006. 禿河聖夜と禿河清心

 僕はお祖父じい様に連れられてお祖父様の家にやって来た。


「お帰りなさいませ、旦那様、亜月様」


 病室で泣き疲れた僕は紫凰しおうに抱きついたまま眠ってしまった。

 検査の結果も“異状なし”だったみたいで退院できるようになったが眠ってしまった僕を病室にいた警察官か病院の人に抱かれ、お祖父じい様が乗ってきた車に乗せられたみたいだ。

 僕が目を覚まさしたのはお祖父様の家に着く少し前だった。

 車から降りる時も紫凰しおうの父親でお祖父様の家の執事をしている小田切おだぎりあきらさんが僕を抱っこしようとしていたけれど、恥ずかしさのあまり断った。

 すぐ側に紫凰がいてニヤニヤしていたからだ。


 広いお祖父様の家に入るとすぐに僕の部屋だという扉の前に連れて行かれた。


「この部屋は亜月の部屋だ。いつでもここに来た時はこの部屋を使っていい。暫くはここで休みなさい。これからのことはまた後で話そうな。まずはしっかりと休むことだ」

 部屋の中に入るとお祖父様は僕をベッドに促した。


「今日は疲れただろう?ベッドで少し眠りなさい。心配するな、一人が怖かったら紫凰をよこすから」


 その日は部屋の灯りでさえ消すことが怖かった。

 それでも紫凰が側にいてくれたことで安心することができ、禿河とくがわの自宅よりもぐっすり眠ることができた。






 その頃禿河とくがわ聖夜せいや(亜月の父)と禿河とくがわ清心きよことその娘の麗夏は…。


 連休を利用して旅行に行くことになった。

 昼頃自宅を出発していろいろなお店で買い物をした。

 その後予約していたホテルにチェックイン。

 ホテルで二泊してネズミーランドを満喫する計画だ。

 その所為せいで警察では“事件のこと”を連絡できず困っていた。しかし、被害者である『禿河とくがわ亜月あつき』は母方の祖父である『瀧野瀬たきのせ壱星いっせい』が保護した。警察は連絡ができ事情聴取に応じてくれるので、結局父親・禿河聖夜たちに態々連絡する必要がなくなった。

 それでも父親・禿河聖夜たちには亜月だけ家に残して遊びに出かけたことについて話を聞こうとしていた。


 何も知らず、知らされずにの親子は普通に当たり前の休日を過ごしていた。

 はしゃぎ過ぎた麗夏は夕食を食べ終えると早々に寝てしまった。

 久しぶりに子どもに邪魔されずに夫婦でゆったりとした時間が過ごせることに気が緩んだ清心きよこは思わず口にしてしまった。


「もういい加減にあの女の顔にそっくりなアイツは一緒にいたくないわ。あのジジイの所にやっちゃって欲しいんだけど。その気がないなら事故にでも遭ってあの女のように死んでくれないかなぁ」

 聖夜は溜息をいた。


「アイツは一応だぞ?」

 二やついた顔をしながら聖夜が話す。


「うふふふ、そんなこと一度も思ったことないくせに…」

 聖夜と清心は顔を見合わせ笑い、そのままベッドに倒れこんだ。






 清心は旧姓『姫野清心』で中学生の頃、禿河聖夜と部活の先輩・後輩の関係だった。中学の時は単なる顔見知り程度だった。


 清心が短大を卒業して就職した会社に先輩だった禿河聖夜が入社してふとしたことで再開した。お互いに話が合うことから恋人同士となった。

 会社では恋人ということは隠して付き合っていた。聖夜は何も知らない上司からお見合いを薦められた。

 そのお見合い相手が『瀧野瀬たきのせ美桜みお』で瀧野瀬グループ社長の娘で“お嬢様”だった。

 聖夜にとって瀧野瀬の家の名前はとても魅力的だった。

 聖夜は本性を隠し美桜と結婚した。

 だが、美桜の父親・瀧野瀬壱星は聖夜のことは信頼しきれず結婚しても決して瀧野瀬の姓を名乗らせなかった。

 それは聖夜にとって予想外のことで清心きよこのことは周囲に知られず“愛人”にすることにした。


 清心は最初、聖夜と美桜の結婚を破断にさせようとしていたけれど、一年、二年と過ごすうちに“不倫関係”という立場でいる方が贅沢や我が儘を聖夜が聞いてくれることに気づき、そのままの関係を続けた。

 しかし、清心は妊娠すると態度を一変させた。


「あの女と別れて私と結婚して!」

 けれど清心の妊娠が発覚して暫くすると美桜も妊娠したことが判った。

 結局、聖夜は美桜と離婚はしなかった。上辺だけの“禿河美桜の夫”として生活を続けていた。


 清心は“不倫生活”をズルズルと五年続けていた。

 金銭的な贅沢はしていたけれどやはり“禿河聖夜の妻”の座も手に入れたかった。妻になってしまえば聖夜が相続できる美桜の遺産や瀧野瀬グループも手に入れることができると思っていた。


「ねぇ…早くあなたが社長にならないかしらぁ」

「あぁ…」


 清心の何気ない願望に聖夜はそっけない返事をしていたが自分が社長になれる日は近いだろうと考えていた。

 誰にも邪魔されず自分に都合の良い思考だけで余韻に浸っていた。

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