プロローグ3 ゲームセンターは戦争だ!

 そして時は進み放課後。桜は翼に誘われ、いつものメンバーとゲームセンターに居た。メンバーは朝一緒にいた海月に、幼なじみの翼は勿論、隣のクラス、二年二組の北条ほうじょう長門ながとと同じく二年二組南雲なくも玲一れいいち、そして桜本人の五人だ。


 桜と翼は、保育園の時からの幼馴染だ。しかし隣のクラスの玲一と長門は、小学校からの付き合いだった。

 玲一はボサボサの銀髪にアメジストの様に紫に輝く瞳を持つ。髪から分かるように、玲一はかなり粗雑な性格で、更に勝負事が大好き。しかし、粗暴にもかかわらず、成績優秀なのだ。彼にとっては、運動も勉強も全て勝負事、ということらしい。この性格だが、玲一を慕っている生徒は多く、いつしか番長的な存在となっていた。  

 長門はと言うと、玲一とは反対で、優等生タイプの人間だ。綺麗な金髪が特徴的で、吸い込まれそうなほど綺麗な紅い目を持つ。この見た目から女子人気はかなり高い。さらに家もお金持ち。極めつけに高校二年の一学期にもかかわらず、すでに生徒会長の座についている。彼に死角はあるのだろうか? と、誰もが言う超人だった。ちなみに、このハイスペックさから翼に『若』と呼ばれている。

 そんなタイプの違う二人と桜が仲良くなったのは、本当に偶然だった。たまたま席が近くなって、そこからよく話すようになったのだ。

 海月は高校からの付き合いだけど、それを感じさせないほど桜たち四人に馴染んでいた。それは彼女の性格もあるだろうけど、単純に海月の音ゲー能力の高さが一番の理由だった。対抗心の強い翼や桜、玲一が何とか彼女に勝とうと躍起になっているうちに馴染んだ。と言っても過言ではないだろう。

 今回は翼の言葉を皮切りに、順に意気込みを語っていく。


「今日こそ必ず圧勝するからね。みっちゃんにいっちー!」

「えへへ、私だって簡単に負けてなんてあげないんだからね、東雲君!」


 翼の意気込みに、海月もやる気満々に返す。これに玲一も割り込み、参戦する。

「おう、俺だって負けねぇぞ! この日のために猛練習したんだ。前までの俺だと思うなよ!」

「私だって、いつまでも最下位にいるつもりは無いんだからね! 今日こそ一位取ってやるんだから!」


 最後に桜も参戦し、まさに青春! といった四人のやり取り行う。それを長門が満足気に眺めるまでが、いつもの光景だ。


 この勝負、大体一位が海月、二位が玲一、三位が翼で、ダントツの最下位が桜だった。桜は反射神経こそ人並外れていいものの、地頭があまり良くない。音ゲーは覚えることが多く、途中で桜は混乱してしまうのだ。なので、毎回桜は最下位になってしまう。そして今回もそれに変化はなく、今日も今日とて、桜は最下位になっていた。


「ぬがぁぁぁぁッ! またやってしまったぁ」

「うむ。だが前よりも格段に混乱しないようになっていたぞ、西連寺!」


 叫ぶ桜を元気づけるように、長門は声をかける。それでも尚、納得できずに叫んでいる桜に、翼が不敵な笑みを浮かべて近づいてきた。


「まぁまぁ、さくちゃん。そう落ち込むなよ。ただ単に、俺が完璧過ぎただけだろ?」


 などと、爆弾を落としに来たのだ。当然、桜は今まで叫んでいた声を止め、鋭い眼光で翼を睨みつけた。


「つーばーさぁー? なんか偉そうな事言ってるけど、今回は私とそう大差ないからね?翼ごとき、次で抜かせちゃうんだからね!?」

「はあ? 最後あまりにもさくちゃんが可哀想で、手を抜いてやっただけだろ? そんな事も見抜けないようじゃ、まだまだ最下位のままだな」

「なにおうー! 自分だって三位で余裕ないくせに、手を抜いたなんてセリフよく出るね! だったら一度ぐらい一位獲りなよ!」

「う、うるさいな。さくちゃんに言われなくたって、次こそは一位を獲ってみせるさ!」


 両者一歩も譲らない不毛な戦いを他所に、玲一と海月はお互いの健闘を称え、実力を認めあっていた。桜は誰に対してもだが、翼に至っては、何故か桜にのみ子供っぽいのだ。普段は大人びていてクールな印象を与える翼なのだが、桜を相手にすると、何故か思考が同レベルにまで落ちる。恐らく、幼なじみ故に抜けきらない、子供じみた対抗心が残っているせいなのだろう。と、周りは思っていた。


「まぁまぁ桜ちゃん。落ち着こ? それに東雲くんも、桜ちゃんをいじめないの」

「そうだぞ二人とも! それにまずは勝者に賞賛を! それが対戦後の礼儀だぞ!」


 海月と玲一の言葉に、桜と翼は今までの言い合いを止め、二人の方を見た。


「ご、ごめん海月、玲一。おめでとう。でも次は絶対負けないからね!」

「みっちゃんごめんね。一位おめでとう。いっちーも凄かったよ。だけど次は必ず勝つ」


 負けず嫌いな二人らしく、賞賛の後に宣戦布告をする所がおかしかったのか、海月は軽く微笑みながら、


「うん、楽しみにしてるよ。でも私だって、そう簡単に負けたりなんてしないからね?」


 と、軽く煽り返した。それに玲一も騒々しく反応したが、すかさず長門に窘められていた。このままだとまた、不毛な争いが起きると思ったのだろう。だが当然、玲一は不満そうに唇を尖らせた。しかし長門が、二位のお祝いに、帰りアイスを奢ってやるから。と言うと、途端に上機嫌になり、やり取りが収束する。


 長門はこういうグタグタしたやり取りになると、必ず綺麗にまとめてくれる。それは全員が理解している事だ。なので、どれだけ不毛なやり取りが続いても、最後は長門がどうにかしてくれるだろう。と言う信頼の元、言い合いをするのだった。


 それぞれ思考も性格も違う五人だが、きっちりと歯車が噛み合い、上手く回っている。そんなこと、五人は口にはしなかったが、全員同じこと思っているが故の関係なのだろう。


 そしていつもの如く、長門の一声で場が収まり、帰宅することになった。しかし、珍しく納得のいっていない桜が、帰り際に翼を呼び止め、


「翼! 明日二人で音ゲー勝負だ!」


 と、タイマンを申し込んだ。すると翼は、最初目を見開いて驚いていたが、すぐに満面の笑みを浮かべて、桜を正面から見据えた。


「ははっ。負けて泣きべそかいたって、責任取れないからね?」

「むかー! 泣きを見るのは翼の方だからね!? 絶対泣かせてやるッ!」


 二人がまた言い合いを始めたことに、長門は頭を抱える。玲一はもはやアイスのこと以外あまり考えておらず、海月は微笑ましそうに二人を眺めていた。


 そんなこんなで、少し変わったことはあったが、それも瑣末なことで。いつもの『日常』が幕を閉じた。

 明日も変わらず桜は翼に勝てないだろうし、また言い合いが始まり、それを長門が収めることになるのだろう。けれど、それで何かが変わることはなく、五人は明日も、一緒に馬鹿騒ぎをする。




 ─────だけど、そんな『明日』が来ることは永遠になかった。


 平穏な日常は、今日をもって終わりを告げる。


 侵食された日常は、戻ることはない。




 これは、一人の野生児女子高生が、自身の正義を掲げ、神に抗う物語。

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