乖の刃
澄岡京樹
先鋭列車にて
乖の刃
——それは、ある月の晩。私が帝都へ向かう道中のことであった。
「失礼」
ふと気づくと、隣席に侍のような風貌の青年が座ろうとしていた。うつらうつらとしている内に、何度か駅に止まっていたのだろう。
……しかし、侍とは奇妙な話。時代錯誤も甚だしい——が、その雅な雰囲気と禅めいた静寂さが、その違和感を消し去っていた。
「もしや、その刀も本物で?」
私の問いに、
「今は
男は淡々と答えた。
奇妙だが、同時に風情のある男だと思った。私は、男のことが気になり始めていた。恋慕ではない、ただの好奇心である。
「私は帝都まで行くのですが、貴方はどちらまで?」
「——
「ああ、車両基地のある」
男は静かに頷いた。
先鋭列車の軌道はある程度自由自在であるがゆえに、帝都とはあからさまに反対方向に位置する宇井座村に移動することも可能である。とはいえ、反対方向への移動が許されているのは車両基地の存在する宇井座村ぐらいのものである。レールガンの軌道変更および中継駅の立地の都合であった。
それはそれとして、宇井座村まで行くのならば何も逆方向にまず向かうこの列車でなくとも良かったのではなかろうか。どの列車もその日の運行を終えれば宇井座村へ射出される。ゆえにわざわざ帝都行き車両を選ぶ必要はないはずである。
「お侍さん。帝都方面にも何かご用事が?」
私の質問に彼は数秒ほど沈黙した後、
「——斬るものがあってな」
そのように答えた。声色はやはり淡々としていた。
「物騒ですね。魔の類でも狙っているのですか?」
そのように推理をしていると、侍は私に視線を向けた。その黒い瞳はまるでブラックホールであるかのような、黒々とした重みを幻想させた。
「——お前は、鏡を見たことがあるか?」
——突如、突如そのような問いを投げられた。……鏡。その身を写す反射物質。主観で確認することにいささか条件が必要な己が身を容易に観ることを可能にする物体。……そういえば、あまり意識したことがなかった。
「——お前が向かう先、つまり帝都に……俺が追う存在が接近しつつある」
「それは怖い。やはりそれは魔獣なのですか?」
怯えを混ぜた口調で訊ねると、男は少し困った様子で眉を曲げ、
「魔獣、少し違うな、それは珍しい事例でな」
鞘から刀を引き抜いた。先刻彼が言った通り、それは鈍であった。糸すら斬ることは難しいだろう。
「ちょ、っと——本当に抜く人がいましょうか? 他にも乗客がいるんです。悪ふざけはやめてください」
抗議の音を込めて非難した。しかし、騒ぐのは私だけで、いつの間にやら車内には私と彼しかいなかった。
「こ、これは……?」
困惑する私の横で、侍は静かに口を開いた。
「上手い偽装だった。だが他ならぬ己を騙しすぎだ」
「は——?」
「窓を見てみろ」
「ぇ——」
そう言われるまで、私は窓すら見る発想がなかった。鏡の話を振られたタイミングでさえ、窓も考えようによっては鏡であると微塵も思わなかったのだ。……だが実際は、夜闇の車窓は鏡のように己が身を写し出す。ゆえに私はついに、己が姿を目にした。
「——————??????」
私は————何だ?
そこには、無貌の人形が写っていた。
何も身につけず、何もない人型が、そこには在った。
これは、
「珍しい事例と言っただろう。お前は魔獣ではなく魔人。人が魔となった異形なんだ」
——記憶が蘇る。炙り出し文章が如き現象。炙り出しという条件の代わりに、己が魔人であることを思い出すことで、己の全てを思い出す。……そうだ。私は魔人〈:-4」、8547/〉。領域外の力を手にした存在である。魔となりし今、私は常識を覆す異常となろう。そういった在り方に変貌したのだ。
ゆえに私は侍を喰らい抉りたい衝動を以て襲い掛かろうとし————
「————?」
彼の刀が鈍でなくなっていることに気づいた。
◇
「これは魔を絶つ刃。〈絶刀・乖〉」
刹那。白銀が煌めき、
「魔を斬るために、刃を顕す」
——音もなく、魔人は塵と消えた。
列車内は、異界から現世へと戻っていった。
乖の刃、了。
乖の刃 澄岡京樹 @TapiokanotC
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