第40話 Hiroとのやりとり
学校から帰ってきて、俺はパソコンを立ち上げた。最早、日課となっている行為。パソコンの起動が秒で終わる。そういえば、父さんに俺のパソコンを触れさせた時に「最近のパソコンは起動が早いな」としみじみ言っていたのを思い出す。俺としては普通の感覚だけどな。昔の人は起動が遅いパソコンを使っててイライラしなかったのだろうか。
パソコンに通知がきていた。これはメッセージアプリの通知だ。誰かからメッセージが来たのだろうと思って、通知を開く。通知の内容は、【今日はHiroさんの誕生日です】という内容だった。なるほど。誕生日を設定しているとこういう通知がくるんだ。知らなかった。俺のフレンドは師匠しかいなかったし、師匠は生年月日を設定してないから。
そういえば、師匠って何歳なんだろう。技術的にはかなり熟練されているし、ベテランの風格があるんだよな。だから結構歳が言ってるかも。40歳くらいかな……でも、若いのに凄い技術を持っているリゼさんみたいな人もいるし、技術力だけでは年齢を計れないかも。
まあ、師匠のことは一旦置いといて、Hiroさんにお祝いのメッセージを送るか。
Amber:Hiroさん誕生日おめでとうございます。いい1年になるといいですね
そのメッセージを送った後に、すぐにHiroさんから返信が来た。Hiroさんもオンライン状態だったのか。
Hiro:Amber君。ありがとう。俺ももうハタチだよ。そろそろ将来のことを真剣に考えないといけない歳だよなあ
将来のことかー。俺は将来どうなるんだろうな。多分、大学にも専門学校にも進学はしないと思う。大学行ったところで勉強したい分野がないし、行ったところで大卒の資格が得られるだけかなと。かと言って、専門学校もなんか違うな。あそこは、ずぶの素人が技術を身に付けるためにいく場所だと思うし。ある程度、知識と技術がある俺が行っても身に付くものはそんなにないと思う。
じゃあ、高校卒業したら就職することになるのだろうか。今の内に就職先の候補とか探した方がいいのかな。師匠みたいにフリーランスで生きる道もあるけれど、そこら辺をどうしようか本当に悩む。
Amber:俺も将来どうしたらいいのかよくわかりません
Hiro:酒うめえwww
酒飲んでるんかい! 将来のことを真剣に考えるとか言った後に秒で飲むのか! 確かに、20歳になったから飲んでも法律上は問題ないけれども。
Hiro:Amber君はまだ16歳だっけ? じゃあ、酒を飲めるようになるのは後4年後か。Amber君が成人したら一緒に飲みに行きたいね
Amber:そうですね。楽しみにしてます
4年後か。結構先の出来事だな。4年後の俺はどうしているんだろうな。流石に4年も経てば、ショコラを引退しているかも。というか、別に3Dモデルの宣伝のためにショコラで活動しているだけだ。そっちが軌道に乗ればVtuberを続ける必要はない。4年後もショコラを続けているとしたら……きっと3Dモデルが売れなかったんだろうなとしか思えない。
Hiro:酔った勢いで昔話をしてもいい?
Amber:どうぞ
飲みの席で絡む人はよく聞く話だ。けれど、ネット越しで……しかも、メッセージアプリで絡む人がいるとは思わなかった。
Hiro:俺、昔は絵を描いてたんだ。今もイラストは描いているけど、そういうのじゃなくて、本格的な絵画をちょっとな
絵画か。俺も昔は絵が上手いという理由だけで、父さんに画家になれって言われてたっけ。実際、俺も当時は楽しく絵を描けていたし、いい思い出もあるんだけど。やっぱり、彼に才能の差を見せつけられてからは、どうも筆を持つ気にはなれないんだよな。
Hiro:俺は本気で画家を目指していたし、周りの人間も応援してくれていた。両親、妹、美術の先生。彼らはこぞって俺を天才だと囃し立てた。そんな期待に応えるために俺は筆を取った
Amber:ああ。わかりますそれ。俺も、そこそこ絵が上手かったんですけど、周りがこの子は天才だって持ち上げるんですよね
Hiro:ああ、そうだな。世の中には俺よりも、もっと凄い天才がいるのにな。なんか周りは結構盲目なんだよ
Hiroさんとは話があうな。会話をしていて楽しい。師匠も話していて楽しいけれど、Hiroさんとは違うベクトルなんだよな。師匠は尊敬する人間だけど、Hiroさんは距離感が近い友人のような感覚だ。
でも、Hiroさんの口ぶりでは今は絵画を描いてないみたいなんだよな。やっぱり、筆を置いてしまったのだろうか。理由は気になるけれど、本人にとってはセンシティブな話題かもしれないし。あんまり触れない方がいいのかも。俺だって、「なんで今は絵を描いてないの?」って何度も訊かれてウンザリした記憶があるし。
きっとHiroさんは芸術の道に未練があるのかもしれない。だからこそ、こうして動画編集をやったり、イラストを描いたりってことをしているんだ。
Hiro:うわ、なんか急に酔いが醒めてきた。なんか恥ずかしいな。今の話は忘れてくれ
Amber:えー。俺はもっとHiroさんの話聞きたいのに
Hiro:勘弁してくれ
まあ、本人が嫌がっているならこれ以上詮索はしない方がいいかもしれない。
Hiro:まあ、そうだな。俺の話なら、俺のハンドルネームの由来について話すか
Amber:本名じゃないんですか?
俺はずっとHiroは本名由来の言葉だと思った。ヒロシだとか、ヒロノブだとかそんな感じの名前からとっていると。
Hiro:違う違う。これはヒロじゃなくて、緋色だ。俺が好きな色の名前からとってある
緋色……どっかで聞いたことがある名前だな。どこだっけ? まあ、忘れたってことはそんなに印象に残らなかったってことだから放っておけばいいか。
Amber:緋色ですか。絵を描いていたHiroさんらしい理由ですね
Hiro:ところで、Amber君はハンドルネームの由来ってあるのか? 俺英語弱いからよくわからないんだ
まさか、ハンドルネームの由来を訊かれるとは思わなかった。
Amber:これですか? Amberは琥珀を英訳したものです
Hiro:え?
Amber:ああ、琥珀っていうのは宝石の名前です。樹脂の塊が化石化したものなんですよ
まあ、ここは俺の本名が琥珀だっていうことは黙っておこう。流石にネット上の相手に本名を明かすなんてネットリテラシーがない行為はしたくない。
Hiro:ああ。宝石の名前ね。なるほどね
何がなるほどねなんだろうか。
Hiro:さてと。なんか妹が呼んでいるみたいだし、俺はそろそろ退散する。じゃあな
Amber:ええ。それではまた
◇
Amber=琥珀、絵が上手かった、現在16歳。まさか……いや、そんなはずはない。どんな確率だ。こんなの隕石が頭上に降ってくるような確率だぞ。
「お兄さん? どうかしましたか?」
「え?」
おっといけない。今は妹と一緒に次の配信の打ち合わせをしている最中だった。余計な考え事をするな。
「やっぱり、私としてもお兄さんの誕生日をみんなに祝って欲しいので、今日はオタク君の誕生日なんだーってアピールするのはどうでしょうか?」
「オタク君は所詮裏方のキャラクターだ。あんまり全面に押し出す必要もないだろ」
「そうですよね……」
妹としては、外に出てない俺を気遣ってくれてのことだろう。家族以外に誕生日おめでとうと言われない俺を。
「心配するな。俺もネット上のフレンドに誕生日を祝ってもらえた。家族にしか祝ってもらえないわけでもない」
「そうですか。それは良かったです」
妹はニッコリと笑った。俺は光が当たらない影の人生を送ってきたけれど、妹にはせめて光の当たるところに出させてやりたい。そのためのサポートは惜しまない。
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