第2話 男女論争

 高校の授業も終わり、俺は真っすぐ家へと帰って行った。昨日投稿した自己紹介の動画。それがどれだけ伸びているか気になったからだ。もし、この動画が伸びれば、素材のダウンロードも増えて、俺のサイフも潤う。親からお小遣いも貰えず、学校もバイト禁止の俺にとって、貴重な収入源だ。増えて欲しいに決まっている。


 玄関の扉を開けて、靴を乱雑に脱ぎ、そのまま自室へとダッシュで向かう。そしてパソコンの電源を付ける。最近のパソコンは立ち上がるのが早いと言われているけれど、それでも立ち上がるにはある程度時間がかかる。その待ち時間がどうももどかしい。いつもと変わらない起動時間なのに、いつもの倍くらいの時間がかかっているように感じる。


 パソコンが起動し、ブラウザを起動させて動画投稿サイトを開く。そして、自身の動画の再生数を確認する。そこに表示されていた数字は2,528再生―― これって多いのか? 少ないのか? よくわからない。そうだ。チャンネル登録者数はどうなっている? 276人? 1日でこの数を稼げるのは多いのだろうか。トップ層はもっと稼げてそうだけれど。


 そして、俺の目に入ったのはコメントだった。一体どんなコメントがついているんだろう。


『可愛い。応援してます』

『サキュバスメイド。俺の性癖にマッチしているじゃないか』

『パンツ見せなさいよ』


 良かった。割と好意的なコメントが多い。もしも、いきなりアンチコメントがついたら、ショックで首を吊るところだった。


 だが、次のコメントを見て俺は戦慄した。


『これって声女の子?』

『声が掠れているね。酒焼けした女性っぽい』

『いや、どう聞いても男の声だろ』

『アンチ乙。ショコラちゃんは女の子だから』

『俺の耳だと男の声に聞こえるけど、女声ってお前ら正気か?』

『お前ら、女の子に対して男の声とか失礼にも程があるだろ』

『飲み屋の姉ちゃんが魂じゃないかな。俺がよく行くキャバにもこれくらいの声の子はいるよ』

『Vtuberとして活躍するなら声は大事にして欲しい』

『それな。酒の飲みすぎは健康にも悪いからね』

『メイドはストレス溜まりそうだからね。酒くらい許してやりなよ』


 え? この人たち、どうして俺が男か女かで議論しているの? そういえば、魂(所謂声を当てている人物。中の人)である俺は男か女かどっちかなんて言ってなかった。というか、俺としては、男だから声でわかるだろ的な感じだったけれど。


 え? 女の声に聞こえる? こんなカッスカスの声の女性なんているの? というか俺、高校生で未成年で酒なんて飲んでないんだけど。


「んー。あーあー」


 確かに、よく聞いてみると俺の掠れた高音の声は女性として捉えられてもおかしくない。そうか。声が掠れているせいで男女の区別がつきにくくなっているんだ。


 どうしよう。正直に男だって言った方がいいかな。師匠に相談してみようか。そう思ってメッセージアプリを起動すると既に師匠からメッセージが来ていた。


Rize:動画見たよ。コメ欄が凄いことになっているな


Amber:そうなんですよ。この人たち、俺を男か女かで言い争っているんです。正直に男だって言った方がいいですよね


Rize:面白いしそのままにしておいた方がいいんじゃない?


Amber:そのままって……


Rize:だって、男か女かどっちかわからないキャラの方が、対立が起きてコメントが伸びそうじゃん


 そういう理由かい。俺としては、女性説を信じている人に申し訳ないから早い所正直に話して楽になりたいんだけど。


Amber:わかりました。とりあえず、性別についての言及はなしの方向で。


Rize:ところでダウンロード数の方はどうなっている? そっちの方が本命なんでしょ?


 あ、そうだ。忘れてた。ダウンロード数も確認しなきゃ。そう思って、素材ダウンロードサイトを開いてみる。動画効果が表れて、購入者が増えているかもしれない。しかし、現実は非情だった。66日間数字の増加はなかった。


Amber:ああ、今回もダメだったよ


Rize:草


 泣きたい。俺はなんのために恥を捨ててVtuberになったと思っているんだ。男なのに女の子の役になりきるのがどれだけ恥ずかしいことか。師匠にもわからせてやろうか。


Rize:それにしても動画もチャンネル登録者数も存外伸びたねえ


Amber:そうですか?


Rize:正直、再生3桁。下手したら2桁。チャンネル登録者数2桁1桁を想像してたけど


Amber:そんなに伸びないもんなんですか?


Rize:底辺も底辺の最底辺だとそうなるな。営業力もないコネもない、今更Vtuberも目新しくない。そんな状況だとこの数字は取れている方だと思う


Amber:そうなんですね


Rize:まあ、伸びるかどうかも運の要素が強いからな。Amber君は運がいい方だな。今回はたまたま、コメント欄で議論が盛んになったから、何度も再生する人が多くて伸びたんだろう


Amber:ああ、それはありますね


Rize:まあ、動画の再生数もだけどダウンロード数も伸びるようにがんばれー


Amber:はい。応援ありがとうございます


 師匠とのメッセージのやり取りもそこそこにして、次に俺がやるのはエゴサーチだ。SNSで自分の名前を検索して情報を得る行為。まさか、俺がこれをやるとは思わなかった。


 動画では本人に直接送るため、否定的な意見を言う人は比較的少ないけれど、SNSだと本人が見えないところだから悪口を言っている人がいるかもしれない。なんかそう思うと怖くなってきたな。


 でも、反応を知ることは大切なことだ。俺は今Vtuber。所謂、視聴者を相手にした客商売なんだ。視聴者の意見を参考にして、動画をどんどんブラッシュアップしないとこのVtuber戦国時代を生き残れない。


 ということで俺は『ショコラ』で検索してみた。すると出て来るのはお菓子のショコラしか出てこなかった。


 そりゃそうだ! お菓子しか出ねえわな! こんなことになるんだったら、珍しい名前にすれば良かった。


 こうなったらAND検索を用いるしかない。『Vtuber AND ショコラ』で再挑戦だ。すると1件の投稿が見つかった。


 VtuberのショコラちゃんってSNSやってないのかな?


 そういえば、俺はSNSの類はやってないな。そうか。広報活動をやるなら、SNSを活用するのもアリか。盲点だった。それじゃあ早速アカウントを作ってみるか。


 アカウント名は……『バーチャルサキュバスメイド【ショコラ】』でいいか。アイコンは自撮り(スクリーンショット)の画像を使って。


 そして、特に苦労することもなくSNSのアカウントを作った。作ったはいいけど投稿内容が全く思い浮かばない。


 え? 俺、何を投稿すればいいの? 高校に行って、友達と遊ぶこともなく、家に真っすぐ帰って、制作したCGが売れているかどうか確認するだけの毎日……楽しいか? こんなこと呟いて。


 いや、俺だって友達と遊びたいよ。遊びたい盛りの高校生だし。でも、高校生が遊ぶとなったら、カラオケやボウリングやゲーセンやカフェに行ったり……とにかく金がかかる。中学までは親から買ってもらったゲームを一緒に遊ぶっていう金がかからない遊びをしていたんだけど、高校生はどうして遊びに金をかけたがるんだろう。甚だ疑問である。


 友達に誘われる度にお金がないと断る俺の気持ちにもなって欲しい。だから、早く利益を出さないとこのままじゃ、誘われることすらなくなってしまう。


 そんな考えが色々と渦巻いて、最初の俺の呟き(投稿)の内容はこうなった。


ショコラ:お金がありません


 なぜか1件のいいねが付いたけれど、特にこの投稿は流行らなかった。残念。

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