2-17 桜の願いと雪月の役割

「その願い、承知した」


 そう言って桜の真横に並び立った雪月は、冷たい視線を目の前の空達に向ける。雪月は空達を冷たく見つめたまま、右足のつま先でトン、と軽く地面を叩く。すると、地面からぼこり、と影が浮き出て来て、一斉に空達を捕らえた。


「「「ッ!?」」」


 突然の影の襲撃に、三人は反応する間もなく捕らえられてしまった。ただ、桜の時とは違い、首を絞めているわけではない。なので、三人は各々表情を歪めてはいるが、苦しんでいる人はいなかった。そのことに、桜は安堵する。

 空は友人の雪月が急に現れたことに、かなり驚いているようだった。しかし、すぐに雪月が桜の家に住んでいることを思い出し、彼も敵なのだと理解して、敵意の視線を向ける。雪月はそれを横目で確認するが、空の敵意の視線を受けても、無表情を貫いていた。

 雪月は空を無視し、桜を無機質な目で見やる。桜が現状、日本刀で刺され、満身創痍の状態になっているにも関わらず、だ。

 しかし、桜は雪月に心配して欲しくて呼び出した訳では無い。なので、桜はそんな無情な反応の雪月を気にする素振りはなかった。


「あり、がとう……ッ!」

「……別に。ただ、意外だったな。お前がまさか──」

「──お前ッ! ゼロッ! どういうつもり!? これは立派なじゃないッ!?」


 雪月の言葉を遮るように、ナイトメアが叫ぶ。その叫びは、今までの粘着質な話し方を止め、憎悪に満ちた声色だった。

 そんな常人なら怯んでしまいそうな叫びに、雪月は涼しい顔をして返答を返した。


「この俺がルール違反を犯した、だと? はは、それは何の冗談だ? ナイトメア。そんなこと、この俺がするわけないだろ?」

「ッ! だが、参加者ピューパへの妨害行為は、立派な違反だッ! お前、自分がだからって、何してもいいと思うなよ……ッ!」

「……特別? はっ。そんなこと、俺は一度も思ったことはねぇよ。……と、外野に構ってる場合じゃない、か」


 ナイトメアの反論に、雪月は眉を顰める。それは、特別、という言葉に反応したように、桜は見えた。

 雪月は明らかに不機嫌な様子のまま、パチン、と指を鳴らす。すると、ナイトメアの口が、影によって塞がれる。その後も、ナイトメアはなにやら訴え続けてきたが、雪月は聞こえないふりをして桜に向き直った。


「で、桜。話を戻すが、もう一度『お前の願い』を聞かせてくれ。……俺は、何をすればいい?」


 雪月の真剣な表情に、桜も思わず顔を強張らせる。そして深く深呼吸をした後、真っ直ぐ雪月を見つめ、口を開いた。


「私の願いは……『郡空を助けたい、そのために、力を貸して』だよ」

「──ッ!? ははっ、ははははっ! なるほど。そう来たか。自分を助けて、じゃなくって他人、しかも自分に殺意を抱いている奴を助けろ、か。いや、力を貸せ、だったな」


 桜の願いに、雪月は驚いたように目を見開き、驚愕の表情を浮かべる。しかし、直ぐに大声で笑い、愉快そうに声を弾ませた。だが、当の本人である桜は笑われる意味が分からずに、キョトンとした顔をする。


「え、私変なこと言った? というか、今までの流れを見てたなら分かってるのかと思ったよ!?」

「はは、確かに見てたよ。でも、こんな仕打ちを受けてまで助けたいと思うか。ほんと……つくづくお人よしすぎて……。ま、今はいいか。それより──」


 雪月は前半呆れたように桜を見やるが、すぐに表情を変え、真剣な面持ちで、桜を見やる。


「────その願い、承知した。……ただし、郡空を救うにはいろいろ手順がある。それに、奴が救われる可能性は……一%以下だ。そこはお前がなんとかしろ。……あー……後は……桜が邪魔できないよう影で縛るの面倒だから、暫くそのままでいてくれ。お前、絶対今から俺がすること見たら止めに入りそうだし」

「ちょっ!? 酷くない!? 雪月君、私に対する扱いかなり雑すぎーっ!」


 涙目で訴える桜を、雪月は華麗に無視し、再び空達の方へ目を向ける。空と戸倉は、雪月を敵意のこもった視線で見つめ、ナイトメアは相変わらず憎悪の視線を彼に向けていた。

 その全ての視線を雪月は平然と受け入れ、空の方を見やる。


「郡空。お前に確認したいことがある。……お前は、?」

「……はぁ? いきなり何ですか? なんでそんなこと零峰さんに言わなきゃならないんですか……ッ!」


 雪月の唐突な質問に、空は不快感を隠そうともせず、苛立ちのまま、吐き捨てるように言い捨てた。空の返しに、雪月は目を細め、空を威圧する。空は雪月の視線を受け、一瞬、威圧され顔を引きつらせる。しかし、空は直ぐにそのことを隠すように、雪月を激しく睨みつけ、威圧し返した。


「……ッ! 皆の前では人畜無害そうな顔をしておいて、とんだペテン師ですね、零峰さん……ッ! あぁでも、桜もか……ッ!」

「……聞き捨てならないな。俺はともかく、桜は見た目通りすな……馬鹿だ。……それに、ペテン師はお前もだろ? 戸倉を守る、みたいなことを言っているが、極論お前が一番かわいいのは『我が身』なんだから」


 空の言葉に、雪月は眉を顰め、露骨に不機嫌そうな顔になる。そして見下したように、空に言われたセリフを返したのだ。雪月の返しに、空は歯ぎしりをして雪月をきつく睨み、叫ぶ。


「────ッ! 黙れッ! お前に私を語られる筋合いはないッ!」

「はっ。それは俺のセリフだ。お前が最初に俺たちを語ったんだろうが。……はぁ、本当に。イカレた人間を救うことほど、面倒なことはないな……」


 空の言葉に、もはや怒りを通り越して、呆れがにじみ出るような返しを、雪月はする。そして面倒くさそうに溜息を吐き、今度は戸倉を見やった。


「お前も、自分の目的の為にうまく立ち回っていたと思うよ。……俺は反吐が出るほどお前のような人間は大嫌いだがな」

「……なんのことだい? 君に僕の何がわかるのかな? それに、僕も空ちゃんを傷つける君は……大嫌いだよ」


 雪月の言葉に、戸倉は眉を顰め、努めて穏やかな口調で雪月に返事をする。むやみに刺激しないよう、警戒して言葉を発したのだ。しかし、雪月はそんな戸倉を空以上に嘲笑し、馬鹿にしたような言い方の言葉を放つ。


「はっ! おいおい、俺はこのウィングキルの管理者フィクサー、ゼロだぞ? 参加者ピューパの動き位、把握している」

「────は? 管理者フィクサー……だと? 馬鹿な……。このゲームは、使徒ヴォイド参加者ピューパを選ぶ側で、神が管理しているゲームじゃないのか!?」


 雪月の言葉に、戸倉は目を見開き、驚愕の表情を浮かべる。そんな戸倉を、雪月は鼻で笑い、見下したように戸倉を見やり言葉を発した。


「はっ。神が一言でも、そんな事言ったか? ……神は常に。第三者でいることを望む。だから自由に興味のない俺に、管理者フィクサーを頼んだ。……わかったか? お前にプライベートなんてない」

「ッ! おま……君が管理者フィクサーなら、何故邪魔をするッ!? 一人の参加者ピューパに固執するのはルール違反、だろ……ッ! お願いだから、邪魔しないでくれッ! 僕はただ……ッ!」


 雪月の嘲笑に、戸倉は一瞬、我を忘れたように切羽詰まった言葉を紡ぐ。しかし、直ぐに取り繕い、そして懇願するように、必死に雪月に訴えかける。だが、雪月はそんな戸倉を無表情で見上げ、無情な言葉を掛けた。


「わからないやつだな。桜は参加者ピューパじゃない。それに、、お前には関係ないだろ? ……さて、無駄話はこの辺りしよう。」


 そう言うと、雪月は問答無用で戸倉が話せないよう、ナイトメアと同じように、陰で口を塞いだ。突然の事に、戸倉は困惑と焦り、怒りなど様々な感情が乗った顔で雪月を睨む。しかし、雪月は当然無視し、相変わらず無表情で戸倉を見ていた。

 そんな一連のやりとりを静かに聴いていることしかできない桜は、雪月の行動の意図が読めず、眉を顰める。雪月のしていることが、どう見ても空を救う行為に繋がるとは到底思えなかったのだ。でも、余計なことをすると、空が助からないかもしれない。それだけは絶対に避けたかった桜は、大人しく動向を見守ることにした。……というか、地面に縫い付けられている桜は見守ることしかできないのだが。

 多分縫い付けられていなかったら手が出ていたと思うので、雪月君の判断は正しかったのだろう。……悔しいが。


「さて、本格的にやろうか。郡空。もう一度聞く。?」


 桜の思考を読んでか、雪月は回りくどい聞き方をやめ、空に再び問いかけを始める。雪月の問いに、再び空は眉を顰め、敵意剥き出しのまま答えた。


「執拗い人ですね……ッ! 当り前じゃないですかッ! 私が辛い時、挫けそうな時、救ってくれたのは紛れもなく戸倉先輩です。これで満足ですかッ!?」

「……戸倉先輩……ね。確かに、、のは間違いないだろう。だが俺には、それでお前が救われていたとは、到底思えないがな」

「はぁッ!? ふざけるなッ! お前に何がわかるッ!? 私の事を見てたとしても、私の心まで勝手に決めつけるなッ!」


 雪月の全てを見透かしたような物言いに、空は激高する。空の怒りに、雪月は深くため息を吐き、呆れたように空を見やる。


「はぁ……。俺にお前ら人間の心が正確に読み取れるはずないだろ? ただ客観的に見た事実を言っただけだ。────だってお前、虐めの事、戸倉に話したことなかっただろ?」


 そして、雪月は空に、衝撃の事実を突きつける。




 ────


「────は……? え、は……はぁ? な、なに言って……? 私は、戸倉先輩に、相談……して……?」


 雪月の問いに、空は即答して否、とは答えられなかった。空の記憶の中では、確かに戸倉柊夜に虐めの事を相談し、慰めてもらっていたのだ。それなのに、即答で否定できなかったのは、心が動揺しているからだった。


 ────なんで? なんでなんでなんでッ!? 確かに私は戸倉先生に救われたッ! 虐めの事を相談して、慰めてもらって、毎日頑張ってたッ! 塾で私が元気がないところを声かけてくれて、口調は荒かったけど、確かにいい人だったッ!


 と、空はここまで考えて、自分の中の違和感に気付く。


 ────え? 調? 先輩は、戸倉先輩はとっても物腰柔らかで、荒くなんてない。それに、今私『先生』って言った……? 『戸倉先輩』とは塾で知り合ってないよね……? でも、『戸倉先生』は塾の講師だったような……?


 芽生えた違和感を拭う事が出来ず、空はあまりの困惑で、今にも吐きそうだった。


「……まだ、決定打に欠ける、か。なら、この名前を言えば思い出すか? お前の塾の講師であり、本当にお前の事を気にかけてくれていた恩師『戸倉とくら光輝ないと』……戸倉柊夜の、実の兄だ」

「────ぁ……。あ、あぁぁあぁぁぁあッ!」


 雪月の言葉に、空はつんざくような声で悲鳴を上げ、頭を押さえる。

 空は、すべてを思い出したのだ。書き換えられていた記憶がすべて、元通りになった。


 ────そうだ。そうだった……どうして、どうして忘れていたんだろう? 私を救ってくれたのは……。




 ────×××だったのに。

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