第53話 協力プレイ②

 ゲームの読み込みが終わり、フィールドが表示される。今回降り立ったフィールドは、草原エリアだ。草原エリアの出発地点となる拠点。そこには、休憩用のベッドや支給品が入っている箱がある。中身は、回復薬や食料など持っていると便利なものがある。ショコラのアバターは支給品を受け取るために支給品の箱に向かった。


 しかし、マルクトさんのアバターは支給品には目もくれずにそのまま、討伐対象がいる方向へと向かっていった。


「あれ? マルクト様。支給品は取らないのですか?」


「ん? 今から狩る雑魚相手にそんなもの必要ないよ。箱の中に入っているものは全部ショコラちゃんにあげる」


 なんとも頼もしい言葉だ。一流のスレイヤーは支給品を受け取る時間すら惜しいのか。確かに支給品がなくても勝てるのなら、いらないのかもしれない。でも、俺にはそこまでの覚悟というか勇気がない。


 支給品に入っているものを片っ端から貰っていくショコラ。回収が終わったのでマルクトさんの後を追うことにした。


 マルクトさんはクリーチャーの初期配置を完全に記憶しているのか、本当に迷いなく移動している。発売してからまだそんなに時間が経ってないのに凄い。


「あ、迷った」


 マルクトさんがそう呟いた。


「迷ってたんですか!?」


「そりゃあ、私もまだまだこのゲームは初心者だからね」


 マルクトさんの後を信じて付いてきたのに、なんということだ。


「こうなったら手分けしてクリーチャーを探しますか?」


「ふふふ。ショコラ君。我々には文明の利器というものがあるではないか」


 なんだ急に変なキャラ付けして。


「ねえ。王国民のみんな。トレマドンはどこにいるのかな? エリア番号で教えて」


 なんとマルクトさんはリスナーのみんなにアドバイスを求めたのだ。これが配信者の利点なのか。


『5』

『8』

『7』

『5』

『9』

『98』

『4』

『5』

『4』

『7』


 コメントが見事なまでにバラけている。ってか、98ってなんだよ。そんなエリア番号は存在しない。マルクトさんのリスナーは嘘つきばっかりだな。


「ああ。ありがとう。正解は5だねー」


「今のでわかったんですか?」


「うん。正直者の王国民の名前は憶えているからね。嘘つきも一緒に憶えているから。嘘ついた国民は後で制裁」


『制裁いやー』

『助けてショコラちゃん』

『お、俺は嘘なんてついてねえし』

『女王様、お許しを』


 命乞いをしているコメント欄。そんなコメント欄は置いといて、5番エリアを目指す。


 5番エリアに辿り着くと、そこには確かに今回の討伐対象であるトレマドンがいた。発達した顎と鋭利な爪が特徴的な空を飛ぶ能力を持たない竜族。シリーズ恒例の最初に戦うボスクリーチャーである。


 トレマドンはこちらに気づくとダッシュで近づいてきた。瞬間的な速度が物凄いクリーチャーで、この電光石火は初心者スレイヤーを翻弄する。


 とは言っても、シリーズに慣れ親しんだ俺にはこんな雑魚は瞬殺できるだろう。ショコラは腰に携えていた短剣を抜刀して構えた。


 短剣は攻撃範囲が短いし、ガードできる盾も持たない。けれど、その分回避性能に優れた武器だ。回避ボタンを押した時の回避距離と回避の無敵時間が共に長い。この無敵時間が割と強くて、他の武器種では間に合わないようなタイミングで回避ボタンを押しても、うまく回避アクションを成功させることができる。ガードを使いこなせない初心者向けの武器だ。


 一方でマルクトさんの武器は長剣だった。盾を持っている武器で、敵の攻撃を盾で防げる特徴がある。これも威力が少ない代わりに攻撃の隙もそんなにない。手数で攻める武器だ。一見初心者向けに見えるが、盾でのガードを使いこなさないと短剣の劣化になりやすい特徴がある。


「いくよショコラちゃん。食らえー!」


 マルクトさんがトレマドンに斬りかかる。手数で攻めるタイプの長剣で的確に攻撃を当てていく。


 俺も攻撃に参加しないと。このまま見ているだけでは、ただの寄生プレイだ。ショコラが短剣でトレマドンを斬ろうとする。そのタイミングで、マルクトさんが前転での回避をした。次の瞬間、トレマドンの攻撃がショコラにヒットする。そして、ゲーム内のショコラの被ダメボイス「んきゃー」が流れる。


『被ダメボイス助かる』

『もっと被弾して』


 一瞬、変態的なコメントが見えたような気がしたけど、気にせず攻撃を続行する。トレマドンの攻撃始めのモーションを見逃していた。これは失態だった。


 相手はまだまだ下位のクリーチャー。攻撃1発程度では致命傷にはならない。回復薬を使うまでもないな。


 ショコラは短剣でトレマドンにどんどん切り込んでいく。マルクトさんも別角度で攻撃している。よし。この調子ならいける。


 しばらくすると、トレマドンが急にプレイヤーに背を向けて逃げ始めた。脱兎のような勢いで別エリアに逃げ込もうとする。


「お、逃げた。追うよショコラちゃん」


「はい」


 別エリアに逃げ込もうとするトレマドンを追いかけるショコラとマルクトさん。追われたトレマドンは向き直り、再び攻撃をしかけようとする。


 トレマドンの噛みつき攻撃が始まる。短剣の回避性能を活かして、トレマドンの攻撃を回避する。そして、背後に回り込み、連続攻撃を開始する。


 しばらく斬り合っていると、トレマドンが吹っ飛ばされて、地面に伏せた。【ターゲットを討伐しました】というシステムメッセージが流れて、この討伐は無事終了した。


「ふう。お疲れショコラちゃん」


「お疲れ様です。マルクト様」


『乙ー』

『討伐おめでとう』

『2人の初めての共同作業が完了しました』

『俺の方が上手い』

『俺の兄貴の方が上手い』

『俺の親父ならもっと上手く狩れてた』

『俺の方が下手』


 トレマドンを討伐した報酬として、ゲーム内通貨の800Gと、トレマドンの素材を受け取ることになった。報酬の素材の量と部位は毎回ランダムで決定される。そのため、欲しい素材が欲しい量が得られるとは限らない。いらない素材ばっかり集まって、必要な素材が全然出ない。その物欲センサーに多くのスレイヤーは悩まされているのだ。


 俺が受け取ることになった報酬は【トレマドンの頭×1】【トレマドンの鱗×2】【トレマドンの皮×1】だ。貴重な部位である頭が手に入ったのは嬉しいけど、鱗や皮の枚数が少ないな。まあいいや。別にトレマドン装備で欲しいものはないし。


 トレマドンを無事に討伐して、スレイヤーギルドに戻ってきたショコラとマルクトさん。


「さて、次は何を狩る?」


「うーん……ウォーワームを狩りたいですね」


 ウォーワーム。主に砂漠地帯に生息するミミズ型のクリーチャー。砂漠の地中に潜って移動する厄介な性質を持っている。設定上は目が退化して見えない設定になっている。その分、音に敏感であるから大きな音を出して地中から引きずり出すのがセオリーとされている。


「おっけー。それじゃあ、準備してくるね」


 マルクトさんは自室へと戻り、色々と準備をしているようだ。


 俺も準備しないとな。特に爆音玉を忘れないようにしないと。ウォーワーム討伐の時にこれを忘れるとかなり悲惨だ。ウォーワームは大半は地面に潜っている。たまに地表に顔を出すこともあるけど、その時間は短い。その瞬間を狙ってちまちました攻撃をしているとクエストの制限時間ギリギリになってやっと討伐できるかどうか。つまり非効率すぎる。


 俺も自室に戻りアイテムボックスを漁る。しかし、爆音玉が1個しかないことに気づいた。どうしよう。このアイテムを調合する素材もないし、この数では心許ないな。なにか別のアイテムで代用できないかな。


 そういえば、他にも爆弾が爆発する音でも地上に引きずりだすことができる。爆弾は十分数がある。じゃあ、爆弾を持ち込むか。

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