第5話 初めてのファンアート

 平日の夕方。学校が終わり帰宅する頃。今日も諸々の数字を確認する。チャンネル登録者数1237人。SNSのフォロワー数1034人。無事に2つの数字が1000を超えることができた。だが、素材のダウンロード数は相変わらず4のままだ。厳しい。現実は厳しい。


 後はもう少し、動画を投稿して総再生数を増やせばVtuberとして収益化をすることができる。本音を言えば、Vtuberとして稼ぐのは本意ではない。けれど、俺の本職であるCGを作るのにも教本や資料が必要だ。お年玉貯金が底を尽きかけている今、新しい収入源がどうしても欲しい。


 それに今はウェブカメラで妥協しているけれど、もっと性能のいいモーションキャプチャーが欲しい。そうすれば、もっと複雑な動きをショコラにさせることができる。モデリングの構造上では、もっと複雑な動きができる。だが、ウェブカメラで人物の連動させると動きがどうしてもぎこちなくなってしまう。今できることと言えば、表情変化、手を動かすことくらいだ。ダンスとかもできるってことをアピールすれば、ダンスのMAD動画を制作してくれる人が出て来るかもしれない。


 そうすれば、必然的にショコラを買ってくれる人が多く現れてくれるかも。


 まあ、今色々と考えても取らぬ狸の皮算用だ。今できることは既存のファンに媚びつつ、新規ファンも獲得できる動画作りだ。最新動画の車の物理演算を使っての動画は結構反応があった。だが、それは動画サイトに寄せられたものだけだ。ファンの中には動画サイトに直接コメントせずに、SNSで感想を言う人もいる。そういう公式に届かない声も拾っていかないと、Vtuberとして人気が出ないだろう。


 ショコラの人気が出なければ、俺の資金源もなくなってしまう。年一のお年玉以外収入源がないとか嫌すぎる。


 俺は慣れた手つきでエゴサーチを始めた。最初の頃はアンチコメントにビビってエゴサーチをしなかったけれど、今ではそんなことを気にしていない。表現者として生きていくんだったら、アンチコメントは覚悟の上だ。CGデザイナーとしてもVtuberとしても。


 SNSのつぶやき検索をすると、ショコラに関するつぶやきが結構出てきた。最新動画に対する反応も大方動画とそんなに変わらないものだった。だが、そんな中で俺はある一件のつぶやきを見つけた。


「ふぇ!? う、嘘だろ……」


 俺は思わず変な声を出してしまった。全く予想だにしていなかった光景が俺の目の前に広がっていたからだ。


アルミ缶@Vファンアート『車を運転するショコラちゃんを描きました』


 そのつぶやきと共に画像が貼り付けられていた。見覚えのあるウェーブの髪の毛でメイド服を着たサキュバス。冷や汗をかきながら、困惑した表情でハンドルを握る姿。ま、間違いない。これはショコラのファンアートだ! やっと見つけた! 記念すべきファンアート第1号だ!


 それを認識した時、俺の呼吸が一瞬止まった。こんなに嬉しいことはあるのだろうか。自分の作品が第三者の手によって、善意の模倣をされる。俺もCGが専門とは言え、イラストも描けないこともない。だから、その分だけイラストを描く労力と言う者を知っている。この人は、その労力を俺の……俺のショコラのために割いてくれたんだ。


 イラストは線画で色塗りはされていない。だが、この人の画力は間違いなく高い。俺もCGデザイナー志望だから絵の良し悪しは区別がつく。この味のある線は、絵が上手い人があえて崩して描いた線だ。その線のお陰で緊張感が伝わってくる。


 この人のプロフィールを見ると「Vtuberが好きです。推しのVtuberの絵を描きます」と書いてあった。元々Vtuber専門の絵師さんだったんだ。


 しかし、この絵に付けられていた第三者のコメントを見て、俺は失笑した。


『この後、事故ったんだよね』

『やめろー! ショコラちゃんに運転させるなー!』

『これは折檻ですね。間違いない』

『折檻されるショコラちゃんの画像も描いて下さい。お願いします。なんでもしますから』


 いや、もっと他になんか言うことあるやろがい! ショコラちゃん可愛いとか、素材買ってあげなきゃとか、そういうのがあるやろがい! まあ、でも仕方ない。明らかにネタ画像っぽい雰囲気出てるから。コメントもネタに走りたくなる気持ちはわかる。


 俺は少し悩んだ。3分くらい悩んだ。折角捕捉したこのファンアート。公式として、反応を示すべきかどうかを。


 この人はただ単に自分が楽しくて、絵を描いているのかもしれない。それで公式が下手に触ったら、困惑させてしまうかもしれない。


 でも、俺は気づいたら、つぶやきに「いいね!」を押していた。そして、「ありがとうございます。とっても可愛く書いてくれて嬉しいです」というコメントも残した。


 もしかしたら、公式がこんな反応をするのは迷惑に思われるかもしれない。けれど、俺は嬉しかったのだ。その感謝の気持ちをなんらかの形で表したかったのだ。


 さて、いいものが見れたし、俺はそろそろ作業に入るか。ショコラを売るために、新しい動画を作らないと。アイディアは固まっているから、必要なものを集めたり、作ったり……忙しくなるぞ。



 夕食も食べ終えて、風呂に入り終えて、歯も磨いて、学校の宿題を済まし、やることはやった俺。寝るまでの時間に、もう少しだけ作業をしようと、パソコンを立ち上げる。


 作業に入る前に、SNSを確認しておくか。俺は1度、作業を始めると集中して他のことに手を付けられなくなるからな。


 そう思ってSNSを開くと、俺にメッセージが届いていた。


アルミ缶@Vファンアート『あわわ。まさか公式に認知されるとは思いませんでした。ショコラさん。絵の感想をくれてありがとうございました。これからも応援させて頂きます』


 おお。ショコラのファンアートを描いてくれた人だ。ちゃんと律儀にメッセージを送ってくれるなんて嬉しい。お、このメッセージにはまだ続きがある。下にスクロールしてみるか。


 アルミ缶さんのメッセージをスクロールした俺。そこには衝撃的なことが書かれていた。


『P.S.ショコラちゃんの全身図を把握したかったので3Dモデルを購入しました』


 え? は? ちょ、ちょっと待って!


 俺は、慌てて3Dモデルの素材販売サイトに飛んだ。そして、マイページを開き、DL数を確認しようとする。この一連の動作。いつもやっていることだ。最初の頃はワクワクドキドキした気持ちでやっていた行動。それが、いつの日か惰性でやっている作業に変わってしまった。それが、今、最初の頃のように心臓がバクバクし、ワクワクドキドキするものになっている。


 ダウンロード数:5


 その文字を見た時、俺は叫んだ。夜中だとかそんなことは関係ない。よっしゃああ! と奇声を発した。近所迷惑だとかそういうのは考えてない。こんな声、珍走団のバイクの音に比べたら全然大したことないし我慢してくれ。


 長らく4のまま動かなかった数字。死を暗示する4という不吉な数字から、俺はようやく解き放たれたのだ。


 ついに、ついに、俺のVtuberとしての活動が実を結んだのだ。もし、俺がVtuberとして活動しなかったら、この1DLは決して得られない数字だ。


 Vtuberを始めても数字が伸びなかったのは本当に凹んでいた。自分のやっている活動に意味があるのか。そう疑問に思った日は1日や2日じゃない。ゴールが見えないマラソン。ゴールの方向がわからないマラソン。それをずっと走らされていたような気分だった。自分が進んでいる方向が果たして本当に正しいのか。それすらわからなかった。


 この1DLは小さな1DLかもしれない。けれど、俺に進むべき道を示してくれたという意味では大きな1DLだった。俺の進んできた道は間違いじゃない。それがわかっただけでも、今日と言う日は意味があるものだった。今、この瞬間を得るために費やしてきた日々は意味があるものだった。


 こうして、俺はダウンロード数の増加という目標を達成した。ありがとうアルミ缶さん……否、アルミ神様! あなたのお陰で俺は救われました。Vtuberショコラの物語はこれにて堂々と完結! ご愛読ありがとうございました!


 って終われたら、どれだけ良かったか。まだCG制作にかかったコストすら回収できていない。このコストの回収が終わっても、まだ次のCG制作の予算を稼がなきゃいけない。これは初期投資ほどかからないのが救いだ。俺が高校生らしくお金を使った遊びが出来るようになる日はいつになったら来るのだろうか。

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