第1話『一人と一匹の妹達』
夕食後。
自分の部屋に戻り、今日の授業で出た課題プリントを取り組んでいる。明日提出しないといけない課題は一つもないけど、早く終わらせた方が後々楽だし、授業の復習にもなる。たまに、岡嶋や津川さんから、課題の分からない部分を教えることもあり、それも勉強の理解を深めることに繋がっている。
日頃、勉強しているのもあり、今のところはどの教科の授業もついていけている。もしつまずいたら、その科目の先生や、武蔵栄高校を卒業したバイトの先輩に訊けばいいと思っている。
英語表現Ⅱの課題プリントを終えたとき、
――コンコン。
部屋の扉がノックされた音が聞こえた。誰だろう?
「はーい」
扉をゆっくり開けると、そこには美人でクールで落ち着いていて最高に可愛い同じ高校に通う1つ下の妹・
あと、今までに何度も思ってきたことけど、『大和撫子』って言葉は撫子を見て作られた言葉なんじゃないかと。もちろんそれは違うけど、可愛い撫子を見ているとそう思っちゃうんだよなぁ。
そんな撫子は教科書とノート、筆箱を持っている。教科書を見てみると……数学Aか。
「どうした?」
「数学Aの課題のプリントをしていたんだけど、分からない問題があって。兄さんに教えてほしいんだけど……いい?」
「いいよ。じゃあ、そこのテーブルでやろうか」
「ありがとう、兄さん」
まだ何もやっていないのに、お礼の言葉が言えるなんて。そんな撫子はとっても偉いと思います。
テーブルの周りにある2つのクッションを隣同士に置いて、撫子と僕はそこに座った。
撫子はノートに挟んであるプリントを取り出して、テーブルの上で広げる。パッと見た感じ、プリントには撫子の綺麗な文字が結構書き込まれている。
「撫子。どの問題が分からない?」
「最後の……この組み合わせの問題」
「どれどれ。……なるほど。最後の問題だけあって、問題文にひねりがあるね。この問題で訊かれていることは――」
僕は撫子に数学Aの問題を解説していく。
撫子は頷いてくれたり、分からないと思ったときはすぐに質問してくれたり。とても教え甲斐がある。
「だから、答えは30通りになるんだ」
「なるほど。理解できたよ。これで今日出された課題が終わったよ」
「それは良かったね」
「ありがとう。さすがは兄さん、分かりやすい」
「いえいえ」
撫子の頭を撫でようと思ったけど、お風呂に入った後だ。僕の手で汚してしまったらいけない。指先でポンポン、と軽く頭を叩いた。すると、撫子は微笑む。
「本当に撫子は素直で可愛いなぁ。撫子の爪の垢を煎じて、彼女に飲ませてあげたいくらいだ」
「……彼女?」
撫子は見開いた目で僕を見つめながらそう問いかけてくる。首を少し傾げるところが可愛らしい。
「クラスメイトの宝来向日葵さんっていう女子生徒のことだよ」
「宝来向日葵……って、金髪をワンサイドにまとめている人だよね」
「うん、そうだよ。撫子、宝来さんと話したことがあるのか?」
「ううん、ないよ。うちのクラスにいる男子達が、宝来先輩のことで楽しく話しているところを見て。気になったから、宝来先輩と同じ中学出身の友達に、どの人が先輩なのか教えてもらったの」
「そういうことか」
1年の頃から、宝来さんが男子生徒中心に告白される場面を、両手では数え切れないほどに見てきた。ちなみに、全て断っていたが。それほどに人気の高い生徒のことなら、入学して1ヶ月弱のこの時期に、1年生の間で話題になるか。
「とても綺麗な人だよね。背も高くて、スタイルもかなりいいし。……思い出した。前に
「そうか」
和花先輩というのは、うちのクラス委員長の
「ところで、そんな先輩に私の爪の垢を煎じて飲ませたいって。何があったの?」
「実は――」
僕は撫子に今日のバイト中に宝来さんを助けたことと、去年の2学期頃から舌打ちされたり、睨まれたりしていることを話した。
僕が話している間、撫子は特に口を挟まず、たまに「うん」と言って頷いてくれた。
「そういうことだったんだ」
一通り話し終わると、撫子は落ち着いた声色でそう言う。
「まさか、兄さんが1年のときから宝来先輩に嫌悪感を向けられているなんて」
「理由は不明だけどな」
「そっか。……その気持ちがあって、兄さんにお礼が言いたくなかったのか。もしかしたら、ナンパしてくる人達から助けられたときに、兄さんに抱き寄せられたことが照れくさくて言えなかったのかもしれないね」
「そのどっちかだよな」
後者が主な理由だったら可愛いんだけど。
あの男達を追い返した後の宝来さんは顔が真っ赤だったし、多少の照れくささはあったんじゃないかと思う。ただ、彼女のことだから、俺にお礼なんて言いたくないっていうのが一番の理由だろうな。
「何にせよ、お礼の一言くらい言ってくれてもいい気がするけど」
「……そうだな」
「でも、今話してくれるまで、兄さんが誰かに嫌な態度をされているなんて知らなかったよ」
「宝来さんとは学校でしか関わりがないからな。一年のときは別のクラスだったし。それに、家に帰れば撫子と……」
『にゃーん』
部屋の外から、猫の綺麗な鳴き声が聞こえてくる。
クッションから立ち上がって、僕は部屋の扉を開ける。すると、扉のすぐ近くに三毛猫のかぐやがいた。
かぐやは加瀬家で飼っているペットで、推定10歳のメス猫。10年近く前、子猫だったノラ猫のかぐやが、家の敷地に迷い込んできたのだ。家族全員がかぐやを触ることができて、かぐやも撫子と母親に特に懐いていたのでペットとして飼うことに決めた。
ちなみに、『かぐや』という名前にしたのは、毛の色や毛並みが美しく、顔立ちも可愛いため。撫子と母親が考えて命名した。
「おっ、かぐやか」
「にゃーん」
かぐやは一度鳴くと、僕の脚に頭をスリスリしてくる。そんなかぐやの頭を優しく撫でる。
「かぐやはいい子だね」
「にゃん」
「私達の話し声が聞こえて、部屋の前まで来たのかな」
「そうかもな」
かぐやを僕の部屋の中に招き入れて、僕はさっき座ったクッションに戻る。
すると、かぐやは撫子と僕の間に箱座りの形で座った。そんなかぐやを撫子が頭から背中にかけて撫でていく。
「話を続けるけど、家に帰れば撫子とかぐやっていう妹達に癒されているからね。それに、漫画やアニメ、スマホゲームとかの趣味も楽しんでいるし。宝来さんのことでストレスは全然ないよ」
「それなら良かった。それに、兄さんのストレス解消に役立っているのは嬉しい」
「ありがとう、撫子。かぐやもありがとな」
かぐやの頭を優しく撫でる。毛が柔らかくて、触り心地のいい猫だなと思う。
かぐやは僕や撫子に撫でられるのが気持ちいいのか、「にゃぉーん」と可愛らしい声を出している。
「ただ、これからも舌打ちされたり、睨まれていたりし続けてもいいの? ストレスを感じていないとは言っているけど」
「されないに超したことはないけどな。ナンパしてきた男達を追い払った後は大丈夫だったか気になるし、明日にでも理由を訊いてみるよ」
話してくれるかどうかは分からないけど。下手したら、これまで以上に嫌悪感を向けられそうだ。
それから少しの間、かぐやを撫でながら撫子と話す。
さっき言ったとおり、妹達にはとても癒される。学校やバイトでの疲れが取れていくのであった。
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