第8話 初めての生放送

ショコラ『みな様のお陰でチャンネル登録者数1万人達成しました。それを記念して、本日の21:00より生放送をします。ぜひ遊びにきてくださいね』


 SNSでこのような投稿をしたところ、この投稿は瞬く間に拡散された。とりあえず、台本を用意しよう。まず、重要なのは、これまで応援してくれたファンに謝辞を述べること。そして、ショコラの3Dモデルが販売されていることを伝えることだ。


 最初からの古参ファンは俺の3Dモデルが販売されていることは知っている。だが、切り抜きしか見ていない層はそのことを知らない。切り抜きでは、宣伝シーンが丸々カットされているからな。


 この生放送で何人集まるかはわからない。けれど、多くの人にアピールすることによって、購入者はきっと増えるはずだ。


 そして、生放送の時間がやってきた。枠は既に取ってあるので、30分くらい前から人がいた。待機状態になっている彼らはチャットでお互い会話している。生放送は、Vtuberとファンの交流の場だけではない。ファン同士が交流する場でもあるのだ。


 ウェブカメラを起動し、ショコラと俺の表情を連動させる。そして、マイクも起動して、生放送を開始する。


「あ、あーあー。聞こえますか?」


 俺の言葉に反応して、「聞こえる」とリアクションしてくれた。マイクの接続は問題ないようだ。


「はい。みな様おはようございます。バーチャルサキュバスメイドのショコラです。本日は私の生放送に集まって頂きありがとうございます」


 当たり障りのない挨拶から始める。俺は別に芸人枠を目指しているわけではないから、ここは清楚に丁寧にやっていこう。


「みな様のお陰で、チャンネル登録者数1万人突破しました! 本当にありがとうございます。ここまで来れたのも応援して下さるみな様のお陰です」


 ショコラの顔が俺と連動してニッコリと笑う。コメントもショコラを祝福してくれる声で溢れている。


『おめでとう \1,000』


 金額が書かれた一際目立つコメントが流れた。これは生放送に来ている視聴者からの投げ銭だ。収益化したので、投げ銭機能をオンにしていると生放送でメッセージと共にお金が送られてくることがある。俺も他人の生放送で見たことがあるけれど、まさか自分が貰える立場になるとは思わなかった。


「わ、あ、ありがとうございます」


『おめでとう。1万人記念だけに \10,000』


「ふぇ!? 1万円!?」


 俺は思わず変な声を上げてしまった。1万円というあまりにも高額な投げ銭。別になにを売っているわけでもない。面白いことも言ったわけでもない。ただ、生放送を開始して、挨拶をして、謝辞を述べて。たったそれだけで、1万円というお金が動いた。時間給に直すととんでもない金額だ。


「え? あ、あの? い、いいんですか? 私にこんなにお金使って」


『ええんやで \2,000』


 またもや1万円投げてくれた人から、お金が届いた。な、なんだこの人は。お金持ちなのか? こんな大金をよくポンポンと出せるな。


『ショコラちゃんの燃料代 \1,000』


「ちょ、燃料代ってなんですか! ありがたいですけど、燃やすためにお金は使いませんからね!」


『ショコラちゃんって今日稼いだお金を燃やすの?』

『暗くてお靴が分からないわ』


「私はお金は燃やしません。そんな成金じゃないんですから。私は貧乏メイドですよ」


 まずい。俺は普通のサキュバスメイドキャラとして売っていきたいのに、このままではなんでもかんでも燃やす炎上系Vtuberになってしまう。


『同接数1000人いった』


「え? うそ、本当だ。ありがとうございます」


 同時接続数。生放送に接続している人数。つまり、今1000人以上の人間がショコラを見ていることになる。そう思うと緊張してきた。俺はこの1000人に向けて、ショコラをプレゼンしなきゃいけないんだ。


「みな様。バーチャルサキュバスメイドにお世話されたいと思ったことはありませんか? なんと、バーチャルサキュバスメイドのショコラちゃんが買えるサイトがあるんですよ。お値段はなんと税抜き4万円。安い! 高校生バイトの月収より安い! そんな労働基準法ガン無視した金額で、メイドのショコラちゃんが買えるのです」


『宣伝してて草』

『えっちなことに使ってもいいですか?』


「一応、利用規約に書いてますけど。アダルト表現がある作品でのご利用はお控えいただいているんですよね。申し訳ありません」


『じゃあ、買わない』

『サキュバスなのにえちえちなことはNGなのか……』


「じゃあ、買わないって……買って下さいよ! お願いします」


 サキュバス全員がえちえちなことOKだと思ってるんじゃないよ。全く。いや、俺が成人済みだったら、それを許可するのもいいんだけど、俺高校生だから。問題が発生した時に責任取れないから。


『ところで、ショコラちゃんのファンの名称って決まってるの?』


「ファンの名称……あー特に決めてなかったですね」


 Vtuberの中にはファンの名称を固有のものにしている物が多い。吸血鬼系Vtuberならファンを眷属と称しているものもいるし、酪農系Vtuberの中にはファンを家畜呼ばわりしてるのもいる。


 動画投稿を始めた当初は、まさかここまでショコラという存在にファンができるとは思わなかった。だから、ファンの名称とか特に決めてなかったのだ。ただ、可愛い3Dモデルがあるよって宣伝するためのものだったのに。


「じゃあ、今決めちゃいましょうか。何かいい候補ありますか?」


 俺はファンから意見を募集することにした。小学生の頃から国語の成績が壊滅的で文才0の俺が考えるよりかは、いい意見が出ると思ったからだ。


『燃料』

『ショコラー』

『ミルクサーバー』

『餌』


 ふざけてるのか……こいつら。


「燃料ってなんですか! 私、ファンのみな様を燃やすなんてできませんよ」


『ショコラちゃんになら燃やされてもいい』

『大丈夫。人間いつか燃やされて骨になるんだ』


「ミルクサーバーってなんですか。なんの意図があってこんな名前にしたんですか」


『そりゃ。サキュバスだし、搾るミルクと言ったらアレしかないでしょ』

『ショコラちゃんにミルク搾られたい \5,000』


 変態発言で投げ銭するな。コメントが無駄に目立つだろうが。俺、一応高校生だから健全なチャンネルを目指しているのに。なんでサキュバスって設定だけで変態が湧いてくるんだ。


「餌……」


 最早何も言うまい。


「まともなのがショコラーしかありませんね。でも、ショコラとショコラーだと伸ばすか伸ばさないかの違いしかないですし、ややこしいかな」


 このまま、なにも案がなければ、ショコラーに決定かな。他の3つは論外すぎる。


『ショコラちゃんラブ勢 略してショコラブでいいんじゃないかな?』


 ああ。ショコラブ……ややこしくなくて、初見でも意味が通じて中々いいと思う。


「ショコラブ……ちょっと挨拶の練習してみましょうか。ショコラブのみな様。おはようございます。バーチャルサキュバスメイドのショコラです」


『いい感じじゃないかな?』

『俺は餌呼ばわりされたいけどな \7,000』


 だから、変態発言を目立たせるんじゃない! でも、結構好意的な意見もあったし、ショコラブでいいかな。


「うん。それじゃあ、ショコラブでいいですね。それでは、みな様は今日からショコラブの一員ということで、これからもよろしくお願いしますね」


 こうして、ショコラのファンの名称が決まった。まさか、ファンの名称が付くまで、規模が大きくなるとは思わなかったな。


 その後も適当な雑談をして生放送は無事に終了した。最後まで暖かくていい雰囲気だったな。ショコラブのみんな。本当にいい人たちばかりだ。一部変態がいるけれど。


 俺は、生放送を終了させた。「ふー」と一呼吸着いた後に、ウェブカメラとマイクの電源を落とした。初めての生放送は緊張したけれど、結構いい体験だったな。ファンの意見も聞けて貴重な時間だった。


 俺は、生放送後の後処理として、投げ銭の合計額を確認してみた。すると、そこには驚愕の数字が出ていた。たった1時間程度の生放送で、\72,500。


「3Dモデル1件売った値段より稼げてんじゃねえか!」


 え? 嘘だろ? 確か、動画投稿サイト側のマージンが3割だったから、4万以上稼げてる……よな?


「ええ……」


 お金を稼げて嬉しい。けれど、本業のCGデザイナーとしては稼げていないのはなんとも複雑な気持ちになるのだった。

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