2-16 歪な青春物語

「ぐぁ……ッ! うぐぅ……ッ! やっぱり……生きてんじゃんッ……!」


 そう言い、桜は恨めしそうに、戸倉を睨む。しかし、戸倉はそんな桜を無視し、一直線に空の元へと駆け寄った。


「空ちゃん……ッ! よかった、無事で!」

「ぇ……? と、くらせんぱ……い? どうして……死んだはずじゃ……?」


 突然死んだはずの戸倉が現れ、空は信じられないと言った表情で、彼を見つめる。空の反応に戸倉は、神妙な面持ちになって、今の状況の説明をし始めた。


「うん、僕も死んだと思ったんだけど、どうやら後一歩、踏みとどまれたみたい。何故か透明化インビジブル異能スキルが暴発しちゃったみたいで……」

「え? イン……ビジブル? それに暴発って……?」

「あぁ、ごめん。いきなり訳が分からないよね。時間がないから簡潔に説明するけど……。僕には透明化インビジブル……体を透明にする異能スキルがあって、死の淵に立たされたことによって、勝手にその異能スキルが発動されたみたいなんだ。その後僕は気絶しちゃって……気が付いたら空ちゃんがボロボロになってたから急いで助けに入った、って感じかな」


 戸倉の説明に、空は目元に大粒の涙をためてしゃくりあげる。そして今まで張っていた気を緩め、安堵の言葉を戸倉に向けて紡いだ。


「ひっぐ……うぅ……。どぐらぜんばい……ッ! よがッ……よがったよぅ……ッ!」

「……ごめんね。不甲斐ない先輩で……。でも、もう大丈夫。僕が絶対に君を守るよ」

「ッ……! うぅ……不意打ちは……狡い……ですよ……ッ! 私だって、先輩を守りたい……です……ッ!」

「あはは……。ありがとう、空ちゃん。……でも、とりあえずこの場は逃げよう。僕らは満身創痍だ。今、彼女とやりあうのは危険だ。今は動きを封じているが……何が起こるか分からないからね」

「は、はいッ! 分かりました!」


 二人はまるで物語の主人公とヒロインの様な雰囲気を出しながら、この場から去ろうとする。このままでは空が連れてしまうッ! 空を助けないとッ! と思い、桜は何とか空を説得しようと声を上げた。


「空ッ! お願いだから行かないでッ! 信じてッ! 空ッ! 空ぁぁぁッ!」

「勘違いしないで。貴方が先輩を死の淵へ追いやった事実に、変わりないから。今は先輩の助言通り逃げるけど……。次目の前に現れたら……殺すから」


 桜の絶叫に、空は鋭い目付きで睨み、反応する。そして、桜に向けて明確な殺意を放ったのだ。その殺意に、桜は目を見開いて硬直する。


 どうして、なんで信じてくれないの……ッ! と、桜は心の中で絶叫する。悔しげに顔を歪める桜を見て、戸倉は空に見えないよう、勝ち誇ったような、厭らしい笑みを浮かべた。そして、桜に見せつけるように空の肩を抱く。そんな戸倉の突然の行為に、空は顔を真っ赤にして動揺した。


「ふぇっ!? あ、あの、せ、先輩……っ! い、いきなりどうしたんですか!?」

「ふふ、いや。空ちゃんが僕のことを信じてくれて、とっても嬉しかったから。つい、ね」

「だからって……うぅ、心臓が持たない……!」


 空は恥ずかしさのあまり、戸倉を涙目で睨む。しかし、戸倉はそんな空の反応を、愛おしげに見つめ、軽く笑顔を向けた。

 そんな様子を見て、先程まで黙っていたナイトメアが、わざとらしく拍手をし、空達に近づいてきた。


「はぁーよかったぁ。一時はどうなるかと思ったけどぉ、無事に終わって!」

「はぁ……。これのどこが終わってるように見えるのか。正しくは事態の先延ばし、だよ」


 ナイトメアの楽観ぶりに、若干呆れたように、戸倉は深くため息を吐く。しかしナイトメアは態度を改めることはなく、なおもふざけた様子で会話を進めた。


「あっはははぁ! いいじゃん、別にぃ。あ、これからよろしくねぇ、空ちゃん?」

「ふぇっ!?」


 突然のナイトメアの振りに、空は戸惑ったように声を上げる。ナイトメアはそんな空を見て、愉快そうに口元を歪ませて、空からの返答を待っていた。空は困惑しながらも、なんとかナイトメアへ、言葉を返す。


「え、あ……はい? よろしくお願いします……! 先輩のお役に立てるよう、微力ながら頑張ります!」

「あひゃー。やっぱ空ちゃんはかわいいねぇ! うんうん、頑張ろうねぇ!」


 空の初々しい挨拶を聞き、ナイトメアは頬を染め、恍惚とした笑みを浮かべ、空を見つめる。戸倉はそんな変態を横目で軽蔑しつつ、空へ満面の笑みを浮かべ、話しかけた。


「ありがとう、空ちゃん。じゃあ二人とも、彼女が復活する前に帰ろう……と、そうだ」


 突然、戸倉は言葉の途中で立ち止まり、桜の方をわざとらしく見る。そして桜に聞かせるかのように大声で、空にとある提案をし始めた。


「空ちゃんは、桜ちゃんと同じ学校になっちゃったんだよね。それは流石に危ないから、急で申し訳ないけど、また転校しよう。大丈夫。手続きは僕の方でやるし、空ちゃんに不自由させないよう、やっぱり君を養子にするよ」

「えっ!? あっと……私は……」


 戸倉の突然の提案に、空は戸惑ったように声を上げ、言葉を詰まらせる。そんな空の反応に、戸倉は安心させるように優しげな笑みを浮かべ、彼女の頭を撫でる。


「大丈夫だよ。君には僕がいる。遺憾ながらこの変態も、ね。新しい環境になっても全力でサポートするし……『友達』なんてもういらないでしょう? これから僕が君の『唯一』になるから……。だから、どうか僕の提案を飲んでほしい……な?」


 戸倉は最後、少し不安そうに語り、上目遣いで空を見る。そんな戸倉の庇護欲をそそる顔に、空は顔をリンゴのように真っ赤にし、コクコクと首を縦に振り、頷く。空の反応に、戸倉は満面の笑みを浮かべ、なんと、いきなり抱きついたのだ。


「本当!? 嬉しい! ありがとう、空ちゃん!」


 そんな戸倉の行動に、空はますます顔を赤くし、最早茹でだこの様に茹っていた。そんな空を見て、ナイトメアは揶揄う様な笑みを浮かべている。

 そんな一連の流れはまるで、明るい未来へ進む若者の、ラブコメディのようで。大円団、と言わざるおえない光景だ。


 ────しかし、それはとても歪なものだった。


 少し遠くに、日本刀が突き刺さって、苦しんでいる少女がいるのだ。なのに、誰一人彼女の身を案じることなく。それどころか、笑っているのだ。普通、敵であろうとこんな惨いことなど、常人には不可能だった。……つまり、三人は常人ではない。狂っているのだ。

 そして、桜は三人のやり取りを見て、歯噛みする。空を、大切な友人を狂わせてしまったんだ。助けられなかった。届かなかったのだ。


 ────嫌だ、諦めたくない……ッ! 空を、あの優しかった空をッ! 人として真っ当に生きていた空をッ! 取り戻したい……ッ。


 桜は心の中で絶叫し、絶望しないよう、自身を鼓舞する。


 まだ、まだなにか手があるはずだ。一発逆転の、一度きりの奇跡でもいい。なにか、なにかないのか……ッ。


 桜は残り僅かの制限時間の中で、必死に思考を繰り返す。そして、三人の姿は遠く、もうすぐ見えなくなる位置にまで来た頃。桜は今しがた自分の考えたことを反芻し、を思いついた。


 ────一度きり……? 一つ……ッ! そうだ……! 私には、まだがある……ッ!


 桜の思いついた可能性は、成功するかは不明の、不確定な可能性だ。だが、かけてみる価値は十分あると判断し、桜は呻くように声を上げる。


「……てッ!」


 桜の声を聞き、戸倉達は一瞬、立ち止まる。そして桜の方へ振り向き、警戒体勢をとった。しかし、桜はそんなことにすら気づかず、必死に、絞り出すように声を上げ続ける。


「……けて……ッ! たす……けて……ッ!」


 桜の言葉をハッキリと拾った戸倉は、一瞬、空に気づかれないよう、嘲笑するように桜を見下ろす。しかし、直ぐに表情を作り、憐れむような目で、桜を見つめた。


「残念だけど。苦しいだろうけど、君はその程度では死なないよ。それに、僕達が君のことを助けるわけ──」

「────助けてッ! 雪月君ッ!」


 しかし、桜は戸倉の言葉を無視し、雪月に助けを求めたのだ。


 ────『一つだけ、願いを叶える』と、言ってくれた彼に。


 桜以外の三人は、突然の桜の叫びに驚き、警戒態勢をとったまま、辺りを見渡す。


 ────そして次の瞬間。


「その願い、承知した」


 低く、機械のような無機質な声が、桜達のいる空間に響いた。そして、桜の影から、ぼこり、と黒いが浮かび上がり、徐々に人の形を形成する。それは瞬く間に白髪の少年、零峰雪月の形をとり、桜の真横に並び立った。

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