新人女優 成島ひかり
え、え、あ、あたし、知らないです。何も知りません。
ただ、舞鶴先生に誘われて、面白そうだなって思って··········そんな、殺すだなんて、そんな恐ろしいこと!
舞鶴先生は、本当にお優しい方でした。
あたしのような新人にも、気さくに声を掛けて下さって。あたしなんか、一言しか台詞がない脇役なのに。
だから、舞鶴先生のご自宅に遊びに来ないかってお誘い頂いた時、夢でも見てるんじゃないかと思ったんです。
マンドラゴラの声を聴くって、ちょっと不気味でしたけど。でも、植物が悲鳴なんか上げるわけないし、そんなの御伽噺ですもんね。
てっきり、あたしみたいな新人を集めてるのかと思ってたんですけど、麗華さんと一緒だって知らされて、ほんとびっくりしましたよ。
だって麗華さんは、うちの劇団の看板女優ですもの。主役と言えば麗華さん、あの人のために書かれた作品だってあるくらいです。
あたしにとっては、ほんと、雲の上の人でした。
え、あっと、ケーキ?
あ、はい。頂きました。奥様が焼いてくださったので。
あたし、お手伝いしたんですよ。ホールケーキを切り分けて、お皿に乗せて、持って行って。
やっぱり、あたし、下っ端ですから。こういう時は動かないと。
あ、味ですか? う、うーん。覚えてないです。
だ、だって、あたし、凄く緊張してたんですよ。
舞鶴先生のお宅にお招き頂けるなんて思ってもみなかったし、隣には雲の上の麗華さんがいるし。
だから、わかりません。全部食べちゃったから、美味しかったんだと思います、多分。
お茶が終わった後、お手洗いをお借りしました。
奥様は後片付けをしていて、あたし、お手伝いをしようと思ったんですけど、「座っていて良いのよ」と言われて。
戻ってきた時、舞鶴先生、変でした。目をカッと見開いて、拳を握りしめて、ぶるふる震えていたんです。
隣に座っていた麗華さんが、懐からお薬を出して、舞鶴先生に飲ませていました。「しょうがないわね、また忘れたの?」って。
奥様がいるのに、あたし、ほんとに失礼だと思うんですけど、あの時の麗華さんと舞鶴先生、長年連れ添った夫婦みたいに見えました。
舞鶴先生が落ち着いたから、さあ皆で地下に行ってマンドラゴラの声を聴きましょうということになって。
先生はまだフラフラしていましたから、奥様に支えられるようにして行きました。
地下には、小さな鉢植えがあって。そこにマンドラゴラが植えてありました。
ヘッドフォンが四つ用意してあって、麗華さんが「誰か着ける?」と聞きました。
あたし、あたしは、本当は着けたかったんですけど、誰も着けようとしないから、できなかったんです。
だって、そうでしょう? みんな平気な顔をしているのに、あたしだけ着けるなんて。そんなのできるわけないじゃないですか。
だから、あたし、マンドラゴラの悲鳴なんてただのおとぎ話なんだって。そう、自分に言い聞かせていました。
だけど、悲鳴が、舞鶴先生が、悲鳴をあげて。
目が血走っていました。口からは泡が溢れていました。下の方から、色々なものが流れ出ていました。
長い悲鳴の後、舞鶴先生がばたんと倒れて。
奥様が、舞鶴先生の名前を呼びながらすがりついていました。
麗華さんは「救急車!」と叫んで、自分のスマホで電話を掛けようとして、でも地下だから電波が繋がらなくて。舌打ちをして地下室を飛び出して行きました。
奥様は、しばらくの間、舞鶴先生の傍に付いていたんですけど、急に何を思ったのか、立ち上がって、着替えとタオルを取りに行ったんです。
あたし··········あたしは、ただ呆然としていました。
だって、どうしたら良いのかわからなかったんです。
奥様が、大量のタオルを抱えて戻って来るまで、先生の傍で立ち尽くしていたんです。
本当です。
刑事さん、あたし、嘘なんか言ってません。
信じてください。
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