大女優、星宮麗華

 わたくし、まだるっこしいことは嫌いなの。さっさとしてちょうだいよ。犯人が自首しているんだから、早く手続きを進めてくださいな。


 あら、動機? そんなの聞いてどうするの?

 見ればわかるでしょ。あの男は、わたくしの足枷だったのよ。


 彼は確かに天才だったわ。彼の『もし本当に愛しているのなら』の皆川レイコがいなければ、今のわたくしはなかったでしょうね。きっと、テレビや映画に出ることもなく、まだあの小さなファミリーレストランでアルバイトをしていたでしょうよ。

 だけど、勘違いしないでちょうだい。わたくしは確かに舞鶴聖天の作品で注目されるようになったけれど、舞鶴聖天のおかげで大女優と呼ばれるようになったわけじゃないのよ。


 ああ、この記事··········。懐かしいわね。

 あなたは高名な劇作家なのだから、変装ぐらいなさったらと勧めたのだけれど、全然聞いてくれなかったのよ。僕は裏方だから、誰も気にしやしないだろうって。そんなことなかったのにね。

 それにしても、このカメラマン、本当に下手くそね。わざと不細工に映るように撮っているのかしら。


 彼を愛していたのかですって? ご冗談でしょ。誰があんなはげちゃびんを好きになるもんですか。

 あれはね、ボランティアなの。奉仕活動。ほら、男の人ってそういうことお好きでしょう?

 誰かにお礼をするのなら、その人が喜ぶことをしなくてはね。


 わたくしはね、結婚なんかするつもりはないの。

 好きだ愛してる守ってやるとか言いながら、男の人って、結婚した途端に女に奉仕を求めるでしょう?

 わたくしは、男のために舞台を降りたりしないわ。

 最期まで女優で在りたいのよ。


 彼がマンドラゴラの声を聴きたいと言い出した時、ああ良い機会だわと思ったわ。

 だって、ほら、マンドラゴラの根には毒があるでしょう?

 根が人の形をしていて、引き抜いた時に悲鳴をあげるそうね。まともに聞いた者は、発狂してしまうんじゃなかったかしら。

 そんな危険な植物の声を聴こうというのだもの。何が起きても不思議じゃないでしょ?


 お昼過ぎにひかりちゃんと一緒にお邪魔して、まずは軽くお茶をしたわ。

 タツ子さん、頑張って笑顔を保っていたけれど、顔が引きつっていたわね。わたくしたちが来ること、聞いていなかったのかしら。

 ええ、小さなケーキとお紅茶を頂いたわよ。わたくしは一口で止めたけれど。

 だって、タツ子さんのケーキ、やたら甘ったるくてじゃりじゃりしてるんだもの。それに手作りのものって怖いじゃない。何が入ってるかわからないんだし。


 タツ子さんがお茶の片付けをして、ひかりちゃんが御手洗に立ったの。ええ、その時よ。その時、わたくしと彼は二人っきりになった。

 いつものお薬よと言い聞かせて、彼に飲ませたの。恋茄子マンドラゴラの根の粉を。

 すぐに死ぬものと思ってたんだけど、彼、結構体力あるのね。フラフラになってたけど、生きてたわ。


 アレが夢現なのはいつものことだから、タツ子さんもひかりちゃんも何も言わなかったわ。

 さあ早くマンドラゴラの声を聴きましょうとなって、みんなで地下室へ行ったの。

 悲鳴を防ぐためのヘッドフォンが用意されていたけれど、誰も着けなかったわね。

 だってそうでしょう? マンドラゴラの悲鳴を聞いて発狂死するなんて、御伽噺ですもの。信じていたのは聖天だけよ。

 彼はね、鉢植えに植えてあったマンドラゴラを両手で掴んで、乱暴に引き抜いたの。ぶちぶちと根が千切れる音がした。そして、悲鳴を上げたのよ。

 いいえ、マンドラゴラではないわ。彼よ。舞鶴聖天よ。

 マンドラゴラを引き抜きながら、彼は身の毛もよだつような悲鳴を上げたの。

 白目を剥いて、泡を吹いて、倒れたわ。きっとその時に限界が訪れたんでしょうね。


 ほら、ここまで話せばわかるでしょ。

 悲劇の天才劇作家、舞鶴聖天を殺したのはこのわたくし、星宮麗華なのよ。


 

 

 

 

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