第41話 師匠の正体
ついにこの日が来てしまった。3Dモデル用の女性用下着のテクスチャを自作する日が。実は、ショコラの下着部分は師匠が作ってくれたテクスチャを使用したのだ。
スカートに謎の障壁を展開して下着を絶対に見えないようにする構造にもできた。だが、それはリアリティを追求する俺の理念に反する。どこの世界にそんな反重力的なスカートがあるっていうんだ。
スカートのヒラヒラ具合とかも本物まで極限に近づけたせいで制作コストがかなり嵩んでしまったわけだけど、そこはしょうがない。
どうしても構造的に下着が見える可能性があるので、ショコラの下着部分を作るのは必須になってしまったわけだ。彼女いない歴=年齢の俺には下着を作るなんて行為は刺激的で当時は、悩んでいたものだ。そんな時に師匠が救いの手を差し伸べてくれた。あの時は本当にありがたかった。
だが、一時はそんな優しい師匠もついに変わってしまった。
Rize:女性用下着から逃げるな
その一言で俺は女性用下着のテクスチャを作るハメになってしまったのだ。まあ、CGのデザインを仕事にする以上は避けては通れない問題だ。いつまでも師匠に頼るわけにはいかないから、いい経験になると思ってがんばるしかない。
しかし、いくら通販とはいえ、女性用下着を買うのは流石に恥ずかしい。かと言って俺が下着の肌触りとか知っているわけもなくて、どういう質感にした方がよりリアリティがあるかというのはわからない。
仕方ない。ここは妥協して通販サイトの写真ページを見て構造だけ把握しておくか。俺は、ランジェリーで検索して通販サイトを出した。
ズラーっと並ぶ下着とそれを着用しているモデルの写真。視覚の暴力、中々に刺激的な写真が俺の眼前に広がる。
その中で、いろんな角度から撮影してあるものを探す。1度、良さげなものを見つけたが、着用しているモデルが好みではないから別のにしよう。
そんなこんなで参考資料にする下着を探すこと30分。ようやく納得できるものが見つかった。これをスクショを撮って、保存していつでも見れる状態にしておこう。
そして、テクスチャ用の画像を作る作業に入る。参考資料の下着を穴が開くくらい観察して、描いてみる。
一通り描き終えて、出来上がったものを遠目で見る。うん。我ながらいい出来だ……と描き終わった後にはいつもそう思うのだ。しかし、ここで1度冷静にならなければならない。
クリエイターあるあるとして、作品が出来上がった瞬間、その作品はかなり輝いて見えるのだ。言わば、贔屓目に見てしまうということ。つまり、粗があっても気づきにくい状況になっているのだ。当然ながら作品を見てくれる消費者は贔屓目で見てくれるはずもなく、粗が残っていればそこを突かれてしまう。だから、1度作ったものは時間を置いてから再度チェックする。所謂寝かせる作業を取らなければならない。
寝かせる時間がなければ、第三者の目に頼るのも手である。俺の場合は、師匠に頼めばチェックをしてくれる。だけど、あんまり師匠の手を煩わせるのも申し訳ない。自分で取れる粗は自分で取るべきなのである。
というわけで、早速動画サイトでVtuberの動向でもチェックするか。効率良く人気を上げたいのなら、業界でなにが流行っているのかを見定めなければならない。自分がやったものが必ず流行るようなインフルエンサー的なパワーを持っていればいいのだけれど、俺は所詮は凡人。そこまでなにからなにまで流行らせる力はない。
やっぱり、今勢いがある企業勢の真似をするのがいいのだろうか。丁度、トップページに表示される動画一覧のところに、マルクト・テラーさんが生配信中だと表示された。一体、どういう生配信をしているのだろうか。
【ドッグ・アジリティ 全ステージクリアするまで寝ない】
正気か? 俺は1ステージクリアするだけでもかなり時間がかかったのに。全ステージクリアするまで寝ないとか。正気とは思えない。
ここまで凄い耐久配信は俺にはできないかな。それにしても、マルクト・テラーさんの3Dモデルはとんでもない出来なんだよな。俺も同業者だからわかるけれど、このモデルを作った人間は相当な手練れだと思う。でも、どことなく、作り方の構造というかクセみたいなものが師匠の作品と似ている気がする。似ているだけで、まるっきり同じというわけではないんだけど。
まあいいや。既にやったゲームの配信を見てもしょうがない。今後の参考にはならないと思う。もっと別ジャンルのVtuberはいないかな。そう思いながら、マウスホイールを回転させる。
そこで目を引いたサムネがあった。サメが大口を開けているアップと食われそうになっている男性Vtuberがいる。映画評論家系Vtuber……? いいねえ。こういう独自路線を行くタイプは結構好きだ。
早速、動画を開いてみることにした。動画自体は面白おかしくサメ映画を評論しているものだった。動画の途中で広告動画が再生される。そうしたら、急に女性向けの商品の広告が流れ始めた。あれ? おかしいな。今まで男性向け商品ばっかり再生されていたのに。
だが、その疑問はすぐに自己解決することになった。俺が女性用下着を検索したことによって、広告を打ち出すAIが俺が女性である可能性を見出してしまったのだ。そのせいで、女性向けの広告動画も再生されるようになったのだ。
検索履歴の情報を収集することによって、年代や性別を特定している。そんな話もあったけれど、どうやら本当だったようだ。
俺は過去にメイド服を購入しているし、そういった行動の積み重ねによって、この端末は女性も利用していると思われたのだろう。
じゃあ、師匠も3Dモデルを作る際、女物の衣装を探した際に女性に間違われたりしたのだろうか。十中八九おっさんなのに、女性向けの広告を見せられて師匠も大変だな。
ちょっと、師匠にも似たような経験がないか訊いてみよう。
Amber:女性向けの下着を検索したら、再生される広告動画も女性向けになったんですけど、師匠もこういう経験ありますか?
しばらく待っていると師匠から返信が来た。
Rize:ああ、そうだな。私も格闘モーションの参考に格闘技の動画ばかり再生していたら、男性向け商品が広告に出て笑ったことがあるな
ん? なにかおかしいぞ。俺の中の師匠のイメージはそこそこ中堅のおっさんのイメージだったんだけど。この情報だと師匠がまるで女性みたいじゃないか。
え? あ、いや。まさか……師匠は女性なのか。確かに師匠のプロフィールに性別は設定されてなかった。だから、俺は今まで師匠は男性だと思い込んでいた。女性だとしたら、色々と話は変わってくるぞ。
Amber:え? 師匠って女性だったんですか?
Rize:今更か!
なんてこった。地球が実は丸いだとか、回っているのは地球の方だったとか、そういうレベルの衝撃を受けてしまった。天動説を信じてたのに、地動説を提唱された気分だ。
Rize:え? Amber君は私の性別すら知らなかったのか?
Amber:だって、師匠はプライベートな質問しても答えてくれないじゃないですか。それにプロフィールに性別を設定してないし
性別の話題は人にとっては、センシティブな話題になるし、設定してないってことは触れられたくないことだと思ってた。だから訊けなかった。
Rize:ああ。ごめん。性別を設定してなかったのは、このアカウントは元々、私の兄と共同して使っていたものだったからだ。このアプリは同じ端末で複数アカウント取ることを禁止されていたから、仕方なくな。中の人の性別が頻繁に変わるから、混乱を避けるために性別を設定しないことにしたんだ
Amber:今はお兄さんとは共同して使ってないんですか?
Rize:そうだな。今は兄と別々に暮らしているから、こっちのアカウントは私が貰うことになったんだ
なんか師匠のことをおっさんだと思っていて申し訳ない気持ちになった。そうか。師匠は女性だったのか……40歳くらいの。
師匠の人物像も大体わかってきたな。でも、師匠の正体は結局わからない。姉さんの知り合いに40歳くらいのおばさんっていたっけ?
なんだかますます謎が深まった気がしてならない。
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