第20話『タピオカデート-前編-』

 5月5日、火曜日。

 朝からよく晴れている。雲が広がる時間帯もあるそうだけど、雨が降る心配はないという。午後に向日葵とタピオカドリンク飲みに行くので一安心。

 午前中は連休前の授業で出されていた課題をする。連休が始まってから映画に行ったり、風邪を引いたり、一日バイトをしたりして課題をあまりしていなかったから。明日も日中はずっとバイトの予定なので、午前中のうちに課題を終わらせた。



 午後1時45分。

 僕は武蔵栄駅に向かって家を出発する。

 昨日の夜に向日葵とLIMEでメッセージし合い、午後2時に武蔵栄駅の改札前で待ち合わせをすることになっているのだ。

 少し雲もあるから、昨日より涼しいな。歩くのがとても心地いい。

 武蔵栄駅に到着すると……おっ、改札前に向日葵がいる。ピンクブラウンの膝丈のスカートに、ベージュの七分袖のVネックカットソーというシンプルな服装。紺色の小さなショルダーバッグを肩に掛けて。

 クラスメイトだからかもしれないけど、向日葵はとても存在感がある。周りの人とは違うというか。今も男性中心に彼女を見ている人が多い。


「向日葵」


 名前を呼んで向日葵のところへと向かう。

 向日葵はこちらに振り向き、微笑みながら小さく手を振った。


「向日葵、待った?」

「ううん。あたしもついさっき来たところだから。それに、待ち合わせの時間まであと5分以上あるし、待ったうちに入らないわ」

「そうか。ちゃんと会えて良かった。こうして向日葵と待ち合わせるのは初めてだからさ」

「そういえばこれが初めてね。桔梗と話すようになってからは、休みも含めて毎日会って話しているのに。意外だわ」


 あははっ、と快活に笑う向日葵。

 思い返してみれば、一週間ほど前にナンパする男達から助けてからは毎日話しているんだよな。それまでは教室などで睨まれたり、舌打ちされたりされるだけだったのに。そう思うと、嬉しい気持ちがどんどん沸いてくる。


「そうだね。……今日着ている服も可愛いね。爽やかな感じがする。よく似合っているよ」

「ありがとう。桔梗も……い、いいんじゃない? ジャケット好きなの? 映画に行ったときも着ていたし」

「好きだよ。色々な服に合うし」

「そうなのね。か、かっこいいと思うわ。……何だか、これからデートするような感じの会話ね。まあ、休日に待ち合わせして、2人でお店に行くんだからデートって言うのかもしれないけど」

「……デートだろうね」


 昨日の夕ご飯のとき、このことを家族に伝えたら、撫子と母さんに「それはデートだよ」って言われたし。


「今日のメインは一緒にタピオカドリンクを飲むことだから、タピオカデートになるのかな」

「タピオカデート……悪くない響きね。じゃあ、さっそく行きましょ」


 向日葵はタピオカドリンク店が入っているナノカドーのある南口に向かって歩き出す。デートって言葉も出たし、手でも繋いでくるかもしれないと思ったけど、そんなことはなかったか。そう思いながら向日葵の隣に。

 僕と一緒でも、依然として周りの人から視線が集まっている。彼らにとって、僕らはどう見えているんだろう? 一緒にいるからカップルなのか。一緒にいるけど手は繋いだり、腕を組んだりしていないからクラスメイトや友人なのか。きょうだいには……見えないだろうな。


「うわっ、あの金髪の子可愛いな」

「でも、男がいるぞ」

「……つまんねーの」


 などと言った会話が聞こえたり、鋭い視線を向けられたりするので、僕らがカップルだと思う人は多いようだ。

 向日葵を見ると、彼女の頬がほんのりと赤くなっている。意外だ。映画を観に行ったときも視線が集まるときが多かったけど、あのときは気にしていない様子だったのに。あのときは撫子と福山さんもいたからかな。

 南口を出ると、すぐ目の前にはナノカドーが。その周辺にもチェーンの飲食店や個人の商店がいくつかある。この光景も見慣れているけど、向日葵と一緒に歩いているからか新鮮さも感じられる。


「そういえば、桔梗。体調の方はどう? 昨日は夕方までバイトしていたんでしょ?」

「もう普段と変わらず元気だよ。昨日のバイトは長めの休憩を何度も挟んだし。昨日も早めに寝たからな」

「それなら良かった。じゃあ、一緒にタピオカドリンクを飲めるわねっ」


 楽しそうな笑みを顔に浮かべて、向日葵はそう言った。それだけ、僕と一緒にタピオカドリンクを飲むのを楽しみにしてくれているのかな。

 僕らはナノカドーに入り、タピオカドリンク店のある1階のフードコートへと向かう。お昼過ぎの時間帯だけど多くの人で賑わっている。

 タピオカドリンク店に行くと、カウンターに向かって列ができていた。若い女性中心に並んでいる。向日葵と僕は列の最後尾に並んだ。


「このくらいの列の長さだと、待つのは10分くらいかな」

「そう言うってことは、このお店に何度か来たことあるの?」

「うん。撫子とはもちろん、友達ともね。岡嶋や津川さんとも来たことあるよ」

「そうだったのね。あたしも愛華とかとたくさん来たわ。暖かくなる今ぐらいの時期から列ができることが多いわよね」

「そうだね。向日葵は今みたいに列で待つのは大丈夫な方?」

「基本的にはあんまり得意じゃない。今は待てば美味しいタピオカドリンクが飲めるって分かっているから待てるけど。愛華とか友達と一緒なら、初めて行くお店でも待つのは我慢できるかな」


 何のお店の列か、誰と一緒に並んでいるかで、待っても大丈夫な時間は変わってくるか。あと、待つのがあまり得意じゃないのはイメージ通りだ。


「桔梗はどうなの?」

「僕は待てる方かな。今みたいに誰かと一緒なら話していればあっという間だし。一人きりなら音楽を聴いたりとかするから」

「なるほどね。イメージ通りだわ。桔梗って気長な感じがするし」

「そっか」


 すぐにカッとなることはあまりないかな。最近そうなったのは、先日、撫子が同級生の男子に告白されたときくらいだし。

 列で待っているときは音楽を聴くと言ったのもあり、その後はどんな音楽を聴くのかで話が盛り上がった。向日葵は好きなアニメの主題歌や、それをきっかけにハマったアーティストの曲を中心に聴いているそうだ。もちろん、その中には僕の好きな曲がいくつもあって嬉しい気持ちになった。

 音楽の話をしたこともあって、あっという間に僕らの順番に。

 僕はタピオカミルクコーヒーのレギュラーサイズ、向日葵はタピオカミルクティーのレギュラーサイズを注文。約束通り、僕が向日葵の分も代金を支払った。

 お昼過ぎになっているので、テーブル席はいくつか空いている。店員さんからタピオカドリンクを受け取った僕らは、2人用のテーブル席に座った。

 席に座るや否や、向日葵はスマホでタピオカミルクティーの写真を撮る。


「これでOK」

「そういう写真って、TubutterとかMinstagramとかのSNSにアップするのか?」

「ううん、しない。愛華とか友達にLIMEで送るくらいで。基本的に思い出用。アルバムアプリで撮影した日付と時刻も表示できるし」

「なるほどね。……そのタピオカドリンクも思い出にしてくれるんだ」


 僕がそう言うと、向日葵は頬をほんのりと紅潮させる。


「お、奢ってくれるのは嬉しいからね。今日のことを思い出しやすくするためにも、桔梗のミルクコーヒーの写真も撮っておきたいんだけど……いい?」

「いいよ」


 向日葵にミルクコーヒーの入ったコップを渡すと、向日葵はミルクティーのカップの隣に置いた。そして、再びスマホで撮影。満足のいく写真が撮れたのか、向日葵は笑顔になって「うんっ」と呟いていた。

 向日葵の思い出の中に僕がいると思うと嬉しくなる。


「ありがとう、桔梗。2つ並べた写真を撮れたわ」

「そっか。僕も今日のことを思い出せるように、写真を撮っておこうかな」

「あたしの撮った写真で良ければLIMEで送るけど」

「じゃあ、お願い」

「いいよ」


 それから程なくして、僕のスマートフォンのバイブ音が響く。

 確認すると、LIMEで向日葵から写真を1枚送信されていると通知が。向日葵とのトークを開くと、ミルクティーとミルクコーヒーのカップが並んだ写真が送られていた。その写真をさっそくスマホに保存。向日葵と同じ写真を持っていると思うと気持ちが温かくなる。


「ありがとう、向日葵」

「いえいえ。じゃあ、飲もうか」

「そうだね。タピオカミルクコーヒーいただきます」

「タピオカミルクティーいただきます!」


 ミルクコーヒーのコップを手に取って一口飲む。ミルクコーヒーと一緒にタピオカが何粒も口の中に入ってくる。初めてタピオカドリンクを飲んだとき、タピオカが口に入る感覚に驚いて吹き出したことを思い出した。


「あぁ、甘くて美味しい! ミルクティー最高だわ!」


 満面の笑みでそう言う向日葵。今の彼女を撮って広告に使ったら、お店の売上がかなり伸びるじゃないかと思うくらいにいい笑顔になっている。


「良かった。奢った身として嬉しいよ」

「ありがとう、桔梗」

「いえいえ。それに、これはお見舞いと看病のお礼でもあるからね。改めて……ありがとう」

「元気になって良かったわ」


 そう言う向日葵の笑顔は、タピオカミルクティーを飲んだときよりもさらにいい笑顔になっているように思えるのであった。

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