理由
斎藤遥
取材
「あっ、ここでいいです!」
俺……
運転手さんは急ブレーキをかけ、白と黒のコントラストの四角形が積み重なったような建物の前に止まった。
「ありがとうございます。お釣りは構いませんので」
俺は五千円札1枚を財布から急いで取り出し、釣り銭置き場にさっと置いてすぐにタクシーから降りる。
タクシーはこの場所から逃げるように去っていった。
その風が冷たくて、俺の顔と気持ちを引き締める。
「ここが、
看板のような石板には『青沢刑務所』と書かれていた。
青沢は永納(ながの)で一番大きい刑務所。
工場が併設されていて、職業訓練が出来る国内で数少ない施設だ。
俺は取材のために訪れたんだ。
意外と名の知れたジャーナリストで、恥ずかしながら本を出版したことが何度か。
力と心を込めた取材と丁寧にしたためた文章からリアルさが心を抉ると定評はある。
「ああ、どうも~よくぞ遠いところから」
高い声が聞こえてきて、少しの自慢から現実に戻された。
黒髪ショートの男性が右手を大きく振り、頭を下げた。
「こちらこそ、すいません~」
田舎だからか、声が無駄に響く。
彼が副所長さんだろうか……偉い割には若い。
僕は37歳だから、同じくらいには見える。
もっと重鎮みたいなおじいさんのイメージだったな。
副所長さん……
「所長は長期出張に出ておりますので、私で失礼いたします。所長自身、快く歓迎しておりましたよ」
四月朔日さんは快活にとても丁寧な言葉でお話してくれる。
耳まで切り揃えられた黒髪に少し丸顔。
優しそうに垂れている二重に下唇が少し薄い……うん、イケメンだ。
格子がついた窓から工場、医療刑務所、体育館が見え、整えられた設備が伺える。
「職業訓練がありますので、模範囚が多いと思います。再犯率も低いですし」
俺は一眼レフのシャッターを3回押す。
「工場の方も見学してよろしいですか」
興奮気味にいってしまうけど、しょうがない。
これは面白い。
「もちろん、ご案内いたします」
穏やかに笑ってくれるから、俺は安心して静かに微笑んだ。
灰色の作業服を着た囚人達が命を燃やして罪を償っているのが目に浮かぶが、きちんと確かめねば。
きっと、あいつも。
「もっと厳しくて暗くて怖いところだと思っていました。やっぱり百聞は一見に如かずですね」
副所長からは優しいイメージ。
照明は明るく、内装はベージュ色。
鳥の声がささやかながら聞こえるし。
外には花壇があって、数種類の花が咲いていたんだ。
記事のネタを集めるためにメモを書きながら思い返していたら、ふいに口から出てしまった。
「そうでしょう。私たちは1日でも早く更正して、社会復帰出来るように手厚い支援をしております。その結果が出ているのかもしれません」
四月朔日副所長は少し自慢気に微笑んだ。
理由 斎藤遥 @haruyo-koi
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