第6話 料理動画と物理演算の罠
100円玉を握りしめて、俺は自宅から徒歩20分のところにある自販機の前に立ち尽くしていた。この自販機は、缶ジュース1本100円で売っている穴場的な店。家の近くの自販機だと130円も取られるので、この自販機の存在はありがたい。俺はこの自販機に100円を投入して、コーラを買った。
何ヶ月ぶりのコーラだろうか。正月に手に入れたお年玉で2リットルのコーラを買う贅沢をした以来か。まだまだ、赤字経営だ。けれど、利益が出たばっかりだから、たまには贅沢してもいいよな。
俺はあまりの嬉しさにその場でコーラを飲み、ショコラのSNSアカウントでコーラを飲んだ報告をした。なぜかこの投稿に43件のいいねがついた。やっぱり1000人以上フォロワーがいるアカウントは凄いや。こんなどうでもいいつぶやきにも、いいねがつくなんて。
さて、コーラを飲んで心が満たされたことだし、家に帰って動画の撮影をするか。動画を投稿し続けていれば、素材を購入してくれる人が増える。前回の動画でそれは実証済みだ。
◇
今回の動画は料理動画を作ろうと思っている。と言っても本当に現実で料理をするわけではなく、仮想空間で料理をするというものだ。
やはり、メイドというキャラを押し出すために、料理上手であることをアピールしたい。そういうキャラ設定をつけることでキャラに厚みも生まれるだろう。食材や調理器具といった細かい小物も既にモデリング済みだ。今後も料理動画を作っていく予定なので、この素材は再利用できる。
屋敷にあるキッチンから撮影を開始。ウェブカメラを回して、ショコラと俺の動きを連動させる。
「おはようございます。バーチャルサキュバスメイドのショコラです。今日は料理動画を撮影することにしました。私はメイドですから、料理には少し自信があるんですよ? ふふふ」
俺は目を半目にしてショコラの表情を変化させる。半目のサキュバスはセクシー。これは男子の中では共通認識されているものだ。こういうエロティックな表情もできることをアピールしていこう。
「今日作る料理はカレーです。まずは具材を切っていきますね」
俺は手を動かして、仮想空間にある包丁を取ろうとする。しかし、これが中々難しい。
「あれ? 取れた? ん? 取れない。ちょっとこの包丁掴みづらいんですけど」
やはり、ウェブカメラ。専用のモーションキャプチャーを使っていないから、細かい指の動きが完全に動きが連動できていない。こうしたハプニングを乗り越えて、ショコラはなんとか包丁を掴むことに成功した。
「それでは、まずは人参から切っていきますね。ザックザック」
ショコラは人参を包丁で切った。この人参にはあらかじめ切れ目を入れてある。その切れ目以外の箇所は切れないようになっている。これはCGというかポリゴンの仕様上、仕方のないことだ。この面のどちらかでも切れますというマジックカット式にやると、ポリゴン数が増えてデータが重くなってしまう。
「玉ねぎも切ります。ザックザック」
ここで、あざと可愛いポイントを発動! 玉ねぎを切った数秒後にショコラの表情が変化するようにプログラムを仕込んでおいた。これにより、ショコラが涙目になって玉ねぎを切って泣いちゃうお茶目な面を見せることができる。
「あ、ちょっと目がしみちゃって。ああ、もう。涙が出ちゃいます」
使い古されたベタなネタではあるが、玉ねぎを切って目がしみるというあるあるネタを仕込みつつ。ショコラの可愛さをアピールできる。こういう細かい演出でも手を抜くつもりはない。これで、コメント欄は「涙目ショコラちゃん可愛い」で埋まるはずだ。
他の具材も切っていき、準備は整った。次は調理の段階だ。火で温めた鍋に油を投入し、具材を炒めていこう。大丈夫。ちゃんと具材を入れる順番は予習済みだ。台本通りにやれば、全てが上手くいく。
「それでは、油を入れますね。高い位置からドバーって行きますよ」
ショコラが手を伸ばし、油に触れた。そして、油の蓋を取った瞬間――信じられない悲劇が起こった。
油の容器が中身を噴出して、空高く飛んだのだ。天井にぶつかり、物理法則に従って、バウンドし油の中身をそこら中に油をまき散らす。ショコラの体にも油がかかり、テカテカとする。
「ちょ、な、なにこれ。ああ、もうベタベタするぅ。気持ち悪いよぉ」
完全に予想外だ。一体なにが起きたと言うんだ。しかし、よく俺は咄嗟にベタベタするというセリフを吐けたな。現実世界ではこのような悲劇が起きてないから、俺自身はなにも感じてないけれど、ショコラの世界では彼女は油まみれになっている。役になり切れているということだろうか。俺、役者の才能があるのかも。
だが、悲劇の連鎖はそれだけではなかった。俺もすっかり忘れていたけれど、今は料理の最中。あらかじめ火で鍋を温めていた。つまり、火が点けっぱなしの状態。そんな状態で油が四方八方に爆散している状況。そこから導き出される答えは1つしかない!
ショコラの眼前に火柱が立った。人間の身長を遥かに超えるほど高い炎。その炎が周りのオブジェクトに次々と引火していく。
「え、ちょっと待ってこれ。本当にやばいって」
屋敷が炎に包まれたところで、俺は一旦、撮影を中止した。
「どうするんだよこれ……」
俺は頭を悩ませた。これがVtuberあるあるの料理動画を作ろうと思ったら、火事動画になりましたってやつか? そんなあるあるがあるのか知らないけれど。
そもそも、どうして油が噴出したんだ。その原因を探るべく、俺は油の
「こ、これは兄さんの作ったペットボトルロケットの物理演算。間違って、アタッチしちゃってたんだ」
次の動画は、『バーチャル空間でペットボトルロケットやってみた』という動画にする予定だった。だから、次のネタ用にこのペットボトルロケットの物理演算を用意しておいたのだ。まさか、それが裏目に出るとは思わなかった。
「……ペットボトルロケットの企画はなしだな。今回の料理動画のインパクトに勝てない」
現場検証が済んだところで、俺は動画の締めを撮影した。燃えて崩れ去った屋敷をバックにショコラが悲しそうな表情をしたところから、撮影開始。
「はい。今日はカレーを作ろうとしたんですけど、間違ってお屋敷を焼いてしまいました。でも、大丈夫です。みな様の支援があれば、お屋敷は復活します。ですので、チャンネル登録と高評価と素材のご購入をお願いします。みな様も火の扱いをする時は注意してくださいね。それでは、さよならーさよならー」
この撮影された動画をいつものように編集し、エンコードして、アップロードする。そして、動画投稿後しばらくして反応を確認する。今回のコメントはどのようなものが付くかな。
『野菜洗った?』
『包丁洗った?』
『ショコラちゃんシャワー浴びてきた?』
『俺もこの前料理してたら油噴出したゾ』
『ショコラちゃんって結構ポンコツメイドだよね』
『油テカテカショコラちゃん捗る』
『屋敷を全焼させちゃう悪い子は折檻だぞ~』
『また屋敷が壊されたのか……』
『ショコラちゃんを買うと家が燃やされるって本当ですか?』
『マジかよ。ショコラちゃん買うのやめるわ』
『最初から買う気がない定期』
なんかコメントで変な風評被害が出てる! ってか、涙目ショコラの表情をがんばって作ったのに、そこに対する反応はないのか!
ただ、このショコラを買うと家が燃えるという風評被害を正さなければならない。後半のコメントをスクショして、SNSに画像付きで投稿。
ショコラ:3Dモデル ショコラちゃんを買っても家は燃えません。安心してお買い求めください
その投稿でこのネタを鎮火させようと思った。しかし、公式が下手に反応したことによって、ユーザーが更に面白がった。その結果、このネタはしばらく引っ張られることになるのは言うまでもなかった。
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