1-9 覚醒の刻
ドクン……ッ ドクン……ッ
静かだった桜の脳内に心臓の高鳴りが響く。
────熱い。熱い熱い熱いッ!
心臓の高鳴りと同時に、身体中が熱くなるのを、桜は感じた。
身体中が作り替えられていくような感覚に襲われ、熱く、苦しい。けれどそれと同時に、得もしれない高揚感もあった。不安はなく、ただ流れのままに、桜は身を任せる。
どれほどの時が経ったのだろう。目覚めの刻だと言わんばかりに、桜の瞼はゆっくりと開かれた。
桜が目を開き、最初に見たのは、毒嶋の、まるで鳩が豆鉄砲でも食ったかのようなあほ面だった。それはそうだろう。確かに桜の心臓は一度活動を止め、動かなくなったのだから。死んだ人は生き返らない。能力者の中でもそれは常識らしい。
だが桜は生きていた。恐らく心臓が止まっただけで、死んでいなかったのだろう。と、桜は勝手に結論付けた。……普通、心臓が泊まったら人間は死ぬものだが。
桜は自身の体がひどく軽やかに感じた。今ならなんでもできる気がすると、錯覚してしまうほどに。
桜は先程の高揚感を継続させたまま、口角を軽やかに上げ、ゆっくりと立ち上がった。
「なっ……なんなんだよお前ェッ! 弱っちいくせにィ、どうして生きているゥッ!?」
目を見開き、まるで化け物でも見たかのように毒嶋は叫ぶ。その姿に、先程までの余裕は微塵もない。しかし、桜は毒嶋の反応を全て受け流し、得意げに微笑み、
「私の名前は西連寺桜ッ! ヒーローになる予定の天才美少女さ!」
そう高らかに宣言し、腰に手を当て、人差し指を前に突き出してドヤ顔を決めた。その様が余程気に入らなかったのか、毒嶋は桜を鋭く睨みつける。そして怒りのまま、毒嶋は桜に怒声を浴びせた。
「巫山戯るな化け物がッ! 一体どんな
毒嶋の怒声に、桜は笑みを消し、毒嶋を睨み返した。
「そっちこそ巫山戯んなッ! 人を殺しておいて化け物だって? ならそっちはキチガイ犯罪者だよッ!」
桜の反論に、毒嶋は顔を般若の如く歪ませ、歯ぎしりをする。桜の言ってることは真っ当で、毒嶋がキチガイなのも犯罪者なのも間違いはない。けれど毒嶋は、目の前の異物が恐ろしく、また不快でならなかった。こんな甘ちゃんの餓鬼に恐れを抱く自分が、腹ただしくてしょうがなかったのだ。
「ッチィ! まぁいい。どうせ力は雑魚。こんなやつ、殺さなかったところで障害になり得ねェ! 深淵の瘴気よ、俺に従えッ! 『
毒嶋はそんな心情を隠し、引き攣った笑みを作り、パチン、と指を鳴らし、叫ぶ。すると、桜の周囲に濃い紫色の瘴気が現れ、桜を包みこもうと襲い掛かる。
────しかし、瘴気は桜のすぐ側まで来ると、霧散し、消え去った。そんな光景を見てか、毒嶋は口をあんぐりと大きく開け、目を見開き硬直する。
「な、何故倒れねェ!? さっきまではあんなに簡単にかかってやがったのにィッ!」
毒嶋の叫びに桜は、あぁ、あれが病原菌の元の霧なのか。病原菌なんて初めて見たなぁ。と、お花畑なことを考えていた。無論、普通病原菌が目に見えるなどということは、ありえない。そのうえ、病原菌を跳ね返すなんて。
毒嶋も、まさか自分も見えない
何故か桜に自身の
「よくわかんないけど形勢逆転、だね? 無駄な抵抗はやめて、大人しく警察に行った方が身のためだよ!」
桜の勝ち誇った様な笑みを見た毒嶋は、怒りで顔を般若のように真っ赤にし、先程よりも怒気を強めて怒鳴り声を上げた。
「クソがッ! 病にならねぇならもう一回心臓をぶっ刺してやるッ! せいぜい起きた時に悔しがれ、クソガキがァッ! 我は運命を拒絶し、風となる! 『
そういい、毒嶋は懐からナイフを取りだし、桜に向かって無防備に突進してきた。それは桜の能力を『不死』の能力だと思っていたからだ。どうせ死なぬのなら、相手にしても仕方ない。何とかして巻いて逃げよう、といった魂胆から来た行動だった。
さっきだって目立った抵抗もなくやれたんだ。不死の能力のみなら、気絶させることくらいわけないだろう、と。
───しかし、その
毒嶋は『
「うおりゃぁぁぁぁッ! 喰らえッ! 桜ちゃんパーンチッ!」
「なッ……グエェッ!?」
なんともネーミングセンスのない技名を叫びながら、桜は毒嶋の顔面をグーで殴り、地面へ叩きつけた。桜の渾身の拳に、毒嶋は汚い叫び声を上げ、回転しながら地面へ転がっていく。地面へ叩きつけられた毒嶋は、数回、陸に打ち上げられた魚の如く痙攣するが、すぐに動かなくなり、大人しくなった。
桜は静かになった空間で、桜は深く深呼吸をし、くるりと周囲を見渡す。
「か、勝ったぁぁぁぁ! やった! やったよ翼! 私、必ず翼を見つけるからね!」
そして腕を空へ突き上げて、ぴょんぴょんと小学生のように飛び跳ね、自身の勝利を喜んだ。
この空間には、倒れ伏した外道一人に、幼子の様にはしゃぐ女子高生が一人。
「────嘘……だろ……?」
───そして、戸惑う仮面の少年──
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