第1話 バーチャルサキュバスメイドの産声

 俺の日課は増えることのない数字を確認して、絶望しながらため息をつくことだった。今日もダメだった。ダウンロード数4から一向に増えない。これで65日連続だ。


 パソコンのディスプレイに映っているのは、3D の美少女キャラクターだ。


 青紫色のウェーブがかった肩までかかる髪の毛。頭から2本の角が出ていて瞳の色は紅に染まっている。肌の色は浅黒くて、どこかエロティックな雰囲気を醸し出している。着ている服装はゴシックのメイド服。背中からは蝙蝠の羽が生えていて、臀部から先がハートマークの尻尾が生えている。体型もメイド服では隠せないくらい胸がでかくて、かといって太すぎず細すぎず丁度いい塩梅に調整してある。ガーターベルトを着用しているというフェティシズムに訴えかける要素も忘れていない。


 贔屓なしで見てもこの「サキュバスメイド」は可愛いと思う。売れないのがおかしいレベルだ。彼女は俺が制作した3Dモデルだ。俺は彼女を作り出すのにかなりの心血を注いだ。俺の娘と言っても差し支えないくらいの愛情を持っているつもりだ。娘どころか彼女すらいないけど。


 俺は彼女のデータを販売している。値段は4万円(税抜き)。販売サイトがある程度のマージンを持っていくから、俺の手元に入るのは1人当たり3万。4人に売れたから12万円の売り上げだ。金額だけ見ると高校生の小遣い稼ぎにしてはまあまあ稼げていると思うだろう……けれど! これを作るのにどれだけの労力を費やしたと思っている! 時間給に換算すると300円程度にしかならんぞ! 普通にバイトした方がマシだな!


 時間的ロスだけじゃない。彼女を作り出すために揃えたソフト代、高スペックパソコン代、教材代、その他諸々。それ差し引いたら赤字にしかならない。


 どうしよう。もうお年玉の残りは僅かだ。我が家ではお小遣いなんて制度は存在しない。高校生になったら全部自分でなんとかしろがウチのルールだ。上にいる兄さんも姉さんもみんなそうしてきた。


 俺は不幸なことにバイト禁止の高校に入学してしまった。だからこそ、バイトしないで稼げる個人事業というものに手を出すべく! CG制作で稼ごうと考えたのだ。


 元々、CGデザイナーになりたかった俺は、楽しんでモデリングをしていた。CGを作るのは楽しい! 楽しいんだけど! お金があればもっと楽しい! お金がないと苦しい! 誰か、俺の娘を買ってくれ!


「はあ……」


 俺は、自分の娘を色々な角度で見たり、ポーズをさせたり、表情変化させたりして1人で楽しんだ。


 違う! そうじゃない! 俺が見たいのは! 他人の成果物で俺の娘が使われるところが見たいんだ! ゲームで活躍する俺の娘、動画で活躍する俺の娘! そういうのがみたいのに! 自分で弄っても虚しいだけだ。


 コンコンと俺の部屋の扉をノックする音が聞こえた。


琥珀こはく。入るぞ」


「うん」


 俺の名前を呼ぶこの声。兄さんだ。兄さんはもう立派な社会人だ。職業はSEシステムエンジニアで、入社3年目で主任を任されるほど優秀な人物だ。


「なあ、琥珀。ウェブカメラとマイクいるか?」


「ウェブカメラとマイク?」


「ん。ああ。実はな。俺の職場でテレワークをしようって動きがあってな。ウェブ会議用にカメラとマイクを買ったんだ。だけど、主任以上は出社しろとか訳の分からん通達が来ていらなくなった。だから、お前にやるよ」


 そう言うと兄さんは新品同様のウェブカメラとマイクとマイクスタンドを俺にくれた。


「え? い、いいの? これ結構お高いものじゃないの?」


「はっはっは。彼女なしの社会人の財力を舐めるなよ」


「自分で言ってて悲しくならない?」


 俺も彼女なしの高校生だ。人のことは言えない。


 折角、マイクとカメラを貰ったけれど、使い道ないんだよな。俺、通話する友達もいないし。ああ、でも師匠がいたか。俺にはネット上に師匠がいる。性別は不詳だけどプロのCGデザイナーだ。彼? 彼女? はCG制作に行き詰った時にアドバイスをくれるありがたい存在だ。実はダウンロード数の内の1つは師匠のものだ。本当にありがとう師匠。不出来な弟子を許して。


 でも、師匠は通話を嫌がりそうだなあ。性別を隠しているくらいだし。じゃあ、結局このカメラとマイクは不要なものか。兄さんには悪いけれど。



 俺は師匠にメッセージを送った。3Dモデルが全然売れないこと。宣伝にかけるお金もツテもないこと。兄さんからウェブカメラとマイクを貰ったこと。それらを報告したら、師匠から返信がきた。


Rize:ウェブカメラとマイクあるんならVtuberで宣伝活動すればよくね?


 え? このひと急になに言い出すの?


Amber:いやいや。師匠。声優を雇うお金なんてないですよ。俺、まだ高校生だから借金もできませんって


Rize:お前がVtuberになるんだよ!!!!


 なに言ってるのこの人。俺男だよ。


Rize:今時、中身が男、アバターが女のVtuberも珍しくない。むしろ中身が男だと知っている方が安心して推せる勢までいるくらいだ


Amber:そういうものなんですかね?


Rize:そういうもんだ


 そんなわけで、俺はVtuberとしてデビューすることになった。まあ、なにもやらないよりマシか。これでDL数が1でも増えてくれれば、やった甲斐はあるというものだ。機材も兄さんがくれたし、アバターも自作だからタダ。声優も自分がやれば無料! いいね。世の中なんでもかんでも自分でやればタダなんだ。


 カメラの映像と3Dモデルを連動させるソフトも入手したし、これでいつでも撮影する準備はできている。よし、やるぞ。まずは自己紹介動画からだ。なぜかVtuberは自己紹介動画から始めるという不文律がある。郷に従えの精神で、俺も自己紹介動画から入ろう。


 俺はカメラに向かって笑顔を作り、手を振った。


「初めまして。バーチャルサキュバスメイドのショコラです。よろしくお願いしますねご主人様」


 死にたい。なにが悲しくて、メイドの真似事をしなくちゃいけないんだ。別に俺は男だし、心が女でもないし、女体化願望があるわけでもない。ゲームでも主人公が男女選択できるなら男を選択するし、そんな俺がどうしてこんな真似をしなくちゃならないんだ。


 ってか、ショコラってネーミングセンスなんだよ。いや、俺の名字が賀藤がとうだからって理由で安易に付けたけどさ。冷静に考えるとなんか恥ずかしいぞ。


「私がVtuberになった目的をお話します。私のこの体は売りに出されています。あ、変な意味でじゃないです。まあ、早い話が自作の3Dモデルを宣伝したいから、こうしてVtuberとして活動をすることになりました」


 言ってしまえば金儲けだ。だが、Vtuberを支える層はクリエイターの苦難を知っている層が多いし、推しを支えるためにお金を使う人も多い。だから、ここは包み隠す必要はない。


「ほら、見てください。このモデル。隅々まで見てください」


 俺は体を回転させたり、両手を上げたり、飛んでみたりと色々な動作をしてみた。3Dモデルとして売り込むために、いろんな角度から見て貰わなければならない。


「最後にチラっとスカートの中身を……うふふ。この先は、ご主人様が自分のマネーで購入して確かめてくださいね。ダウンロードURLは概要欄に貼っておきますので、良かったらアクセスだけでもしてください」


 よし、スカートの中身をちょっとだけ、たくし上げてエロで釣る。こうすればスケベな男が買ってくれるかもしれない。


「これから動画をいっぱい上げていく予定です。チャンネル登録者数が増えたら生放送もやるかも。だから、チャンネル登録とベルマークの通知をオンにして下さいね。それでは、さよならーさよならー」


 ふう……動画を撮り終わったぞ。さて、実際の動画の出来というやつを見ていくか。


 俺は出来立てほやほやの動画を再生した。3Dモデリングの出来は非常にいい。表情変化もコロコロと変わって可愛いし、動きも滑らか。不自然な点はない。ただ、不満はある。声だ。


 なんだよこの声! かっすかすに掠れてるやろがい! ええ。俺こんなにしゃがれ声だったの? なんかショックだわ。まあいいや。


 俺はわずか3分の動画を4時間くらいかけて、字幕を入れる編集をした。そして、動画をエンコードし、動画サイトにアップする。


 もう投稿した。引き返すことはできない。ああ、叩かれないかひやひやする。アンチコメントが付きませんように。




—――――

作者の下垣です。

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