第18話『看病する向日葵』

 撫子に体を拭いてもらった僕は新しいインナーシャツを着て、上の寝間着を着た。撫子のおかげでスッキリした。

 ちなみに、撫子に拭いてもらっている間、向日葵はずっと僕の体を見続けていた。こういう展開になるとは思わなかったな。てっきり、脱いだらすぐに部屋を出て行くと思っていたから。


「ありがとう、撫子。スッキリしたよ」

「良かった。タオルとさっきまで着ていたシャツを洗濯カゴに置いてくるね」

「分かった」


 撫子はタオルとインナーシャツを持って部屋を出て行った。

 向日葵は頬を赤らめ、僕をチラチラと見ている。さっきまで、僕の上半身の裸体をじっと見ていたのに。もしかして、そのせいなのかな。あとは再び2人きりになったからとか。

 このままだと向日葵が気まずいだろうし、さっきから気になっていることを訊いてみようかな。


「向日葵」

「ひゃいっ!」


 甲高くて大きな声で返事をされたので、体がピクッとなってしまった。


「ご、ごめんなさい。何かしら?」

「テーブルに置いてあるレジ袋には何が入っているのかなって。プリンかな」

「そうよ。た、食べさせてあげようか? 桔梗は病人だし。これは看病よ、看病。看病の一環なんだからね」

「じゃあ、お願いしようかな」

「了解」


 向日葵はテーブルに置かれているレジ袋を手に取り、袋からプリンとプラスチックのスプーンを取り出す。

 僕は向日葵からプリンを食べてもらいやすくするために、彼女のすぐ近くにクッションごと移動する。


「コンビニには色々なプリンが売っているじゃない。迷ったから、小さい頃からずっとあるプッツンプリンを買ってきたわ」

「嬉しいな。プリンはツルッとしたなめらかな方が好きだから、プッツンプリンは結構好きなんだ」

「それなら良かった」


 明るくそう言う向日葵。

 向日葵はプラスチックのスプーンでプリンを一口分掬い、僕の口元まで持っていく。


「はい、あーん」


 優しい声色で向日葵がそう言うので、僕は少し大きめに口を開ける。

 そして、向日葵にプリンを食べさせてもらう。買ってからそこまで時間が経っていないのか、プリンはなかなか冷たさを感じる。そして、その後にプリンの甘さを感じる。向日葵が食べさせてくれるからか、その甘さが優しく思えて。


「甘くて美味しい。冷たいのがまたいいな」

「そう言ってくれて良かった」


 向日葵は優しい笑みを見せる。まさか、向日葵からプリンを食べさせてもらえるとは。昨日の夜に、頭痛を感じ始めたときには想像もしなかったなぁ。


「小さい頃から食べているから安心できる味だよ。ところで、向日葵はどんなプリンが好きなんだ?」

「プッツンプリンみたいなプリンも好きだけど、あたしはドロッとした濃厚なタイプのプリンの方が好きかな」

「そうなんだ。そういうプリンは食べ応えがあるよね。物凄く濃厚なプリンだと一口で満足するから、残りは撫子にあげるときもあるよ。撫子も濃厚な方が好みだから」

「へえ、そうなんだね。……はい、あーん」


 それからも向日葵にプリンを食べさせてもらう。向日葵は結構楽しそうにしている。こういうことをするのが好きなのだろうか。

 撫子が部屋に戻ってきてからは、撫子がたまにプリンを食べさせてくれる。


「はい、これが最後の一口ね。あーん」

「あーん。……うん、美味しかった。ごちそうさまでした」


 向日葵と撫子のおかげか、プリンを完食することができた。


「向日葵、プリン買ってきてくれてありがとう。元気出たよ」

「美味しそうに完食してくれて何よりだわ。ひとまず安心ね」

「私も安心しました」


 向日葵と撫子は笑い合っている。僕が体調を崩して2人には心配をかけてしまっただろうけど、彼女達が笑顔を見せられるようになって良かった。

 ただ、すぐに向日葵の笑い声が止む。向日葵はチラチラとこちらを見てくる。


「……ねえ、桔梗。まだ看病してほしい?」

「……まあ、向日葵が嫌じゃなければ」


 まだ看病してほしいかと訊かれたのはこれが初めてだ。なので、これが正しい答えなのか分からない。

 向日葵を見ると……向日葵は真剣な様子で僕を見て、一度頷いた。どうやら、間違ってはいないようだ。


「わ、分かったわ。……じゃあ、膝枕してあげる」

「ひ、膝枕?」


 予想外の看病内容だったから、思わず変な声が出てしまった。そんな僕の反応がツボにハマったのか、撫子は「ふふっ」と声に出して笑う。

 向日葵は頬中心に顔を赤くして、


「か、勘違いしないでよ。その……あたしが風邪を引くと、お母さんとかお姉ちゃんとか愛華が膝枕をしてくれるの。そうすると、気持ちが安らいで体調も早く良くなって。だから、看病として膝枕をしてあげるって言っているの。桔梗に特別にするんじゃなくて、愛華とか友達にもやってあげていることだから。他意はないんだからね」


 結構な早口で、看病として膝枕する経緯を説明してくれた。

 向日葵は風邪を引いたときに膝枕をしてもらって、体調も早く回復したのか。それなら、僕にもしようと考えるのは理解できるな。あと、はっきり他意はないと言われると、逆に何かあるんじゃないかと思ってしまうが……あまり深く考えないでおこう。


「分かった。じゃあ、膝枕をお願いするよ」

「うんっ。ベッドで膝枕してあげるわ。その方が桔梗も体が楽でしょ?」

「そうだね。ベッドで膝枕してもらおうかな」

「ええ、分かったわ」


 向日葵はクッションからゆっくりと立ち上がって、ベッドの端の方に腰を下ろす。


「ほら、来なさい」


 優しい笑顔になった向日葵は僕を見て、自分の膝の辺りをポンポンと叩く。そんな彼女を見ると、幼い頃に膝枕をしてくれたときの母さんを思い出す。それもあってか、向日葵がとても大人っぽい雰囲気に見える。

 僕はベッドに入り、向日葵の胸に体が当たらないように気をつけながら仰向けの状態になる。彼女の膝にそっと頭を乗せて。膝の柔らかさや、彼女の穿いているロングスカートの生地の肌触りの良さもあって気持ちがいい。向日葵の温もりと甘い匂いも感じるし。ドキドキするかと思いきや、意外と落ち着いている自分がいる。

 あと、向日葵の胸が大きいからか影ができているな。

 そんなことを考えていると、向日葵は覗き込むようにして僕を見てくる。


「どう? あたしの膝枕は」

「……凄くいいよ」

「良かったね、兄さん」

「ああ。柔らかくて気持ちいいし、後頭部から向日葵の温もりも感じられて。甘くていい匂いもするし。本当にいい膝枕だ」

「い、いい匂いって。まったく、桔梗ったらもう……」


 向日葵は恥ずかしそうな様子になり、視線をちらつかせる。


「気に障ったなら、ごめん」

「べ、別に怒ってないわよ。き、気に入ってもらえて何よりだわ。これで、体調はより早く良くなりそう?」

「ああ、そんな気がするよ」


 さっき、向日葵が言ってくれたように、膝枕をしてもらっているから気持ちが安らぐ。


「……良かった」


 ほっと胸を撫で下ろすと、向日葵安堵の笑みを浮かべ、僕の頭を優しく撫でてくれる。そのことで気持ちが落ち着いていく。


「向日葵。膝枕をしている感覚はどうだ? 僕、重くないか?」

「頭だけだから全然。それに、桔梗を見下ろせていい気分だわ」


 えへへっ、と向日葵は楽しそうに笑う。そんな彼女を見ていると、胸に温かい気持ちが広がっていく。


「向日葵。今日はありがとう。向日葵がお見舞いに来てくれたおかげで元気出たぞ。向日葵が来てくれて良かったって思ってる。もちろん撫子も。お粥を食べさせてくれたり、汗を拭いてくれたり。ありがとな」


 2人がいなかったら、ここまで早く治らなかったんじゃないだろうか。

 向日葵と撫子は優しく笑い合う。


「兄さんの役に立てて良かった」

「そうね。桔梗が体調を崩したってお店で聞いたときは心配したけど、ある程度元気になった桔梗の姿を見られて安心したわ」

「そうか。心配掛けてごめん。……2人さえ良ければ、今度2人が風邪を引いたときには看病するよ」

「私の看病は今までもしてくれているけどね。兄さんはバイトをしているから、私が風邪を引いたときには高いプリン買ってもらって、食べさせてもらおうかな?」

「それ、あたしが風邪を引いたときにもやってもらおうっと」

「ははっ、そのときは喜んで」


 もし、向日葵と撫子が体調を崩したときには、僕ができるだけのことをしたい。もちろん、健康なのが一番だけど。

 それから少しの間、向日葵の膝枕を楽しんだ。

 そんな中、撫子は向日葵の膝枕がどんな感じなのか気になると言った。なので、僕と交代する形で、撫子は向日葵に膝枕をしてもらう。お気に召したのか、撫子はとても満足そうな笑みを浮かべていた。そのことに向日葵も可愛い笑顔を見せて。そんな2人の姿に癒される。

 撫子だけじゃなくて、向日葵の笑顔もいつまでも見てみたいなと思える。だからか、夕方になって彼女が家を後にすると、しばらくの間、寂しい気持ちが僕の心に居座った。

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