施療院の幽霊 (2)

 王都の街は賑わっていた。

 馬で王宮の門をくぐり、タンジールを縦に貫く螺旋貫道を延々と行くと、商業層へと至る。そこには年中、市が立っており、ものを売り買いする人々で、ごった返していた。

 華麗な装飾に彩られた立派な建物に収まっている高級店もあれば、道端に敷物を広げただけの露店もある。どこも活気に溢れていた。

 通りには、そぞろ歩く者が多く、中には輿こしに乗っている富裕層の市民もいたが、馬で来ているのは、ジェレフとサフナールだけだった。商業層の街を騎獣に乗ってうろつくことは、一般の市民には余程でなければ許可されておらず、一部の高級官僚か、それ以外では、王宮に住む王族や、英雄エルたちだけの特権だった。

 鞍の上から見下ろすと、人々はみな足早に蠢き、思い思いに忙しそうだ。

「どこへ行くんだ、サフナール」

「イシュマイールの店です。呉服商よ。それから、宝石も見たいの。髪飾りと、指輪も」

 指折り数えて、サフナールは計画を練っている。

「そんなもの買って、どうするんだ。もう、いくらでも持ってるだろ」

 呆れてジェレフが言うと、サフナールも呆れたようにジェレフを振り返った。

「物欲のない人ね。宝石なんて、いくらあっても困らないでしょう」

 そうだろうか。置き場に困るではないか。

 ジェレフは部屋にごちゃごちゃと物が置いてあるのは好みではなかった。身につける物など、過不足なくあれば、それで十分なはずだ。

 王宮暮らしに不足のないよう、身なりを整えたり、部屋の調度品を揃えるためにと、英雄たちは潤沢な俸禄を与えられているが、ジェレフはいつも、それを何に使えばよいか分からない。仲間内には、訳の分からない贅沢をして、呆れるほどの数の筆を持っていたり、女英雄たちに至っては、年ごと、季節ごとに呉服商を呼んで、新しい長衣ジュラバや飾り帯をひたすら新調し続ける者もいる。

 そういうことが、理解できない。

「黙って、ついてくればいいのです」

 ジェレフの考えが読める訳でもないだろうに、サフナールは怖い顔で、じろりとこちらを一瞥いちべつした。

 にこにこしていれば、かなり可愛い顔立ちなのに、なぜサフナールは外見と内面が一致しないまま生まれて来たのだろう。儚げな容姿なのに、恐ろしく気は強いし、酒も強い。小杯をあおるだけでも、頬を染めて、わたくしもう飲めないと言いそうな外見なのだが、実際には、樽いっぱい飲んでも平気で綱渡りができると評されるほどの、全く酩酊しない女だった。

 酔わないくせに、なぜ飲むんだよ。酒は、酔うために飲むんじゃないのか。蟒蛇うわばみめ。

 馬上で揺れている、サフナールの背と束髪の束を見ながら、ジェレフは内心、毒づいた。

 それにはサフナールは何も言わなかった。言うはずもない。サフナールの魔法には読心術は無いはずだし、そもそも、こちらの考えなど想像もしないような、鈍い女なのだ。

「着いたわ」

 こころなしか、はずんだ声で、サフナールが言い、一軒の店の前で馬を止めた。

 店の者が、すぐさま出てきて、サフナールを出迎え、愛馬には水を差し出している。

 ジェレフは馬上から、店の見事な破風を見上げた。

 イシュマイールの店だ。呉服商。確かにそうだが、その店先に置かれた色とりどりの布は、女物だった。

 いそいそと店に入っていくサフナールを見つめ、ジェレフは絶句した。

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