第3話『クレーンゲーム』

 今日は火曜日だけど翌日が祝日で休み。だからなのか、教室はまるで金曜日のような雰囲気に包まれている。明るい空気の中で授業を受けていく。

 あと、岡嶋が朝からテンションが高めだった。なので、授業間の休み時間に理由を訊いてみた。明日、岡嶋は津川さんと遊園地へデートに行くそうだ。上機嫌だからか、僕に何かお土産を買ってきてくれるとも言ってくれた。ちょっと期待しておこう。

 ちなみに、宝来さんとは……教室に着いてからは、昨日までと同じように言葉を交わすことはない。

 それでも、朝に今までの態度について謝ったのもあってか、すれ違ったときや目が合ったときに睨んだり、舌打ちしたりすることはなくなった。

 ただ、頬を赤くして照れくさそうにすることが多くなって。名前のことを話したり、笑顔が可愛いと言ったりしたからかな。

 そんな宝来さんの態度の変化に、岡嶋と津川さんはさっそく気づいた。

 昼休みにお昼ご飯を食べているとき、2人から何があったのか訊かれた。なので、昨日の放課後と今朝のことについて簡単に話す。すると、


「良かったじゃないか。これで嫌な態度を取られることがなくなって」

「加瀬君は気にしていないって言っていたけど、そうされないに越したことないもんね」

「そうだな、ちー。まさか、成績関係が原因だったとは。俺は『嫌よ嫌よも好きのうち』もあるのかなぁって思ったけど」

「それにしては期間が長すぎるでしょ、カイ君。もちろん、加瀬君を悪く言っているわけじゃないよ」

「分かってる。僕も津川さんと同じ意見だ」


 半年以上、宝来さんに睨まれたり、舌打ちされたりしたからな。そこに好意があるとは思えない。

 宝来さんの方をチラッと見ると、彼女は福山さんと一緒に楽しそうに食事している。朝言ったように、友達に向ける笑顔はとても可愛いと思う。

 すると、宝来さんがこちらを見てきて、彼女と目が合ったような気がした。

 ただ、それは気のせいではないらしい。宝来さんは頬を赤くし、すぐに福山さんの方へ視線を戻した。

 福山さんは今の宝来さんを見て楽しそうに笑っていた。あの様子だと、宝来さんから今朝のことを聞いたのかも。彼女はこちらに顔を向け、穏やかな笑みを浮かべて小さく手を振った。なので、僕も同じようにする。


「そうだ、加瀬。明日は遊園地の売店でお菓子を買ってくるぜ」

「楽しみにしてる。2人ともデート楽しんでおいで」

「ありがとう、加瀬君」

「おう! たくさん写真撮って、LIMEで送ってやるぜ」

「楽しみにしておくよ」


 明日のバイトの休憩中は、岡嶋と津川さんのデート写真を楽しむことになりそうだ。それで、明後日の昼休みには、デートでの話をお土産のお菓子を楽しむことになりそうだ。

 明日の遊園地デートを楽しみする2人を見ながら、ふと、宝来さんはどういう風に休日を過ごすのかちょっと気になった。




 放課後。

 今日はバイトがなく予定が空いている。なので、とりあえずは最寄り駅の武蔵栄駅の近くにあるショッピングセンター・ナノカドーに行くことにした。ナノカドーは武蔵栄高校とは反対の南口方面にあるけど、学校からは歩いて7、8分くらいで行ける。

 衣服など生活必需品を買うときのもナノカドーだし、アニメ系専門ショップ・ゲームーズも入っている。主にゲームーズ目的だが、週に2、3度はナノカドーに行っている。

 ナノカドーに到着すると、僕と同じく武蔵栄高校の生徒の姿もちらほらと。他の学校の制服を着た人の姿も。様々なジャンルの専門店が入っているので、学生からの人気が高い。僕も高校に入ってから、岡嶋や津川さんなどの友人と何度も来たことがある。

 3階にあるゲームーズに行き、漫画やライトノベルの新刊をチェック。

 すると、大好きな漫画1作とライトノベル2作の最新巻が発売されていたので、それらを購入。家に帰ったら、漫画の方をさっそく読もう。2冊のライトノベルも5月の連休の間に読破したい。

 ゲームーズを出て、同じフロアにあるゲームコーナーへ。

 たまに、クレーンゲームで僕の好きなキャラクターのフィギュアやデフォルメミニフィギュアが置かれているときがあるので、定期的にチェックしている。今はどんなものがあるのかな。


「あのクレーンゲームのところにいる女の子。かなりイライラしているけど、凄く可愛くないか?」

「そうだな。あの制服は……武蔵栄高校か。じゃあ、頭もなかなかいいんだ」


 近くにいる別の学校の制服姿の男子生徒達の話を小耳に挟む。

 武蔵栄高校は偏差値が中の上くらいの公立校だ。四年制大学や短大、専門学校への進学率はそれなりに高い。そういえば、頭のいい中学時代の友人達は、近隣にあるワンランク上の四鷹よたか高校などの公立校や、難関大学の付属高校へ進学したな。高校生になってからあんまり会わないけど、彼らは元気にしているかな。

 それはさておき、かなりイライラしているうちの高校の女子生徒か。彼女のことをパッと頭に思い浮かべてしまった。ごめんね。


「あーもう! 取れないっ!」


 心の中で謝らなくて良かったかもしれない。今朝、たっぷりと話したクラスメイトの女子の声が聞こえてきた。

 クレーンゲームの方に視線を向けると、悔しそうな様子で筐体を見ている宝来さんの姿があった。今の彼女の言葉や、さっきの男子生徒達の会話から推測するに、お目当てのものがなかなか取れずにイライラしているのだと思われる。

 不機嫌そうでも美人で可愛らしいのは変わらない。さっきの男子生徒達以外にも、宝来さんを見ている人は何人もいる。

 昨日までの僕なら、宝来さんに関わらないようにとゲームコーナーを去るだろう。ただ、今朝のこともあったので、今なら宝来さんに話しかけてもいいかなと思える。僕は彼女のところに向かって歩く。


「宝来さん」


 僕が声を掛けると、宝来さんは体をビクつかせ、見開いた目で僕を見てくる。こうなることが予想外だったのかな。

 クレーンゲームを見ると、中にはあやかし系の少女漫画に登場する『ニャン太郎先生』という猫の姿をしたキャラクターのぬいぐるみが置かれていた。丸い体型と、灰色と白のハチ割れ模様が可愛らしい。


「このニャン太郎先生のぬいぐるみを取りたいのか?」

「……そ、そうよ。悪い?」


 そう問いかけるだけあって、宝来さんの視線がちょっと鋭い。


「そんなことない。1つ下の妹の部屋には猫のぬいぐるみとか、キャラクターのミニぬいぐるみがいくつもあるし」

「……そうなのね。ところで、このぬいぐるみがニャン太郎先生だって分かったってことは、『秋目知人帳あきめちじんちょう』を知っているの?」

「うん。アニメは全部観たし、原作漫画は妹から借りて読んだ」

「へえ。あたしもアニメは全部観て、原作漫画は最新巻まで読んでいるわ」

「そうなんだ」


 何だか意外だな。ハマっている漫画やアニメが宝来さんにあるなんて。彼女のような雰囲気の人って、そういうものにあまり興味ないイメージがあったから。


「まん丸としたニャン太郎先生が好きで癒しになるから、ぬいぐるみを取ろうと思ったんだけど……取れないの! 1000円注ぎ込んだけど! あたし、クレーンゲームが苦手で……」

「そうなんだ。あと、1000円は……なかなかの金額だな」


 およそバイト1時間分だな。少年コミックなら2冊買える。そう考えると1000円が大きな額に思えてきたぞ。

 クレーンゲームが苦手だと言うほどだから、このまま宝来さんがプレイしたら、彼女の財布からどんどんお金が消えてしまうかもしれない。


「……宝来さんさえ良ければ、僕が取ってあげようか?」

「えっ、いいの?」


 ぱあっ、と明るい表情になり、目を輝かせながら僕を見てくる宝来さん。てっきり、「別にいい」とか「加瀬君の力なんて借りないから」と言われると思っていたので意外だ。それだけ、ニャン太郎先生のぬいぐるみが欲しいのかな。


「だけど、加瀬君ってクレーンゲーム得意なの? あと、ぬいぐるみを取れたら、あたしに変なことをお願いしようとか思ってない?」


 僕を凝視する宝来さん。僕をどんな人間だと思っているんだ? 成績1位の変態野郎とか? もしかして、何のお礼に変なことを要求された経験があるのだろうか。


「宝来さんに何か変な要求をしようって魂胆はないから安心して。あと、クレーンゲームは得意だぞ。大抵のものは2、3プレイで取れる。これまで両手では数え切れないくらいのものを妹のために取ってきたからね」


 撫子のおかげで上手くなったと言っても過言ではないほどだ。これからも、撫子に頼まれたら、なるべく少ないプレイでゲットしていくつもりだ。


「結構自信があるみたいね。じゃあ、お願いするわ、加瀬君」


 宝来さんは財布から100円玉を取り出し、クレーンゲームに投入する。

 僕はクレーンゲームのボタンの前に立つ。


「このぬいぐるみを取ろうとしているの」


 宝来さんが指さす先にあるのは、こちらを向いているニャン太郎先生のぬいぐるみ。


「そうか。……ただ、取るのはそれじゃなくて、隣に横向きで置いてあるニャン太郎先生のぬいぐるみにしようと思ってる。デザインは同じだから……それでもいいかな」

「それで構わないよ」

「了解。ぬいぐるみって、横向きに置いてある方が取りやすいんだ」


 僕は横向きに置かれているニャン太郎先生の上まで、アームを動かしていく。……よし、いいところに動かせたな。これなら一発で取れるかも。

 アームがゆっくりと降りていき、開く。先端部分の爪がぬいぐるみの頭とおしりに引っかかる。よし、ちゃんと掴めたみたいだな。

 ぬいぐるみを掴みながらゆっくりと持ち上がると、アームはスタート地点まで戻っていく。途中でぬいぐるみは落ちることなく、無事に獲得口へと落ちていった。


「凄い! 凄いよ!」


 一発でぬいぐるみを取れたからか、宝来さんは興奮しながら拍手している。こういう彼女の姿は新鮮だ。


「はい、宝来さん」

「ありがとう! 加瀬君!」


 ニャン太郎先生効果もあってか、今回はすぐにお礼を言ってくれたな。

 宝来さんにニャン太郎のぬいぐるみを渡すと、彼女は満面の笑みを浮かべてぬいぐるみを抱きしめる。その様子はまるで小さな子供のようで。可愛くて微笑ましい。彼女が喜んでくれて良かった。

 あと、今の宝来さんを見ていると、昔、小遣いをほとんど使って撫子に人形を取ってあげたときのことを思い出す。撫子は人形の箱をぎゅっと抱きしめていたっけ。


「……あっ」


 僕と目が合うと、恥ずかしくなったのか、宝来さんの顔が急激に赤くなっていく。そして、ニャン太郎先生のぬいぐるみで真っ赤になった顔を隠した。そんな彼女もまた可愛らしいと思うのであった。

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