番外 入れられなかった話


【入れられなかった睦月の過去を語るシーン】


暖炉の火を背に「東雲睦月」という彼の名前を聞いて、名前を聞くのにずいぶんと時間がかかったことを思い出した。

何から話せばいいか、難しい。という彼は、最初に拐われたと噂されている巫女が自分の従姉妹だと話した。大樹の巫女とは、大樹の声を真に聞くことのできるもの。第2帝国があれほどに大きくなり発展するまでは、大樹というものはただ、子の生まれない愛し合う人々に、子を与えてくれていただけの存在だった。それが、ある巫女が大樹の枝を世界中に輸出し、宗教をともない第2帝国の貴重な収入となった。その時、大樹は何も言わなかった。そのうち、全世界的な飢餓期が訪れた。人は、宗教を求めた。当時の巫女は、大樹の教えとは異なる、宗教の読本を作り、異性愛を禁じた。そして、いずれ飢餓が止まった。

大樹は静かな怒りを抱え、強い魔力を持つ子が生まれなくなった。第2帝国の繁栄と領地は瞬く間に進み、増えていった。流の民が第5帝国の技術を利用して作った、呪い蛇が第2帝国周辺に住み着き、仕方なく彼らは空中都市を作った。流国は衰退した。

大樹は悲しんだ。このいびつな形で大きくなった帝国を壊してしまおう。と思った。しかし、祈る子どもたちを思えばそれができなかった。


ある時、祈りを込めて一人の子どもの種を授けた。それが、睦月達の大叔母だ。彼女は、神官たちから離れてただ大樹と共にあった。

彼女は子を望まなかった。彼女の姉はその奥方との愛を認められ、4人の子を授かった。その中には大樹の声が聞こえる子どもはいなかった。巫女の継嗣問題が起こり、薫の嫁いできた方の父は殺され、睦月の両親は町で暮らすようになったという。

大樹の悲しみは大きく、もはや枯れるのを待とうとしたが、先代の巫女がそれを止めた。また、薫と睦月という大樹の声を聞けるものが大人になるまで待って欲しい。と祈り続けた。


それでも、第2帝国内部は変わらず、とくに先代が政に無関心であったため、ひどく腐り果ててしまっていた。帝国内では、勝手に次代の巫女の派閥ができていた。そして、どちらの派閥かわからないが、巫女の祭典のおりに呪い蛇を潜ませた。その蛇がたまたま近くにいた、治史に飛びかかってきて、それを庇った睦月が噛まれたのだという。

「ナオを巻き込まないでよかった」

そうやって、はにかむ睦月に乃介は少しだけイラついた。そもそも、継承権があったわけではない自分が噛まれてちょうど良かった。と睦月は言った。

そこから、第2帝国を出るまでは呪いのせいで大樹の声を聞いたことがなかったという。

もう、大樹は枯れてしまう。薫が睦月を連れ出して解術をしたのは、それで大樹の心が変わる期待をしたからだという。つい先日、巫女の帰還を知らせるお触れが立った。その帰還は、薫が枯れる大樹を前にして第2帝国を滅ぼすためのものだという。

今の大樹は、ただただ悲しんでいる。全てを知っても睦月は何も出来なかった。薫に頼まれていた、笹子と治史の身の安全の確保は、死んでも達成させるつもりだった。けれど、その後にどうするかなど考えていなかったという。

乃介に助けられて、何か出来ることがないか考え出した。枯れ始める大樹に祈りを捧げて、少しだけ延命する。もしかしたら、第2帝国に薫の変わりに帰った方が良かったのかもしれないと思いながら、

「乃介の隣が楽しくて、俺は自分勝手にずっと帰れないでいた」

と睦月はうつ向いて言った。嫌いになった?と続いた声は消え入るほどに小さかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大樹の話(仮) もなか @ionhco3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る