掌編小説・『タコの八ちゃん』
夢美瑠瑠
掌編小説・『タコの八ちゃん』
(これは、2019年7月2日の「タコの日」にアメブロに投稿したものです)
小説・『タコ』
タコの八ちゃんは、銭湯の三助でした。
三助というのは、頭に手拭いを巻いて、ステテコを履いて、銭湯のお客さんの背中を流したりするサーヴィスをする役の人です。昔は内風呂が無かったり、五右衛門風呂しかない人も多かったので、銭湯は大盛況で、三助さんを雇うという余裕もあったのですが、最近は銭湯もお客さんが少なくて、もう三助さんに払う給料にも事欠くという感じになってきました。
「八ちゃん、話があるんだが・・・」
「へえ、何でしょうか?今風呂場を掃除していて・・・もうすぐ開店ですからね」
「すまないなあ、ご苦労さん。ところで最近は不況だし銭湯もあんまり流行らない。で、もうあんたに給料を払うというお金に余裕がなくなってきたのだよ。それでもう、今日限りであんたには暇を出すことになってしまったんだが・・・」
ガーン。八ちゃんはショックを受けて、耳を疑いました。
八ちゃんはちょっとス〇ベなところがあって、大っぴらに女湯に出入りできる三助という仕事がすごく気に入っていたのです。
つい女のお客さんのオッパイを触ってしまって、「もうこの好かんタコ!」とか、言われるのも楽しかったのです。
(じゃあ、おれは合理化のためにリストラされるってわけかい?)
胸が詰まって、喉のあたりが締め付けられるような感じがして、少し涙ぐみました。
「急な話で済まないな。あんたには下足番も頼んでいたし長い事勤めてもらったから、それなりにお礼はするよ。再就職にビヤホールのウエイターというのを紹介してあげるよ。手が多いあんたにはちょうどいいだろう?ははは、は・・・
夏だけの季節労働だが、仕事がないよりはましだよな?」
そう言うと、主人は俯いて、夕刊を読むふりをし始めました。
八ちゃんはもう胸がいっぱいになって、赤い顔が青く見えるくらいでした。
でも現実は現実です。八ちゃんはいつものように手拭いを巻いて、最後のお勤めをしに、女湯に入っていきました。
もうちらほらお客さんが入湯しに来ています。
「八ちゃん、もう辞めるんだって?残念ねえ、八ちゃんとおしゃべりするのが私は楽しみだったんだよ。あんたは威勢がいいし、いつもニコニコしてほんとにいい子だからねえ」
八百屋のお内儀さんが言います。
よく太っていて、肌はピンク色で色っぽい人です。八ちゃんはいつもどうしても奥さんにくっつくと、やにさがってしまうのですが、それを「お愛想」だと、人のいいお内儀さんは善意に解釈していたようです。
背中を流し終えると、お内儀さんは少し涙ぐんでいました。
「八ちゃん。頑張りなよ。あたしたちがついてるよ」
「ありがとうございます。ビアホールでジョッキをいっぺんに5,6杯もさばけるのはおいらだけでさあ。そっちの方が天職かもしれないです」
・・・その後も下宿している髪がサラサラの女子大生や、うちを新築中の人妻、八ちゃんに会いに来る御婆さんとか常連客の背中を流したのですが、「この人たちと裸の付き合いをするのもこれが最後」と思うと、やっぱりしばしば胸に思いがこみ上げてきて、目頭が熱くなったりしました。
「ああ、ス〇ベなおれにはこんなにピッタリの仕事はなかったなあ・・・」
閉館の時間が来て、みんな帰ってしまい、八ちゃんはひとり風呂場に取り残されました。
ポツンと立って、手拭いを外して涙をぬぐっていると、主人がニコニコ笑いながらやってきました。
「八ちゃん、いい知らせだ。温泉が出るというんで儲かっている隣町の銭湯が、今度スーパー銭湯に衣替えすることになって、三助さんを一人雇いたいといっているらしい。おれが人気者の八ちゃんの話をすると、「ぜひ雇いたい」と言うんだ。あんた隣町まで通えるかい?」
「えええ!?ホントですかあ?」
否やはありません。
「あ、ありがとうございますうっ!ご主人さんは神様だあ!」
「頑張ってやりますよーおれは日本一の三助なんだ!」
嬉しくて嬉しくて、今度こそ八ちゃんは手放しに、大っぴらに、人目もかまわずおーいおーいと大声で泣いたのでした。
<おしまい>
掌編小説・『タコの八ちゃん』 夢美瑠瑠 @joeyasushi
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