1-8 桜の『ヒーロー』
────────小さい頃から私は『ヒーロー』が大好きだった。
弱きものを助けどんなことがあっても諦めない心を持っているヒーローが。
ヒーローは何があっても仲間を見捨てないしどんな苦難にも仲間と一緒に立ち向かっていた。
そして正義は必ず勝つ。
いつしか私はそんなヒーローになりたいと誰かの幸せを守る存在になりたいとそう思うようになっていた。
走馬灯、と言うべきなのだろうか。桜は今まであったことを、頭の中で再生していた。中でもヒーローに関することが、鮮明に思い出された。
桜がヒーローになりたいと思ったきっかけは単純で、小学一年生の時、朝見た戦隊物がとてもかっこよくて、自分も将来ああなりたいと思ったから。弱きものを守り、仲間と共に悪を打ち砕く姿に心惹かれたのだ。その日から、桜はヒーローに憧れる女の子となった。
昔から行動力のある桜は、次の日には親、友達、クラスメイトなど、会う人全員に『自分はヒーローになるのだ』と、言い回った。最初の頃は、桜が幼かったこともあり、ほとんどの人がなれるよ、と言ってくれていた。けれど一つ、また一つと歳を重ねていくごとに皆、曖昧に濁したり、馬鹿にしてくるようになった。
そしてある日、事件が起こった。
「桜みたいな女が、正義の味方なんてなれるわけねぇーじゃん! 警察だって、剣道とか柔道とかできるようになんなきゃなれないんだぜ? 桜馬鹿だからルール覚えられねぇじゃん! ほんと桜って子供だよなぁー!」
一人のクラスメイトの男の子の声を皮切りに、周囲にいた人達は皆、大声を出して笑った。
────ただ一人を除いては。
当然、桜は男の子に反論すべく、言葉を発しようとした。しかし、それより早く男の子に、
「人の夢を笑うなんてナンセンスだぜ?」
と、当時も同じクラスだった東雲翼が反論した。翼の一言で、笑っていたクラスメイト達が全員静まり返る。クラスの中心であり、ムードメーカー。人気者の翼が、珍しく真剣な表情で反論したのだ。
いじめ、と言うよりも、桜を馬鹿にしてみんなの笑いをとるつもりだった男の子は、途端に居心地が悪くなる。そして、その恥ずかしさを男の子は、翼に八つ当たりという形でぶつけたのだ。
「は、はぁ? 何マジになってんの? ってか、じゃあ翼は、桜が正義の味方になれるって本気で思ってんのかよ!」
男の子がそう叫ぶと、翼は真剣な表情から一変、満面の笑みを浮かべ、迷いなく返答した。
「当たり前だろ? だってさくちゃんだし」
「なっ……! ば、ばっかじゃねーの? 翼って、案外子供なんだな!」
翼のまさかの即答に、男の子は狼狽え、苦し紛れに翼を馬鹿にする。この時点で、大半のクラスメイトは男の子を、白い目で見ていた。
そんな状況を知ってか知らずか、翼は笑顔を保ったまま、クラスメイト達の方に向き合う。その様はまるで、これから崇高な演説でも始めるかのようだった。
「さくちゃんは言葉だけじゃなく、行動でも夢を叶えるために必死に努力している。 体力をつけたり、困っている人がいれば助けたりさ。確かに、アニメの戦隊ものみたいなド派手なことは出来ないかもしれないけど……さくちゃんは絶対、ヒーローになれる。少なくとも俺は、そう思ってるぜ?」
翼がそう言い終わると、クラスメイトたちも思い当たる節があったのか、罰が悪そうに俯いた。実は、桜は口だけじゃなく、親身にクラスメイトの悩みを解決すべく、尽力していたのだ。それはとても大きな事ではなく、小さなことの積み重ねだったが、確かにクラスメイト達の助けになっていた。それを、クラスメイト達は『当たり前の事』として認識し、『ヒーロー』という像に当てはめていなかったのだ。
男の子はそんな空気にとうとう耐えきれなくなり、教室から勢いよく出ていった。
その時、桜の中でのヒーロー像が『東雲翼』になったのだ。
翼は桜を信じてくれた。きっと、今も信じてくれているのだろう。
────しかし、これはなんだ?
身体中を刺され、満身創痍になり、地べたに這いつくばって、瀕死の状態になっている。立ち向かう姿勢すらせず、逃げの一手で、結局逃げきれず無様な有様となっている、この姿は……何?
─────こんなものが、私のなりたかったヒーローなのだろうか?
否ッ! 断じて違う!
私のなりたかったヒーローは────東雲翼は、こんな所で諦めない。
一度死んだごときで、私は諦めない。終わってたまるものかッ!
桜の絶叫は、誰に聞こえるものではなかったが、自身を鼓舞するには充分だった。
桜が絶対に諦めないと決めた瞬間。
───流れていた走馬灯が弾けた。
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