005. ある事件

 十三年くらい前、僕が病院を退院して禿河の家に戻った時その女は居た。


 子ども心に母さん以外の女の人が家に居たことに嫌悪感を抱いた。

 母さんとの思い出が穢されていくように感じた。

 僕は小さかったからその感情が何なのかなんてその当時は解らなかった。けれど今なら解る気がする。

 だってこの女は父さんと居ると甘えた声を出して媚びていたから。

 その女と父さんのイチャイチャする姿を目にすると気持ち悪かった。


 一人で遊んでいるのがつまらなくなったのか、その女の娘が父さんに抱きついた。

 父と娘の当たり前の構図なのだろうが、いかにも僕に見せつけるためのポーズなのか僕はそれを見た瞬間に吐きそうなくらい気持ち悪くなった。


「パパァ、麗夏ぁ、新しいおもちゃ欲しいのぉ」

 可愛く話して甘えているのだろう。父さんは麗夏にデレデレだ。

 僕には全然可愛いとは思えなかった。


「うんうん、次の休みに買い物に行こう」

 父さんの言葉に小さい頃はだいぶショックを受けた。

 やはり父さんにとって僕は必要ない人間で、息子でもなかったようだ。




 そういうことが何度もあって、父さんと清心きよこと麗夏は出かけて家には僕一人になった。

 何度も置き去りにされるとたった一人で家に居ることにも慣れ、気楽に部屋で過ごしていた。


 僕が小学校高学年になった頃、いつものように出かけてしまって僕だけが家に残った。


 誰もいないはずのリビングから”ガタンッ”と何かが倒れるような音が聞こえた。

 僕だけしかいないはずの家の中で音がするのはお化けがいるのかなと思った。お化けだったら母さんに会えるかもしれないと考えた僕は何の躊躇ためらいもなく部屋を見に行った。


「誰かいるの?」

 不意にリビングの扉を開けた時、見知らぬ男が三人立っていた。


「何で部屋から小僧が出てきたんだ?」

「俺だって知らねぇよ!」

「そんな話じゃなかっただろ」

「仕方ねぇ、少し計画と違うが…」


 そう言いながら三人の男たちは僕に近寄ってきた。


「運が悪かったと自分の親、怨めや」


 僕は逃げられないとすぐにわかって、近くにあった物を手当たり次第に投げた。

 それに関しては運が良かったのか、窓ガラスに投げた物がぶつかって警報器が作動し、警備員が三分で家に到着した。

 その後すぐに警察にも連絡がいき、空き巣に入った男たちは捕まった。


 僕はこの時は何故か父さんたちを呼ぶより、お祖父じい様に会いたかったので家に来た警察官に泣きながら訴えた。


「お祖父じい様とお祖母ばあ様に会いたい。ぼくのお祖父じいさまは『瀧野瀬たきのせ壱成いっせい』です。お祖父じい様の電話番号はこれ…」

 僕は清心きよこと麗夏に見つからないようにお祖父じい様から持たされていた携帯電話を見せた。

 そのおかげで警察官もすぐに連絡できる保護者がいてすぐに電話をしてくれた。お祖父じい様と話したから警察も納得して父さんたちには帰って来てから話をすることになったみたいだ。






 お祖父じい様とが禿河とくがわの家に到着すると僕に駆け寄って抱きしめてくれた。


「亜月…どこも怪我ないか?痛いところはないか?」

 僕の全身を確かめるように上から下へとお祖父じいさまは見つめた。


「お祖父じい様…僕怖かったです。この家にちょっといたくない…」

 小さな声で震えながら答えたが、お祖父じい様とは少し安心したように僕を見つめ頷いた。


「しばらくの間うちに来るか?亜月がしたいようにしていいぞ。わしはやりたいことを叶えてやる」

「でも…父さんたちが…」

「…ふんっ。あいつらは亜月だけ家に置き去りにして出かけたんだ。そんなこともわしが知らないとでも思っているのか?まあいい…当分の間は亜月はうちに来るんだ」

 お祖父じい様はそれだけ言うと僕の頭を撫でてニッコリ笑った。


 僕は怪我をしていなかったけれど念のため検査をするように病院に連れてこられた。

 ちょっとだけの検査なのに病室のベッドに寝かされていることに少し恥ずかしかった。


「ちょっと先生と話してくる。亜月は少し眠っていなさい」

 お祖父様はすっと立ち上がり病室を出ていった。

 僕はお祖父さまが出た扉を見つめていたが、気がつくと多くの…たぶん六・七人くらいだと思うけれど、大人がそんな人数で僕の周りにいたことでそれが独りぼっちになったように感じ、僕は泣き出していた。

 近くにいた警察官が泣き出した僕に気がついて泣き止むように色々してくれていたが僕の涙は止まらなかった。

 警察官は困ってオロオロしていた。

 泣き止まない僕の側に紫凰がギュッと抱きしめてくれた。

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