異世界管理局~その異世界行きちょっと待って下さいませんか~

GOA/Z

ストップ異世界行き!

 僕の名前は佐藤大吾。

 どこにでもいる高校3年生。受験シーズン真っ只中で、今日も朝早くから学校で勉強をしようと出かけたのはいいものの…。

 まさかあんなことが起こるとは。


「ここは死後の世界っていうやつですか神様?」

「よくわかったな坊主」

「いやぁ~本当にあるんですね」


 横断歩道を渡る同じクラスの女子が赤信号だというのに突っ込んでくるトラックに轢かれそうになる現場に遭遇し、思考する間もなく僕の身は飛び出し女の子を突き飛ばす。

 その時の彼女の切羽詰まる顔を見た瞬間を最後に僕の記憶は途切れた。

 だから今いるこの何もない世界が死後の世界だとすんなりと受け入れることが出来たというわけで。


「しかしすまんなここが死後の世界とはちぃ~とばかし違うんじゃよ坊主」

「違う…まさかこれって異世界転生ってやつですか!!!」

「うむその通りだ」

「よっしゃ、来たぁぁぁぁーーーーー」


 巷では空前の異世界転生モノのライトノベルが流行し、僕も話題に乗り遅れることなくしかも重度のオタク。

 そんな僕に異世界転生の切符が回ってくるとは本当に感極まること間違いなく、テンション爆上がりは必然のことだ。

 自分が死んだという事実よりも、異世界に転生出来るという行為そのものがこの上なく嬉しい出来事で死んだことに感謝しかない。


「それで神様、僕が転生する世界はどういったものなんですか?」

「科学が存在しない代わりに魔法が隆盛を極め、坊主らの世界でいうところの剣と魔法のファンタジー世界ってヤツじゃよ。そこに坊主を勇者の力を継承する後継者として転生させる予定だ」

「よしっしかもバリバリの王道物、これこそ異世界転生の醍醐味。それで僕には転生に際しチートは与えられるのですか神様?」

「まずは勇者の証と呼ばれる聖剣を振るう力を与える。そして次に全属性の魔法を使える身体にする、それが坊主へのワシからのプレゼントである」

「おおぉ」

「その代わり頼みがある」

「頼み?」

「勇者としてこの世を滅ぼそうとする魔王を坊主の手で倒してほしいお願い出来るか佐藤大吾、いや勇者佐藤大吾よ」


 異世界に行けるだけでなく、世界を救うという使命まで託されれば断るわけがない。

 今始まるんだ。僕が人々を守る勇者として大成する未来が。今後の生き様を考え、時間を置くことなく返事をしようと決意を固め。


「神様、任せ……」

「ちょっと待ったぁーーーー」


 僕が返事しようとした刹那、第三者の声がこの空間に舞い込み僕の声はかき消されてしまう。

 一体誰だよ水を差すのはと後ろを振り向こうとすれば何故だか神様が舌打ちをした音が聞こえた気がした。まぁそれは気のせいだろうと声を発した張本人を僕は見る。

 見た目は普通のサラリーマン。

 眼鏡をかけネクタイをしっかりと着けていて、僕が暮らしていた地球にはあんな感じの人はどこにでもいるといった具合。そんな男に僕は目を離さずにはいられなかった。


「あなた誰ですか?」

「これはこれは初めまして佐藤大吾君。私は異世界管理局監査員、獅子堂誠です」

「いや名乗られた所でさっぱり分かりませんから」

「それもそうか私達の仕事を知らないのも当然だよね」


 僕がツッコメばハハッと笑うだけ。そんな表情は人間味溢れるものでいつの間にか彼の挙動を食い入るように目を見開き観察する。

 しかしやはり聞き間違いではないのだろう。神様は微妙に不味そうな顔を浮かべていた。


「バルフォト神、しっかりこの少年にに触れることは全てお伝えしましたか?」

「……………………」

「個人の尊重を蔑ろにしない。その為にも必要な情報は提示する義務がありますそれが規則条項に記載されていた筈ですが、途中から聞いていたところ伝えていませんでしたよね」


 獅子堂の質問に神様は答えない。

 てか神様ってバルフォトって言うんだ。


「まっ待て今から伝える所だったんじゃ。決して忘れていた訳じゃない」

「ほぉ~そうですか。なら貴方の代わりに私が彼に伝えますね」

「そ、それは越権行為だぞ監査員!」

「いえいえ私どもの責務を全うするまで」


 激昂する神様に対し粛々と話を進めようとする獅子堂はまるで水と油。けど神様にこうも淡々と会話をする彼は何者なのだろうかと僕の中で好奇心が湧く。


「いいかいよく聞いてくれ佐藤君。バルフォトは敢えて教えなかったが、彼が君を送ろうとしている世界には既に勇者と呼ばれる者は存在するんだよ」

「はい?あっ、でもそれって前の勇者が存命っていうオチでしょ」

「ねぇバルフォト神今君の世界で勇者は何人いるんでしたか?」

「全部で十人です」

「神様それってどういうことですか」


 とうとう言ってしまったという様相で酷く落ち込む神様を眺め意味が分からなくなる。


「君がこれから行こうとする世界には遠い昔から魔王が出現する度、十人の勇者が選出され聖剣を振るう資格が与えられる。但し資格が与えられるだけで、持ち主にすぐに選ばれるわけじゃないんだ」


 そんな話聞いてないっ!と言おうと思えば神様も気まずそうに視線を逸らした。

 そして肝心な話し手の言葉を思い出す。

 現役勇者は全部で十人。

 魔王が出現する度勇者は十人選出される。

 なら僕は十一人目の勇者?

 数が合わないのでは。


「そろそろ気づいただろうけど、君の推測通り君は十一人目の勇者として選ばれたんだよ」

「十一人目?」

「バルフォト神は言わなかったが、君は神様の戯れの為に送り込まれる異端児イレギュラーとなるべくしてここに喚ばれた」

「戯れとは否ことを」

「なら何故彼の他に勇者が居ることを伏せたのかお答え頂こうか」

「それはだなぁ~」

「言えないようならやはり規約条項に抵触するという認識で間違いないですね。では罰則を」


 目の前の神様はあたふたするなか、神相手に渡り合う獅子堂は何もない場所から一冊の書物が現れペン片手に文字を書き込もうとすれば。


「この監査員風情が!」


 神様は怒り声とともに手から雷撃が放出され、獅子堂に直撃する。

 獅子堂さんっ!と僕は叫びそうになるが、雷撃が落ちた場所で起こる次なる光景を目にした瞬間唖然としてしまい口を噤んでしまったために言葉は失われた。

 雷撃を回避するでもなく獅子堂はその身で受けたにも関わらず無傷。服すら汚れていなかったのだ。


「監査員に攻撃とはお痛が過ぎましたね」


 申請『罪の輪』。

 黒いリングが四本。どこからともなく出現し神様の周りを周回すれば、両腕、両足に括り付けられ、神様は悶え苦しみだし地面に伏せる。


「まだ抵抗しますか?」

「なんのこれしき……」

「これ以上続けるようならこちらで後任用意しますので、引退なさいますか?」


 神様が引退ってどういう意味なんだろうと想像意欲を掻き立てられる内に答えは決まったようだ。屈辱的な体勢を強いられる神様は一度、二度獅子堂の顔を睨み付けると降参したそうに表情が動く。


「ではお開き」

「ちょっと待って下さい。そうなると俺の異世界行きは無かったことになるんですか?」


 この流れだと、僕は一体どうなるのか折角チートし放題の権利を手放すなんて嫌だ。

 感情のままに正直状況全てを理解したわけでない僕は獅子堂がどんな存在かも解らぬままに問う。


「個人の尊重を蔑ろにするのはいけないことでは無かったか獅子堂」


 揚げ足を取るが如く、いつの間にか黒いリングから解放されていた神様が割って入る。


「はぁ~仕方ありませんね。では一つ良いことを教えてあげます。佐藤君、きみまだ死んでないですよ」

「えっ!?」

「きみの肉体は今ギリギリの死線を彷徨っている状況なんだ。そしてきみが助けた子覚えているかい」


 咄嗟のことだったが覚えている。

 忘れるわけがない。だって助けた女の子はクラスで唯一ラノベ噺に花が咲き馬が合う、僕の好きな女性なんだから。

 オタクである僕にも偏見無く接し、しかもクラス一の美少女ときた。

 彼女は無事だったのだろうか今更ながら心配になる。


「勿論覚えています」

「先の事故を切っ掛けにきみら付き合って将来結婚をすると告げても、異世界行きを志願する気はあるかな?」

。今すぐ帰して下さい」

「即答とは恐れ入る。これでいいかなバルフォト神」


 この後神様が口を開くことはなく、獅子堂が意味不明な詠唱を唱えれば僕の周りは光で包まれていく。


「今回のことは記憶から抹消しておくよ。本当に異世界があるなんて知れば、ヒトは何をするか分かったもんじゃないからね」

「分かりました仕方ないですよね」


 分かっていたこととはいえ少し残念だな。


「但し一つアドバイス。神に力を与えられずともほんの些細な勇気、それがあればどんな世界であれ誰でも勇者になれるんだ。よく覚えておくといい」

「覚えておくって忘れるんですよね」

「さぁ~どうだろう?きみ次第と言っておこうかな」


※※※


「はやくおいでよ大吾君」

「待ってって清水っ!」


 今日は彼女となった清水亜美との初デート。

 清水と僕が巻き込まれた交通事故から早三ヶ月。清水や母さんの話だと数日間意識も戻らず昏睡状態に陥っていた僕は奇跡的に生還したらしい。しかも目立った後遺症もなしときた。

 僕が目を覚ますまで毎日清水は病院に見舞いに来てくれたらしく、それは僕の覚醒後退院するまでその行為は続いた。

 そしてそれは訪れた。


「大吾君、私は貴方が好き」

「もしかしてこれってドッキリ」


 清水の告白に真っ先に浮かんだのは、僕へのドッキリ。しかし芸能人でもないただの高校生である僕に仕掛けるにしては大層な大仕掛け。そんな筈はないと思いつつもつい聞いてしまう。


「バカそんなわけないでしょ。私を助けてくれた貴方がカッコよかったからっていうのはただの後付け、きみと居るのが私にとってなにより自分らしく過ごせるの」


 清水の笑顔をみた瞬間、僕は思った。

 この世界を選んで良かったって。


「でもなんだったんだろ?」

「うん何のこと」

「いや実は清水に告白された瞬間心に浮かび上がったフレーズが『この世界を選んで良かったって』変だろ?」

「それってあれじゃない。死後の世界に行かず、現世を生きることを選んだって意味だと思う。それ程危険な容態だったんだよ」


 またもや心配そうに言う姿にもうこの事は考えないことにしようと誓い、初デートを楽しみ尽くそうと意気込み歩いていく。


※※※


「痛いよつぐみ」

「先輩アフターケアはもういいですか?」

「もうちょっとあの甘酸っぱい空気を浴びたいんだが」

「ダメです。既に仕事溜まりつつあります」

「ちっブラック企業め」

「いいんですか天照様に告げ口して給料減給してもらいますよ」

「いやそれはかんべいしてくれ。来月コンサートがあるんだ」

「なら働きませんと」

「はぁ~了解。じゃ幸せにな小さな勇者様」


 佐藤大吾への最大級の賛辞を残し、獅子堂は後輩監査員のつぐみと共に仕事に戻る。

 世界は無数に存在し様々な体系があり、独自の世界を構築している。その中でとある世界にある地球という星に暮らすヒトは、類まれない可能性を有した種族であった。

 そんな彼らに目を付け狙う勢力がいる。

 異世界の神様たちだ。

 ヤツらは可能性を搾取するだけすれば、お払い箱にするようなやからだ。しかし命を失ったヒトにとっての異世界転生セカンドライフは魅力的な選択肢の一つ。

 そこで地球の神々は思考する。

 地球から旅立つ彼らがより最善の道を模索出来るように準備を整えることが、ただ搾取されずヒトが生きる道になるのでは。

 その考えのもと設立された部署こそ異世界管理局。

 世界と世界を繋ぐ玄関口。

 誰にも知られることなく日々活動する彼らの仕事は今日も続く。


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