第42話 空気抵抗の実験

 今日も今日とて、3Dモデルの宣伝のために動画を作成する。既に撮影は終えていて編集も大方終わっている。どういう動画になるのか最終チェックをして、問題なければ投稿しよう。


「みな様おはようございます。バーチャルサキュバスメイドのショコラです」


 画面のショコラがお辞儀をする。もはや定型文と化した挨拶はさっさと済ませて本題に入ろう。


「みな様は、物理学上、重いものと軽いもの。同じ高さから落とした時にどっちが先に地面に辿り着くかわかりますか?」


 シンキングタイムを取るというていで数秒ほど黙る。チックタックと時計が針を刻むSEを入れて時間制限を演出する。


「はい。正解は2つとも同時に落ちるですね。物理学上では、重いものも軽いものも基本的には同じ速度で落ちます。それでは、このバーチャル空間でそれを実践してみましょう」


 場面が変わって、ショコラの身長の10倍ほどある塔のてっぺんまでやってきた。カメラワークは塔全体を映していて、屋上にいるショコラがカメラに向かって手を振っている。


 塔の高さをアピールしたところで、カメラワークが切り替わる。屋上にいるショコラを中心に映し出し、ショコラが2つ玉を取り出した。黒い玉と白い玉だ。


「こっちの黒い玉は2キログラムです。それに対して、こっちの白い玉は1キログラム。まあ、そこそこ重いですね。もし誤って足に落としたら普通に痛いレベルです」


 ショコラは右手に黒い玉を左手に白い玉を持つ。そして、塔のてっぺんから身を乗り出していつでも玉を落せる状態にした。


「はーい。それではいきますよ。カメラさん準備はいいですか? 3・2・1 それ!」


 ショコラが玉を2つ同時に落とした。玉は同じスピードで落下していき、同時に地面に直撃した。


「はい。このように、重さに差があっても落ちる速度は変わらないのです。でも、羽とか花びら。そういった軽いものはゆらゆらと落ちていきますよね。それは地球には、空気抵抗があるからですね。空気抵抗のせいで、物体の形状や材質や密度が高い重いものが早く落ちることがあるのです」


 ショコラは先ほどの白い玉をなにもない空間から取り出した。そして、左手で自分の背中の羽をぶちぶちっと毟り手に持った。


「よいしょっと……あ、この羽は実は着脱式なんです。3Dモデルを買ってくれた人にはわかると思います。これは背中と同化しているタイプじゃなくて、羽と背中は別個のオブジェクトです」


 割かしショッキングな映像を見せたところで、ショコラは右手に玉を左手に羽を持っている状態になった。


「はーい。今度は玉と羽を同時に落としますよー。3・2・1 えい!」


 加速度的に落下していく玉とゆらゆらと落ちていく羽。しっかりと空気抵抗を受けているのだ。


 玉が地面についても羽はまだ上空をゆらゆらとしている。やがて数分後、やっと地面に落ちる羽。


「はい。ちゃんとこの世界には空気があって、空気抵抗があるんですね。それでは、今から空気抵抗がない。真空状態にして実験してみましょう」


 ショコラが指パッチンをする。この瞬間、この世界から空気が消えて空気抵抗がない世界へと変わる。


「う……苦しい」


 ショコラが首元を抑えて苦しむ素振りを見せる。しかし、数秒後に首から手を離しカメラに笑顔を向ける。


「なーんて。サキュバスは呼吸しなくても生きていけるんですよ。それでは、もう1枚の羽を使って実験してみましょう」


 ショコラが右手で自身の羽をぶちぶちと毟る。


「はい。それでは黒い鉄球と私の羽。どちらが先に落ちるでしょうか。空気抵抗がある場合、鉄球の方が先に落ちましたね。では、真空状態ではどうなるのか。実験です」


 ショコラが同時に物体を落した。羽と玉が同じ速度で落下していき地面に辿り着いた。


「はい。このように空気抵抗がない状態では羽も鉄球も同じ速度で落ちるんですね。では、ついでに実験をしてみましょう。スカートを履いている私がこのまま重力に従って落ちた場合、空気抵抗でスカートはめくれるのでしょうか」


 ショコラが自身のスカートの裾を掴んでヒラヒラとさせて見せた。


「それでは、飛びます。私には羽があるから飛べます」


 ショコラが塔の上から思いきりジャンプした。


「あ、そういえば2枚の羽をちぎった後でした。アァアアァ"ア"!!」


 汚い叫び声をあげて落ちていくショコラ。その決定的瞬間をカメラが捉える。通常、高いところから落ちれば空気抵抗を受けてスカートが舞い、スカートが上がるはずなのだが、空気がない真空状態ではそのような事象はおきない。


 ショコラはスタっと着地を決めて両手を上げて体操選手のようなポーズを取った。


「はい。実はサキュバスは高い所から落ちても死にません。まあ、そのことは置いといて。このようにスカートが空気抵抗を受けないので、スカートがめくれないわけです」


 ショコラが画面に向かってドヤ顔を決める。


「それでは、今回の実験はここまでにしたいと思います。ご視聴ありがとうございました。さよならーさよならー」


 ショコラが画面に向かって手を振る。ここで動画を切ると見せかけて、実はまだ続きがある。


「ん? なんですか? 空気抵抗がある状態で飛ぶのが見たいんですか? 仕方ないですね。日頃、私を応援してくれるショコラブのみな様のために……特別ですよ?」


 ショコラは地面に落ちている羽を拾い上げるとそれを背中に刺した。そして画面のカットが変わる。


 羽が復活したショコラ。再び、塔のてっぺんに辿り着いた。


「はい。ここまで羽で飛んできました。やっぱり羽があると便利ですね。今度は空気抵抗がある状態です。それを試してみましょう」


 ショコラは羽を毟り、それを塔の上から落とした。羽はひらひらと舞ってゆっくりと落ちていく。


「はい。空気抵抗があることが証明されました。このまま飛び降りれば、空気抵抗を受けてスカートがめくれますね。あ、ちなみに、私は今新しい下着を履いてるんですよ。最近作ったばかりの下着ですから、3Dモデルを購入した人も見たことないやつですね。それが見られてしまうんでしょうか。ふふふ」


 ショコラはカメラに向かって半目の姿を見せた。


「それでは、行きますよ。飛びますよ。それ」


 ショコラが塔の上から飛んだ。スカートがひらひらと舞う。このままでは普通に中身が見えてしまう。だが、そこに登場したのはセサミだった。セサミがカメラの前に立ち塞がり、丁度ショコラの大事な場所が見えないようにガードした。


「はい。いかがだったでしょうか。スカートを履く時は空気抵抗に気を付けてくださいね。それでは、今度こそ本当にさよならーさよならー」


 こうして動画は終わった。実際に真空状態の実験をするとなると設備費用などかなりの費用がかかる。だが、こういう実験もバーチャル空間なら気軽に行うことができるので面白いところではある。さてと。最終チェックも終わったし、エンコードしてこの動画をアップロードするか。スカートがめくれているところはコマ送りにして、ちゃんと下着がはみ出してないか念入りにチェックしたしな。


 投稿後、数時間したらコメントがついた。


『勉強になった。ありがとうショコラちゃん』

『スカートの中が見えない。訴訟も辞さない』

『犬邪魔!』

『犬がいいんだろうが。セサミかわゆ』

『新下着モデルのショコラちゃんは? 3Dモデル買ったガチ勢なのに、見れないとかショックすぎる』

『重い方が先に落ちるに決まってんだろ』

『羽取れるんか』

『ショコラちゃんの羽を毟るショコ虐流行りますかね?』


 まあ、コメントについては大方予想通りではある。新下着……俺が師匠の手を借りずに最初から作ったものだから、なんだか恥ずかしい。そのせいで、クオリティを保証できるものではないし。師匠からは一応合格は貰ったけれど、俺は旧下着の方がクオリティ高いと思ってる。


 それにしてもセサミ推しの人物。定期的に現れるけれど、一体何者なんだ。俺の予想では、獣系18禁同人ゲーム作ってそうな臭いがプンプンするんだけど。


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