第19話『バイトをしていたら。-病み上がり編-』

 5月4日、月曜日。

 病院から処方された薬や、撫子と向日葵の看病のおかげで、今日になると体調も普段通りまで回復した。なので、今日は予定通りのシフトでバイトをする。ただし、


「桔梗君。休憩入っていいよ」

「分かりました、なずなさん」


 病み上がりなのもあり、普段よりも休憩を多く入れている。なずなさんなど、ホールスタッフ中心に休憩に入ってと言ってくれるのだ。病み上がりだし、風邪がぶり返す可能性も否定できないため、ご厚意に甘えている。

 休憩室に入り、僕はコーヒーを飲みながらスマホを手に取る。電源を入れると、20分くらい前に、撫子からLIMEでメッセージが届いたと通知が。確認してみると、


『体調はどう? 部活が終わったら、和花先輩と一緒にご飯を食べに行くね』


 という内容だった。今日は祝日だけど、月曜日なので園芸部の活動が午前中にあるのだ。

 このメッセージを見ただけで、これまでのバイトの疲れが取れた気がする。今日は夕方までバイトがあるけど頑張れそうだ。


『ありがとう。今のところ、体調は大丈夫。お店で待ってるよ』


 という返信を撫子に送った。

 画面の右上に表示されている時刻を見てみると……もうすぐお昼時か。ここでしっかりと休んで、次は長めに仕事をしたい。

 コーヒーを飲んでまったりしながら、投稿サイトで公開されている短編のWeb小説を読む。Web小説は今のようなバイトの休憩中などで読む。漫画やラノベと同じでラブコメ作品を読むことが多い。


「……うん、いい話だった」


 ハッピーエンドなのでいい読後感だ。幸せな気分。5000文字ほどの短編だったけど、あっという間に読めた。

 時計を再び見ると、休憩を始めてから20分以上経っていた。いくら病み上がりだからとはいえ、これ以上休んだらまずいかな。

 撫子のメッセージやコーヒー、短編小説のおかげで心身共にリラックスできた。また頑張ろう。そう意気込んで、僕は再びホールに出る。

 お昼時になったので、休憩前よりもお客さんが多くて賑わっている。連休中だからか親子連れもいるなぁ。

 休憩が明けてから、およそ20分経った頃。


「いらっしゃいませ……おっ」

「……こんにちは」


 向日葵が1人で来店してくれたのだ。昨日も来店したと言っていたので、この場所で彼女と会えることがとても嬉しい。

 向日葵はスキニーデニムのパンツルック。今日も晴れていて温かいからか、黒いノースリーブのブラウスを着ている。そんな服装もあってか、彼女の白い肌の美しさやスタイルの良さが際立つ。


「……何よ、じっと見て」

「今日の服もよく似合っているなと思って。綺麗だよ」

「ど、どうもありがと」


 顔を赤くして僕から視線を逸らす向日葵。ただ、口元は緩んでいる。そんな彼女が可愛らしくて、微笑ましい気持ちになる。


「来てくれてありがとう、向日葵」

「……今日もバイトあるって知っていたし、病み上がりだから体調が大丈夫なのか気になって。もちろん、ここのランチを食べたいのもあるけど。桔梗、体調は大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。先輩方も心配してくれて、今日は多めに休憩を入れているし」

「それなら良かった。……見た感じでは、普段と変わらなそうね。でも、無理はしないようにね」

「ああ、気をつけるよ。ありがとう」

「いえいえ」


 そう言うと、向日葵はいつもの爽やかな笑みを見せてくれた。

 向日葵は1人で来店したため、彼女をカウンター席へと案内する。向日葵がお店に現れたからか、若い方を中心に多くのお客様が彼女のことを見る。

 向日葵が来店したことで店内の雰囲気がより明るくなった感じがする。クラスメイトの女子だからかもしれないけど、向日葵はかなり存在感があって。そんなことを思いながら、彼女に水を持っていった。


「お水です」

「ありがとう。……さっそく注文していい?」

「もちろんです。どうぞ」

「カルボナーラのアイスカフェオレセットをお願いします」

「カルボナーラのアイスカフェオレセットですね」

「はい。以上で」

「かしこまりました。お飲み物は先にお出ししますか?」

「先でお願いします」

「かしこまりました。……あとさ、向日葵。昨日、お見舞いに来て看病してくれたお礼をしたいって思っているんだけど……どうかな?」


 向日葵のおかげもあって、今日は朝から普通にバイトができていると思っている。


「別にいいわよ。プリンを食べさせたり、膝枕したりしたけど。お見舞いや看病って……気持ちじゃない? だから、あたしはお礼したいっていう気持ちで十分だわ」

「そっか。ちなみに、撫子にも同じことを言ったら、コンビニでホイップクリームたっぷりのプリンを買ってほしいって言われたよ。だから、向日葵にもそういったお礼がしたいなと思ってさ」

「なるほどね。……撫子ちゃんの話を聞いたら、あたしもお礼してほしくなってきた。さっそくブレちゃってる」

「ははっ。お礼したいし、向日葵がそう言ってくれて嬉しいよ」

「そう。何がいいだろう……」


 う~ん、と腕を組みながら考える向日葵。そんな姿も絵になる可愛らしさだ。

 ゆっくり考えていいよ、と言おうとしたとき、


「今日ってバイトはいつまで?」


 と向日葵が問いかけてきた。


「夕方の5時までだね」

「そっか。じゃあ、今日じゃない方がいいね。明日って予定は空いてる?」

「うん。空いてるよ」

「良かった。じゃあ、明日の午後にタピオカドリンクを奢ってよ。あたし、結構好きだし。ナノカドーの中によく行くタピオカドリンク店があるの。だから、一緒に飲もう?」

「分かった」


 僕がそう返事をすると、向日葵は微笑んで一度頷いた。

 向日葵が僕に何かお礼をしてほしいと思ってくれるのはもちろんのこと、タピオカドリンクを一緒に飲もうと行ってくれることもとても嬉しい。僕も彼女に頷いた。


「待ち合わせ場所とかは、バイトが終わったらLIMEで話しましょう」

「それがいいね、分かった。……失礼します」

「ええ」


 向日葵から離れて、僕は厨房の方へと向かう。

 向日葵からの注文を伝えると、すぐに飲み物のアイスカフェオレが出された。そのカフェオレを向日葵のところへと持っていく。


「アイスカフェオレでございます」

「ありがとう」


 向日葵の前にアイスカフェオレの入ったグラスとストローを置き、再び、向日葵のところから離れる。

 ただ、どうしても向日葵の方が気になってしまう。向日葵はコーヒーをあまり飲めない方で、せいぜいカフェオレくらいだと知っていたから。うちのカフェオレはミルクや砂糖の甘味もあるけど、コーヒーの苦みもしっかりしている。

 向日葵はストローをグラスに挿し、カフェオレを飲んでいく。さあ、どうだ?


「美味しい」


 他のお客様の話し声もあるけど、向日葵のそんな声が確かに聞こえた。そして、彼女の横顔に笑みが浮かぶ。そのことに安堵と喜びの気持ちを抱いた。

 僕の視線を感じたのか、向日葵はこちらを向く。僕と目が合うと体をピクッとさせて、すぐに窓の方に顔を向けた。

 それからもホールで仕事を続けていく。さっき長めの休憩を取ったことや、向日葵が来店してくれているのもあって体の調子がいい。

 そんな中、向日葵の注文したカルボナーラが完成する。近くにはなずなさんがいたけど、自分が持っていく言い、僕が向日葵のところへ運ぶことに。その際、なずなさんにクスッと笑われた。席の番号から向日葵だと分かったのだろうか。


「お待たせいたしました。カルボナーラでございます」

「どうもありがとう。……あと、さっき飲み物を出し終わった後、あたしのことを見ていたでしょ」


 ほんのりと頬を赤くし、僕のことを見る向日葵。さっき、カフェオレを飲む姿をじっと見られていたのが恥ずかしかったのかな。


「カフェオレを飲んだ向日葵の反応が気になってさ。コーヒーはせいぜいカフェオレって前に言っていたのを覚えてて」

「なるほど。心配してくれていたのね。ここのカフェオレは美味しいから、これまで何度か飲んだことがあるわ。他の喫茶店でも飲むし、缶のカフェオレも飲むわよ」

「へえ、そうなのか。缶のカフェオレは僕もたまに飲むかな」

「そうなんだ。……もちろん、このカルボナーラも美味しいのは知ってる」

「そっか。……では、ごゆっくり」


 向日葵に軽く頭を下げて、僕は仕事に戻る。さっきのこともあったので、向日葵のことは見ないようにして。ただ、


「美味しいっ!」


 という普段よりも声色の高い向日葵の声がすぐに聞こえてきて。その瞬間に「ふふっ」と笑い声が漏れた。

 あと、美少女が料理を美味しそうに食べているからか、他のお客様の表情が明るくなったような。向日葵が笑顔で接客したら、とても人気の出る店員になれるんじゃないかと思う。

 そして、向日葵にカルボナーラを出してから10分ほど。


「兄さん、約束通り来たよ」

「お疲れ様です、加瀬君」


 撫子と冴島さんが来店しに来てくれた。部活終わりだからか、2人とも高校の制服姿でスクールバッグを持っている。


「2人とも来てくれてありがとう。いらっしゃいませ」

「体調はどう? 兄さん」

「撫子さんから、今朝には普段と変わらないくらいに元気になったと聞きましたが」

「休憩も多めに取っているし大丈夫だよ。2人ともありがとう。夕方までシフトが入っているけど、無理せずに仕事するね」

「気をつけてね。体調に異変を感じたら、周りの人にすぐに言わなきゃダメだよ」

「撫子さんの言うとおりですね」

「ああ。……今、向日葵も来ているんだ。あとで話しに行くといい」

「うん!」

「私も行きましょうかね」


 撫子と冴島さんは楽しげにそう言う。きっと、向日葵も2人とここで会えるのを喜ぶじゃないだろうか。

 僕は撫子と冴島さんを2人用のテーブル席へと案内する。その途中で、


「撫子ちゃん、冴島さん」


 カウンター席から向日葵が笑顔で手を振ってきたのだ。さっきの僕らの会話が聞こえていたのだろうか。そんな彼女に撫子と冴島さんも手を振った。

 撫子と冴島さんをテーブル席に案内し、彼女達に水を出す。

 その直後、向日葵の方が2人のところへと話に行っていた。ここで会えたのが嬉しかったのか、話している3人は楽しそうで。向日葵と撫子は特に。バイト中じゃなかったらずっと見ていたい。そう思えるほどに彼女達の笑顔は素敵だ。

 3人が来店してくれたこともあり、夕方までのバイトも難なくこなすことができたのであった。

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