第3話 V界隈の先輩

 動画を公開し、SNSも始めて、本格的にVtuberの活動を始めた。始めたのはいいのだけれど、まだ右も左もわからない。動画のチャンネル登録者数は412人。SNSのフォロワー数は387人と、日に日に着実に伸びている。しかし、素材の購入者数は未だに4。泣きたい。


 ところで、俺……というか、ショコラをフォローしてくれた人はどんな人たちなんだろう。SNSのフォロワーを調べてみることにした。


 フォロワーの欄をクリックすると、ショコラをフォローしてくれた善性の塊のような菩薩ぼさつな方々が沢山いた。


 フォロワー一覧を下にスクロールしていくと、とある文字列が見えた。銀髪猫耳巫女Vtuberの神城かみしろニャー子? 随分と安直なネーミングセンスだなあ。中の人の名字が賀藤だから、Vtuberにショコラって名前つけるやつ並のセンスしかないな。


 まあ、同業者だからフォロー返しておくか。多分ニャー子さんの方が先輩だろうし。V界隈では先輩後輩という概念があって、1日でも早ければその関係はできてしまう。それだけVtuberが生まれては消え、生まれては消えの誕生と消滅を繰り返しているのだ。


 俺がニャー子さんをフォローした次の瞬間、通知が届いた。この通知はダイレクトメッセージだ。一体誰が送ってきたんだろう。


ニャー子:フォローありがとうニャ。ショコラちゃんよろしくニャー。サキュバスメイドって設定がエロ可愛くて素敵ニャ。今度、ニャー子の雑談枠に来て欲しいニャ


 早っ! え? これ手動で打ってるよね? botとか使ってないよな? ってか、語尾にニャ付けるだけのキャラ付けって安直すぎないか……ベタというかなんというか。


 まあ、折角DM(ダイレクトメッセージ)貰ったんだから返しておくか。


ショコラ:こちらこそフォローありがとうございます。猫耳巫女可愛いですよね。予定が会えばお邪魔しますね。


 こんなもんでいいだろう。Vtuberは横のつながりが大事だと言われている。仲がいいアピールをすることで、お互いのファンに認知させるという効果があるのだ。だから、ニャー子さんと繋がるのも生存戦略のために必要なこと。


 Vtuberの中には、特定のグループに所属していて、そのグループ内で頻繁にコラボや雑談をするというのもある。そのグループ全体を推す、箱推しという概念もあるほどだ。


 俺は素材を買ってくれる人がいっぱい現れて、ある程度CGデザイナーとして有名になったらVtuberは卒業するつもりだ。だから、特定のグループに入るつもりはない。長居はしないのでね。


 俺がニャー子さんにメッセージを送ってから数分後、また通知が来た。多分ニャー子さんだろう。


ニャー子:良かったら、今日の21:00から雑談配信しているので来て欲しいニャ


 いきなり!? まあ、暇だから行けるけども。これも1つの経験だと思って、俺はニャー子さんのコラボの申し出を了承した。通話は俺と師匠が使っているメッセージアプリで行うことになった。普段使い慣れているアプリだから助かる。


 さてと、時間まで暇だしニャー子さんの動画でも見て予習しておくか。相手の動画も見ずにコラボは流石に失礼にあたると思うし。どういうキャラか把握しておこう。


 俺はニャー子さんのチャンネルを開いた。登録者数1027人。俺の倍以上の数字を持っている。活動開始は半年前か。1000人集めるのに半年かかるのか。この界隈も厳しいな。CGが売れずに伸び悩んでいる俺みたいだ。


 とりあえず、自己紹介動画と再生数が伸びている目玉動画を数本見て、ニャー子さんのキャラクターを掴むことにした。メッセージのやりとりでしたように、ニャー子さんは語尾にニャを付ける明るいキャラクターだ。一人称は自分の名前。伸びている動画はホラーゲームの実況。とにかくビビりで絶叫するスタイルで人気を集めている。


 なるほど。大体の情報は集まった。動画を見た旨を伝えればこちらに好印象を持ってくれるかな。



 ニャー子さんと待ち合わせの時間10分前になった。打ち合わせ通り、俺はニャー子さんと通話を繋いだ。


「もしもし。ショコラです。ニャーコさん。聞こえますか」


「……はい。聞こえます」


 聞こえてきたのは、引っ込み思案で大人しそうな女性の声だった。声のトーンも落ち着いていて、動画で聞いた明るくて天真爛漫な声とは別人のようだ。


「え? ニャー子さんですか?」


「はい……そうです。私がニャー子です。よろしくお願いします」


 ニャー子さんはあんまり敬語を使うキャラではない。なのに、この女性は初対面の俺に敬語で丁寧に喋っている。全くイメージとは違う素の状態のニャー子さんに俺は少し戸惑ってしまっている。


「びっくりしました。動画のニャー子さんとはイメージが違っていたので」


「あ、私の動画を見てくれたんですか? 嬉しい。ありがとうございます。私もショコラさんの自己紹介動画を見ましたよ」


「そうなんですか? ありがとうございます」


 Vtuber活動は、あくまでも宣伝のためのもの。だけれど、それとは別で一生懸命撮影して編集した動画を褒められるのは嬉しい。


「3Dのガワをご自身で作られたのですよね? 凄いですね。私はイラストレーターさんに依頼して描いて頂いたんです。絵を描ける人っていいですよね」


「ありがとうございます。そう言って頂けるととても嬉しいです」


 本心からの言葉。Vtuberを始めて良かったと思うのはやはり、俺の作ったCGを褒めてくれる人が現れたことだ。CGの出来の感想については師匠からしかコメントを貰ったことがない。その師匠も「素人にしては良く出来ている」と言う褒めているのだかどうか曖昧な言葉だった。動画のコメントにもガワのショコラを可愛いと言ってくれる人がいるし、こうして同業者に褒められるとCGを制作して良かったと思える。


「とりあえず問題なくお話できることがわかったので、本番になったら私から繋ぎますね。お話の続きはまた配信でお願いします」


「はい。配信にお邪魔するのは初めてなので緊張します」


「ふふふ。大丈夫ですよ。私が優しくリードしてあげますから。それではまた後程」


 通話が終了した。俺はニャー子さんから通話があるまで待機することにした。そして、ニャー子さんの配信の開始時間になったのだ。


「あ、あー。聞こえるかニャ? ……ん。聞こえるようニャ。ニャー子の姿見えてる? ん。問題はないようニャ」


 ニャー子さんが問題なく配信が始まっていることをコメントの反応を伺いながら確認している。先程までの大人しそうで清楚な感じの女性から、明るい雰囲気の猫耳巫女にキャラ変している。


「今日はね。ニャー子のお友達が遊びに来ているんだニャー。誰だと思う? それはね、バーチャルサキュバスメイドのショコラちゃんニャ!」


 ニャー子さんがそう言った瞬間、コメントが少し盛り上がった。叫び声をコメントするものや、「誰?」みたいな反応をする者もいた。


 ニャー子さんのアカウントからコンタクトがあった。それを承認し、ニャー子さんとの通話を開始する。


「あー。もしもし? 聞こえてますか?」


 俺が確認をするとコメントから「聞こえるよ」と届いた。どうやら、問題なく繋がったようだ。ショコラの映像も、俺の画面を共有させることで表示させることができた。これで問題なくニャー子さんの配信にお邪魔することができた。後は腹を括るだけだ。


「みな様。おはようございます。バーチャルサキュバスメイドのショコラと申します」


「ショコラちゃん。今は夜ニャ」


「ふふ。サキュバスにとって、夜は朝みたいなものなのですよ」


 謎設定の謎理論。でも、その方がサキュバスの設定に則してると思っての敢えての発言。


「そうニャのかー。それじゃあ、楽しい夜にしていくニャ」


「はい。お手柔らかにお願いしますね」


 語尾にハートマークがつきそうなくらい甘ったるい声を出す。正直、男が出すような声じゃない。だけど、俺を女だと思っている層は、一定数いるようでコメントにも「可愛い」だとか書き込まれている。


「ショコラちゃんはどうしてVtuberを始めようと思ったのかニャ?」


「売名です」


「ば、売名!?」


「あ、間違えました。宣伝です。私は自作の3Dモデルを売っているのです。素材のダウンロード購入者数が少なくて困っているです」


「お金ないって呟いていたのは、それが原因だったのかニャ?」


「あ、あの呟き見てたんですか? 恥ずかしいです」


 当たり前だけれど、何気なく呟いた投稿でも全世界に発信されるものだ。本人が忘れているような発言も、人によってはいつまでもしつこく覚えているということはある。


「でも、ショコラちゃんのデザイン結構可愛いと思うけどニャ。どうして売れないのかニャ」


「やっぱり知名度ですかね。宣伝しようにも広告に使うお金もないし、インフルエンサーの知り合いもいないし、私自身SNSをやっていなかったので、アピールするフォロワーもいないので八方塞がりだったんです」


「ふむふむ。それは苦労しますニャ。ニャー子も1カ月くらい、登録者数が2桁だったから気持ちはわかるニャ」


「やっぱりどこも大変なんですね。私もそういう状況を打破したくて、なら、自分の3Dモデルを宣伝しようと思って、Vtuberを始めたんです」


「ニャるほど。ニャるほど」


「まあ、残念ながらダウンロード数は未だに伸びてないんですけど」


「あはは。まあ地道に頑張っていくしかないニャ。ニャーの神社に参拝しているニャンチカン様にショコラちゃんのCGが売れるように祈願しておくニャ」


 あ、そういえば巫女って設定だったな。神様の名前がニャンチカンなのか。


 その後も俺はニャー子さんと雑談をして楽しい時間を過ごした。こうして、人と繋がるのは面白いな。数字には見えない人脈というものが広がっていく気がしてなんだか楽しくなってきた。

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