第4話 物理演算で遊ぼう

 俺は今日も3つの数字を確認する。チャンネル登録者数、SNSのフォロワー数、そして、本命の素材のDL数。これらの3つの数字はここ最近変動していない。そりゃそうか。俺はまだ自己紹介動画しか挙げてないし、活動らしい活動もニャー子さんとのコラボ雑談しかしてないからな。


 かといって、なにか動画を上げるとか思い浮かばないし……そうだ。こんな時は師匠に相談してみよう。


Amber:師匠。俺はこれからどうやってVtuber活動していけばいいんでしょうか?


Rize:いや、私はキミのCGデザイナーの師匠であって、Vtuber活動の師匠ではないんだけど


Amber:そう言わずにお願いします。身近な大人で頼れるのが師匠しかいないんです


Rize:Amber君のしたいようにやればいいんじゃないかな。CGを使ってアニメーションを作ってみたりしてさ。なにか物語を考えて、作ってみたら?


Amber:師匠。残念でしたね。俺の国語の成績は壊滅的です。物語を創作するセンスは0です


Rize:威張って言うな。威張って


 しかし、どうにもこうにも思い浮かばない。まあ、手っ取り早くゲーム実況やら、歌ってみた配信とかした方が数字は稼げるんだろうけど。それじゃあ、俺の3D素材のアピールにならない。画面の隅っこにアバターを写しているだけじゃ、俺の拘りが伝わらないからな。関節の部分とか動きとか滅茶苦茶頑張って作ったんだぞ。


 コンコンと誰かが俺の部屋の扉をノックした。


「琥珀? 今ちょっといいか?」


 兄さんの声だ。一体なんの用だろう。


「うん。入って来ていいよ」


 兄さんが俺の部屋に入ってきた。兄さんの手には1枚のディスクがある。


「琥珀。部屋を掃除していたら、懐かしいものが見つかってな。これなんだと思う?」


 そう言うと兄さんは手に持っているディスクを見せびらかしてきた。いや、ラベルに思いっきり、『物理演算課題 桜鹿おうか情報工学大学3年 賀藤 大亜ダイア』って書いてあるんですけど。


「兄さんの学生時代の課題?」


「そう。俺が大学時代に開発したVanityヴァニティー物理演算の課題だ」


 Vanityとは、3Dの開発エンジンのことだ。ゲームやシミュレータ―を開発できるし、CGを動かすことだってできるツールだ。ショコラもVanity上で動かせるように設計されている。


 そんなものをなぜ見せつけてくるのか。この男は。自分の兄の学生時代の課題に興味があるか? ってアンケート取ったら全世界の弟は間違いなくNOと答えるだろ。


「なんだよなんだよ。その興味なさそうな顔は。お前のモンスタースペックPCで俺の物理演算がどうなるのか気にならないのか?」


「それ気になるのは全世界でも兄さんだけだろ」


「あー。うちの弟はいつからこんなに冷たくなったのかな。小さい頃は、兄さん兄さんってよく俺の後ろを付いてきたのに」


「昔の話をするのは歳を取った証拠だぞ」


「う……お前はまだ高校生でいいな」


 兄さんももうすぐ四捨五入すれば30歳になるような歳だ。高校生の俺からすれば十分おっさんに片足を突っ込んでいる。


「まあ、とにかく。そのディスクの中には、自動車の運転やペットボトルロケットとかのシミュレーションが入っている」


「物理演算か……うーん。ん!?」


 よく考えたらこれ動画のネタになるんじゃないのか? 自動車の運転をショコラにやらせれば、複雑なハンドル操作を出来るアピールになる。


「兄さん。これ俺が貰っていい?」


「ん? ああ。構わんよ。でも返品はするなよ。お前が責任もって処分しろよ」


 処分とか言い出したよこの人。いらなくなったものを弟に押し付けたかっただけじゃないか。


「ああ。ついでだけど、これ動画にして公開いい?」


「動画? お前、動画なんて撮ってるの?」


「うん。CGの宣伝のために始めたんだ」


「別に減るもんじゃないしいいぞ」


「ありがとう兄さん」


 兄さんは物理演算のディスクを俺に渡して、部屋からそそくさと出て行った。


 俺は早速、ディスクをパソコンに読み込ませて中に入っているプログラムをインストールした。


 よし、物理演算を使った。動画の撮影を開始しよう。できるだけリアクションが自然になるように初見でやるか。俺自身、どうシミュレーションするのかわからない方が面白いからな。


 そうして、動画を撮影し、編集し、完成した。俺は完成した動画をポチっと再生させた。


「みな様おはようございます。月がとっても綺麗ないい夜ですね。バーチャルサキュバスメイドのショコラです」


 サキュバスらしさを出すために背景は夜にしている。月もくっきりと映えさせるために、雲は作っていない。


「先日、私のご主人様が高級外車を購入しました。なので、ご主人様に内緒で運転をしたいと思います。では、どうぞ」


 ここでカットが変わり、車が映し出される。車は高級感溢れる黒のリムジンだ。流石に自作で車をモデリングする時間はなかったので、無料素材を引っ張ってきた。もちろん、兄さんが制作した車のCGもあったけれど、クオリティがあんまり高くなくて高級感がないのでCGだけ差し替えさせてもらった。兄さんの本職はプログラミング関係だから、残念ながらモデリングのセンスはそこまでない。


「これがご主人様の車です。それでは早速乗ってみましょう」


 ショコラが車の運転席に乗り込む。シートベルトを着用して、エンジンを起動させてハンドルを握る。夜間なのでライトをつけるのも忘れないように。


「それでは出発します」


 ショコラが車を運転させる。魂である俺は高校生なのでもちろん運転なんてしたことがない。そのため、ハッキリ言って運転が荒い。動画にして見返してみて、正直ハラハラする。


 屋敷の庭をぐるりと一周させようとする。しかし、カーブをミスってバラの庭園に車が突っ込んでしまった。


 よく手入れされたバラのオブジェが見るも無残な姿に破壊されてしまった。それはもう粉々になって、花びらも散り散りに。花びらがヒラヒラ舞うエフェクトのせいで、処理が若干重くなる。


「うぎゃ……あ、どうしようどうしよう。このままじゃご主人様に折檻されちゃう……」


 ショコラが青ざめる。急に出てきたご主人様に折檻されるというワード。最早意味不明。自分でもなぜこのワードを出したのかわからない。


「だ、大丈夫。まだエアバッグが出てない。事故としては軽傷です」


 ショコラが再び車を発進させる。今度は屋敷に玄関に突っ込んで、玄関の扉を吹き飛ばした。車はそのまま減速することはなく、屋敷を破壊して回る。


 現代における便利な移動手段である車。しかし、そのパワーとスピードと耐久性はけた違い。人間には到底到達できない化け物の領域。これはもう自動車ではない。破壊をするために生まれた鉄の兵器。屋敷にある高そうな壺や絵画を破壊して回る車。ショコラが必死に止めようとしても止まらない。


「え。ちょ、ちょっと待って? なんでブレーキ踏んでるのに止まらないの? え? なんで? なんでなんで? あ、これアクセルだった。えへ」


 最後に全速力の車が壁に激突して大破する。そして、ショコラが悲鳴をあげながら窓から投げ出された。車が爆発して炎上して、煙が屋敷全体に広がる。最早収拾がつかない。そう判断したのか、カットが切り替わって頬に絆創膏を張ったショコラの映像が映し出された。


「えーと、はい。みな様、いかがでしたでしょう? 私は運転があまり得意ではないことが判明しました。お屋敷が大変なことになったので後でお掃除しておきますね。みな様も運転する時は事故を起こさないように安全運転を心がけて下さいね。安全運転を心がけてくれる人は高評価とチャンネル登録とベルマークの通知をオンにしてくださいね。それでは。さよなら、さよなら」


 なんだこの動画……俺としては、自動車の華麗なテクを見せて、「ショコラちゃんすげえ!」みたいな動画を作りたかったのに。なんだこれは!


 まあ、でも初見の一発撮りって決めていたから仕方ない。テイク2はやらせ感が出てしまうから、撮影しなおすつもりはない。まあ、ショコラは運転が下手なキャラとして売っていくことにしよう。



 動画の編集とエンコードを終えてアップロードをした。その結果、嬉しいことにまたもや大量のコメントが付いた。


『ショコラちゃん免許持ってんの?』

『ショコラちゃんは運転が下手でもいいんだよ。俺が助手席に乗せてあげるから』

『あの怪我は絆創膏じゃ済まないだろ……』

『ご主人様カワイソウ』

『俺がご主人様なら間違いなくキレてるで』

『レースゲームのプレイ動画上げて欲しいな』

『被害総額はいくらなんですかねえ……』

『Vtuberじゃなかったら即死だった』

『ショコラちゃんが折檻される動画はまだですか?』

『ショコラちゃんの悲鳴捗る』


 一部変態チックなコメントがあるけれど、まあ気にしないでおこう。チャンネル登録者数もフォロワー数もまた伸び始めた。やっぱり動画を定期的にあげることは重要なんだな。覚えておこう。ちなみに、素材のDL数は相変わらず4のままだった……泣きたい。

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