方が好きだし』


 マルクトさんが挨拶するだけでコメント欄が一気にスクロールする。その勢いはまさに滝のよう。


「今日は我が国に来賓が来ているんだ。では、紹介していくねー。ショコラちゃんです」


 画面内にショコラが表示される。ちょっと、ラグがあった後に俺の表情とショコラがの表情がリンクする。


「みな様。おはようございます。バーチャルサキュバスメイドのショコラです。本日はよろしくお願いしますね」


『ショコラちゃんおはよう!』

『よろしくー!』

『炎上待機中』


 先程のマルクトさんが挨拶した時に比べて、ショコラが挨拶した時の方が若干反応が鈍っているような気がする。こちらがアウェイの状態なせいか。それとも、元々の人気の差か。両方の可能性もあるな。どちらにせよ、今のペースは完全にマルクトさん寄りだ。なんとか自分のペースに持っていきたいな。


「ショコラちゃんはクリスレやったことあるの?」


「はい。前作のクリスレ3rdサードを少しやったことがあります。それもあんまりやりこんでなかったんですけどね。友達任せになることが多かったです」


「ほうほう。いいねえ。リアルで一緒にゲームができる友達がいて。私はネット上にしかゲームできる友達いないからさ。そういうの憧れるんだよね」


 それは意外だな。マルクトさんはもっと社交的な性格だと思ってた。だから、周りにもゲーム友達がいっぱいいると思っていたのに。


「最近のゲームはいいよね。通信プレイ前提のゲームでもネット上で繋がった人と遊べるんだから。昔のゲームは本当に……オンライン通信に対応していなかったから、ぼっち殺しの要素とかあったし。通信しなきゃもらえないアイテムとか泣きたくなったよ。すれ違い通信とかもあったなー。あれは電車に乗りまくっていればなんとか達成できたけどね」


『あるある』

『すれ違い通信とかいう田舎民を殺す要素は絶許』

『レベル100まで上げたモンスターが進化しないんですが』

『通信対戦しないと解禁されないキャラがいるとかマジ?』

『通信ケーブル持ってるやつは英雄だったな』


 なんかコメント欄が盛り上がっている。俺は世代的にはオンラインプレイ前提の世代だから、こういう悩みはよくわからない。昔の人は大変だったんだなーっていうのが率直な感想だ。ってか、通信ケーブルってなんだよ。


「そうなんですねー」


 俺は適当に相槌を打つことにした。


『あれ? ショコラちゃんはピンと来てない感じかな?』

『もしかして、ショコラちゃんって結構若い世代なのかな?』


 まずい。俺の年齢がバレそうだ。別に年齢だけバレても問題はないんだけど、あんまりいい気分はしないな。自分から明かすならともかく、他人から推測されるのはなんか嫌だ。


「はいはい。中の人の個人情報透かしはやめようね」


 マルクトさんの一言でその場は収まった。やっぱり、そういうデリケートな部分は大切にしてくれているのだろう。マルクトさんはヤバい寄りな人間かと思ってたけど、割といい人そうだ。


「じゃあ、私たちのトークだけ聞いていてもしょうがないし、そろそろゲームしようか。ゲーム配信を見に来た人が帰らないうちにね」


 マルクトさん視点のゲーム画面が配信画面に映し出される。マルクトさんは既にギルドに入っているようだ。


「ショコラちゃん。部屋立てておいたから入っておいで」


 俺は事前にマルクトさんから受け取っておいた部屋のIDとパスワードを入力して、マルクトさんが立てた部屋に入った。


 画面にショコラという女性キャラクターが入る。装備は革製で貧弱そのものだった。竜の鱗を使った素材で強そうな装備を纏っているマルクトさんのアバターとは対照的だ。


「凄いですね。マルクトさんの装備。強そうです」


「ふふーん。そうでしょ。凄いでしょー。まあ、強そうなのは見た目だけで、実際は弱いんだけどね。私見た目重視なお洒落スレイヤーだから」


『確かにディラン一式は弱い』

『ディラン一式使うクソザコ地雷プレイヤーやん』

『見た目の割に性能が貧弱過ぎる』

『ディラン一式ええやん。見た目だけな。俺の部屋に入ってきたら速攻でキックするわ』

『装備の性能よりもプレイヤースキルの方が重要よ。いい装備使ってるやつでも地雷はいっぱいいる』

『見えている地雷と見えてない地雷どっちがマシかってことだな』


 コメント欄でも酷評されている通り、この装備はかなりの地雷装備のようだ。前作にはなかった装備だから、その辺の事情もよくわからない。今作はどんな装備が強いんだろうか。


「はいはい。今日はショコラちゃんのクエストを進める日だから、弱い装備でも大丈夫なのー。そこまで厳しいところいかないでしょ?」


「はい。そうですね。私はまだ始めたばかりなので、敵もそんなに強くないと思います」


「じゃあ、ショコラちゃん。クエスト張ってね」


 というわけで、俺はストーリーを進めるためのクエストをペタっと張った。


「受注したよ。それじゃあ、いざ冒険の旅へーゴー!」


「よろしくお願いしますね! ゴー!」


 そんなこんなでクリーチャーを討伐するためのクエストが始まったのだった。

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