第1話 空中帝国③
薫は明後日に迫った大樹の祭典のため、夜中は大樹の袂で共に眠る。そしてその声に耳を傾けていた。一晩の間中、ずっと笹子が気がかりだった。たった、と足音をたてて塔の階段を昇る。扉の向こうに愛しい人が待っているから。
ぱた、と扉を開くと、真っ白なカーテンがふわふわと揺れていた。部屋は空っぽで、足枷にしていた鎖だけが寂しく残されていた。
笹子にかけた足枷は実は彼女の魔力でぎりぎり切れるようになものになっていた。この枷を切る魔力を使ったならば、この塔から降りるだけの魔力は残らないはずなのだ。つまり、枷を切られていると言うことは・・・・・。
「笹子!!」
薫はただ恐怖を感じながら窓にのりだし下を見た。窓の真下の地面では草がふわふわと揺れていた。薫はそれをみて、ずるずると窓枠から床に座り込んだ。かたかたと、身体中が先ほどの恐怖で揺れていた。
ふと、目に入った机の上に白い封筒がおいてあった。そこには「薫さんへ」と間違えることのない笹子の字でかかれていた。薫は、震える指でその封をあけた。
6時間前
闇の向こうから声が聞こえた気がした。笹子は窓の方に手を伸ばしたが、枷が邪魔をしてそこまで手が届かなかった。離れの塔のこの部屋は高い位置にあるが、風の魔法が使えれば飛んでこれない場所ではない。ここに誰も近づけないのは薫に施された人払いの魔法のせいだ。
なのに、部屋にある唯一の窓の外から声がする気がした。笹子はできる限り窓に近づいた。
「誰かいるんですか?」
声をはってそう言った。窓の外でがたんと音がした。
ばさりと翼が羽ばたくような音がしたと思うとどさっという音と共に小柄な少年が窓から飛び込んできた。
「っ!!!??」
声が出そうになって笹子は右手で口を押さえた。
ここで叫んだら薫が心配して来てしまうかもしれないから。
倒れこんだ少年は身体中が切り傷だらけになっている。薫の魔法を無理矢理掻い潜ってここまで来たことがわかった。もぞもぞと動く彼に笹子は近づき傷に治癒魔法をかけようとした。
「やめろ!」
彼は顔を上げて笹子の手を振り払った。そしてすぐに申し訳なさそうに顔を歪めた。
「ごめん!ありがとう。でも大丈夫だから」
切り傷の残る頬を左手の甲で拭う姿を見て笹子は呟いた。
「睦月さん・・・・ですよね?どうしてここに?」
その言葉に睦月は目を丸く開いてから、彼女に詰め寄った。
「なあ、あんたなんでナオを裏切ったんだよ?間違ったことしてるのはお互い様だろ!なのになんでだよ!!??」
睦月の表情が苦しそうに歪んでいるのを見て笹子は「えっ?」と声をあげて不思議そうに首を傾げた。それを見て睦月は上がっていた息を少しだけ落ち着かした。
「ナオが教会のやつらに連れてかれたんだ!あんたと手を繋いで歩いているのを見たやつがいたって・・・」
睦月は少し下にある笹子の瞳をじっとみながら言った。笹子は目を丸くして息を飲んだ。
「そんな?!でも、なら何で私は・・・?」
心底ショックを受けている笹子の姿に睦月は息を吸い込んだ。
「教会の連中は、あんたはナオに拐かされただけでただの被害者だって言ってた!本人を呼んで確かめさせてくれ!っつったんだけど、心を痛めて外に出れない状態だって言われっ」
「今、治史君はどこにいるんですか?!早く誤解をとかないと!拐かされたなんて・・・・私も治史君のことを愛してます。そんなの可笑しいです!」
痛々しい声で訴える睦月に笹子は驚き、つい声を荒げてしまった。笹子にとって何よりも心を掻き立て痛めたことは、本来共に罰を受けるべきことを治史がどこかでたった一人で請け負ってしまっていることだった。早く治史の元へいってその半分を受け負いたかった。
「よかった・・・・」
笹子の言葉を聞いて睦月は静かにそう呟いて息を大きく吐いた。笹子はすぐにでも治史のもとへ行こうと睦月の顔を除きこんだ。
「なあ、あんたに頼みがあるんだ」
睦月は笹子の肩に手を置き改まったように俯きながら言った。
「????」
笹子はその言葉に緊張したような顔をした。睦月は唇を噛んで一息ついたあとに言葉を続けた。
「笹子・・・・ナオと駆け落ちしてくれないか?」
笹子はその言葉に目を丸くした。
「このままじゃナオは処刑されちまう。でも、あんたがナオのとこに行ったって一緒に処刑されるだけだ。だから、二人で生きるためには、この国から逃げるしかないんだ」
睦月の言っていることは、すんなりと笹子の中に入ってきた。治史と笹子が二人で幸せになるにはそれしかない。なんとなくずっと気がついていて口に出さなかったのだ。何故なら、それは薫を裏切り、彼女ともう二度と会えなくなる選択肢だからだ。
「頼む。俺も手伝う!絶対に成功させる!だから頼むからナオと逃げてくれ」
今、命懸けで治史をとるか、治史が死んでも構わないからのうのうと生きるか。そんな選択はあってないようなものだ。
「わかりました。でも・・・」
本当は薫を裏切りたくはなかった。そして、ずうっと気になっていたことがあった。
「聞かせて下さい!何故、睦月さんは治史くんの気持ちに答えないのですか?睦月さんは治史くんが嫌いなんですか?」
もしかしたら、睦月が治史のことを恋人だと言ってくれて、そして自分は薫と共に生きる。それがお互いにとっても一番の幸せになるんじゃないかと笹子は淡い期待をかけた。もしかしたら、まだ許されるかもしれない。
「嫌いなわけないだろ!ナオは大切な・・・・・大切な幼なじみなんだ」
睦月は真剣な表情の笹子に対しても目を泳がせて表情を曇らせた。そして何度もゆっくりと瞬きを繰り返した。笹子が「なら、何故?」と溢したことに、観念したように首を振った。
「わかった。笹子、あんたには話す。でも誰にも言わないでくれ」
そう言うと睦月はYシャツのボタン2つ外した。胸の辺りまではだけさせると肌の上に蛇に締め付けられたような跡がある。笹子は思わず息を飲み込んだ。
「ヘビ・・・呪い・・・??」
睦月は驚きで、目を見開いている笹子に自分の目を合わた。
「そんな・・?か、噛まれたのはいつですか??」
その質問に睦月は軽く微笑みながら
「6年前の祭典の時だ」
と答えた。
世界には噛むことで呪いをかけることのできる蛇がいる。蛇の呪いは7年かけて噛んだ相手を絞め殺す。
「6年って、それじゃあ・・・・・。どうしてですか???!この国には呪いヘビはいないはずですよね!」
笹子の言葉に睦月は再び頷いた。
「大丈夫だよ。もういねえから。祭典で集められた虹色の蛇の中に呪いをもっているやつがいたんだ」
もう処分されたよ。と続ける睦月に笹子は考えを追い付かせることが出来なかった。第2帝国では色々な天敵から解放された生活をするべく、先人が空中都市を作ったのだ。その天敵の中に呪い蛇が入っていた。第2帝国では傷も病も魔法で治した。それを行うのは魔法治療師だ。しかし、呪いのかかったものに魔法をかけると悪化するのだ。呪いを解く方法は何もない。それどころか魔法で痛みを和らげることもできない。地上では呪いヘビに殺される人も居るだろうが、まさか第2帝国の空中区でそんなことがあるとは思ってもいなかった。
「治史君には・・・・」
笹子が言い淀んでいるうちに睦月は首を振った。
「でも!治史くん絶対に悲しみます!気がつかなかった自分を絶対に後悔して毎日泣きますよ。そんなの・・・・・ここが痛いです」
笹子は服をくしゃりと握りしめた。それは心臓の場所だった。
「あんたが慰めてくれれば大丈夫だよ。それに駆け落ちすれば、俺には二度と合わねえし」
その言葉に笹子は泣きそうになりながら小さな声で「大丈夫じゃないです」と呟いた。
「あなたは?!睦月さんも一緒に行きましょうよ」
笹子がそう言うと睦月は声をたてて笑った後に首を振った。
「嫌だよ。おまえらの邪魔だろ?俺は馬に蹴られたくないから」
その言葉に笹子はうつむいて唾をのみこみ、どうにか泣きそうになるのを我慢した。
第2帝国は閉鎖的な国だ。そもそも民が暮らしに満足をしているため脱国しようなんてものはいない。そんな話聞いたこともないが、異性愛者の脱国を手伝ったなんてなったら間違いなく即死刑だ。そんなこと治史だってわかる。笹子がうつ向いたままでいると、睦月がぽんぽんと頭をなでた。ようやく顔を上げると睦月は困ったように微笑んでいた。
「治史くんだって、そんなことをしてあなたが只じゃすまないことくらいわかります。あなたが彼を庇って!・・・・・・・」
笹子は言葉を飲み込んだ。ぐるぐるとなにかの感情がお腹に辺りを渦まく。続く言葉を出すのが嫌な自分がいるのだ。でも、言わなくては・・・・。
「死んだりしたら・・・・・・・・きっと生きていけないです」
言葉の最後が小さくなるのがわかった。治史を愛している。それは笹子の中で事実だし、嘘はない。今だってすぐにでも彼のもとへ駆けつけたい。
睦月はその言葉に唇を噛み、迷子の子供のように顔を歪めた。そして笹子の肩を掴んだ。
「頼む。笹子、あんただけが頼りなんだ。ずっと、ずっと探してたんだ。ナオを幸せにできる人を。」
泣きそうに顔を歪めながら、柔らかな声色で彼は言った。頬の傷から血が流れた。
笹子は急に、あることを思い出した。前に治史が話してくれた「むーちゃんが助けてくれた」話。たくさんあった中で1つ。教養コースの基礎部にいた頃の祭典の話。迷子になって、休んでいた出店の裏で蛇がでて・・・・。あの時、治史は「いつでも、むーちゃんが助けてくれるんだよ」と、言っていた。
「蛇呪いも治史さんを庇って??」
つい、口から零れてしまった言葉に睦月は小さく頷いた。
「睦月さん、あなたは・・・・」
この人は、治史のことを本当に愛して、本当に彼の幸せを祈ってる。そして誰よりもずるい人だ。
ぽろぽろとさっきまで我慢できていた涙がこぼれ落ちた。睦月は困ったように再び頭を撫でてくれた。
ああ、勝てない。そう思わずにいられなかった。好きな人のためだけにここまでは出来ない。笹子は思った。きっと自分だったら、嫉妬してしまって頼み込むことなんて出来ない。きっと意地悪してしまう。いや、そもそも残りの7年間を恋人として一緒に暮らしたいと思ってしまう。
今だって、睦月と正々堂々と治史を取り合ったら勝てないから、この状況に少なくとも・・・・・。
そこまで考えて、笹子は首を振った。
「睦月さん私は・・・・私は治史くんを助けたいです。私も治史くんに死んでほしくないです。あなたの気持ちにも答えたいです」
笹子は涙のたまっている瞳で睦月の目を見た。
「でも、1つだけお願いがあります」
睦月はほっとしたように緩めていた表情を強ばらせた。
「薫さんに、別れの手紙を書かせてください」
さわさわと風で葉が揺れるような音がして、治史は唯一ある小さな窓を見つめた。
睦月と共に家に帰ると、警察がいて、治史を異性暴行の罪人として拘束した。
(暴行なんて・・・さっちゃん・・・・何で・・??)
牢に入れられてからずっと考えていた。笹子が何故そんな嘘をついたのだろうかと・・・。
「むーちゃん・・・」
睦月は連れていかれる治史を見て「必ず助けに行くから大丈夫だからな」と本当に焦ったような顔で言った。何となく、睦月が助けてくれると思った。だからその声にも驚かなかった。
「ナオ」
小さな窓から声がして治史は泣きそうな顔で上を向いた。
「治史くん」
睦月に続いて聞こえた声に息を飲んで涙が出てきた。
「さっちゃん・・・」
睦月は治史の涙ぐんだ声を聞き苦笑いをして、笹子から少し離れた。二人で話してくれ。ということなのだろう。
「治史くん。ごめんなさい。私・・・」
笹子が鉄格子の間から手を伸ばしたが、さすがに長身の治史でも窓までは手が届かなかった。
「さっちゃん・・・よかった・・俺、さっちゃんに嫌われたのかと思って・・・・」
治史は涙だけは拭いて、眉をハの字にしながら呟いた。笹子はその言葉にぶんぶんと首を振った。
「そんなことありません!そんなこと・・・・」
笹子は初めは強い口調で言ったが、だんだんと声が小さくなっていった。
「さっちゃん・・・・?」
治史の心配するような声に笹子は手のひらをぐっと握った。
「治史くん。私はあなたを愛してます・・・・。治史くん、聞きましたよね。「薫さんへの好きと治史くんへの好きは違うか?」と。たしかに違うんです。でも、私にはどちらが恋愛感情なのかわからないんです。何度も思いました。あなたにとっての幸せは睦月さんと共にあることじゃないか?と。あなたが私に感じているのは、兄弟や友人に対するものじゃないかって・・・・・」
笹子の言葉に治史は目を丸くした。笹子への気持ちは多分恋愛感情なのだ。でも、もし笹子が薫を選んだとしたら自分は絶対にその選択を否定できないと思った。自分達の関係がおかしな平衡のもとで成り立っていることに気がついてしまったのだ。
(さっちゃんが幸せならいいよ。薫さんを選んでも・・)
そう言葉を出そうとしたとき、屋上で泣いていた笹子の顔を思い出して、言葉が出なくなった。
「治史くん。あなたのことは絶対に助けます。あなたの・・・・あなたがもし、一人で死んでしまったら、私は生きられないです」
笹子は一言一言に力を入れているようだった。でも、笹子の言葉に少なからず治史は嬉しく思った。
「誰かの不幸の上の幸せなんて欲しくないです。たとえ、それが私にとっての幸せであっても・・・」
伸ばされた手の向こうにあった顔は月明かりが眩しくてよく見えなかった。
「さっちゃん・・・・さっちゃんにとっての幸せは薫さんといることなの??」
治史は必死な声で言った。笹子を強引に引っ張っていく薫の姿を思い出した。笹子は本当に幸せなのだろうか?薫と一緒にいて。本当に泣かないですむのだろうか。笹子が、すっと息を飲む音が聞こえた。
「私たちの関係って不思議ですよね」
そう言って笑ったような気がした。すぐに何人かの足音がした。
「笹子、行くぞ」
睦月の声がした。見張りが戻って来たのだろう。去り際に睦月はもう一度「大丈夫だからな」と言った。治史はでかかった言葉を飲みこんでいるうちに見張りが帰ってきて、睦月も笹子もいなくなってしまった。牢の中に見張りの影がうつる。それも少したつとざわめきとともに消えて、ただ明るい月だけが残った。
処刑の日は祭典の日だった。あれ以来、警備が強化されて睦月も笹子も訪れなかった。見張りに「異性愛で巫女の恋人に手をだすとか、あんたどんなに死にたかったんだ?」と言われた。その日の朝、治史を処刑場に連れるために現れたのは薫だった。
「出せ」
と、短い言葉で見張りを促し治史を牢から出させ、階段を上がろうとする治史の横を平行して歩いた。ひどい殺気を彼女が纏っていることがわかった。
「笹子をどこへやった??」
治史ははっとしたように薫を見つめた。
「居場所を言え」
睨み付ける薫に治史は歯をくいしばって首を振った。
「知らない。でも知ってても言わない」
薫はその言葉に目を見開いて唇だけ笑った。治史は背中がぞくりとした。
「息が出来なくなるかと思った・・・」
薫はどこか遠くを見つめるように、そう呟いた。
「鎖が切れていた。笹子が貴様のことを憂いていなくなってしまったのかと思った」
抑揚のない声で呟かれるそれを治史は聞きながら「鎖」という言葉に苛立ちを感じた。
「笹子を返せ。あれは僕のものだ」
その言葉に治史は「ふざけるな!」と叫んだ。
「あんたのせいで、さっちゃんは寂しい思いをして泣いてたんだぞ。なのに今さら・・・・」
薫はその言葉に満面の笑みを浮かべた。
「そうか。笹子は寂しかったのか。なら大丈夫だ。もう二度とそんな思いはさせないよ」
どこに向かって言っているのかわからないが薫はそう囁いたあとに治史の目を見た。
「貴様にはそれ相応の報いをやろう」
穏やかに笑う薫に治史は息を飲んだ。
「笹子は僕の元へ帰ってくる。だが、貴様にも僕と同じ苦しみを味あわせよう・・・・・・・貴様も知ればいい。愛するもがいなくなる恐怖を」
治史は何を言われているのかわからずただ目を見開いた。やがて、周りが明るくなり牢から外へでたことがわかった。ざわざわと声のする市内を治史は歩いた。そのなかに睦月と笹子の顔を探した。
処刑台は街の中心にあった。そこは大樹が根をはる教会の前にある、大きな広場であった。薫が自ら大樹の心を代弁して治史を切るためここが選ばれた。治史は大樹のある建物を睨み付けた。
(あんたがなんて言おうと、俺はさっちゃんとしか一緒になりたくない)
睦月は「大丈夫」と言った。だから、きっと大丈夫だ。笹子の言った幸せ。たぶん彼女の言うことは正しい。
治史が一人、台の真ん中へ動いた時、カチっと何かが光のが見えた。その光が一気に強くなり目が開けていられなくなった。くらりとする視界の中で耳馴れた自分を呼ぶ声がして二つの気配を感じた。治史は安心して睦月の名前を呼んだ。睦月は体勢を変えて治史を抱えたまま飛ぼうとした。
「笹子」
後ろからひどく甘い声がしたと思うと、急速に光が消えて治史を抱えていた腕の力が弱まった。
「っ!」
隣で睦月が苦しそうに咳をした。光がゆっくりと消えていく。
「笹子・・・・」
睦月は目を丸くして信じられないものを見るように笹子を見た。笹子は今にも泣きそうな顔で薫の横に立っていた。
薫はゆっくりとした足取りで、苦しそうに膝を付いていた睦月の腕を引っ張り、治史から少し離れたところに放り投げた。げほげほ、と睦月は苦しそうに咳き込み、笹子を睨んだ。
「ごめんなさい」
笹子は口の中でそう呟いた。
「むーちゃん!」
治史が睦月に駆け寄ろうとすると、薫は腰にかけていた剣を抜いて睦月に当てた。
「言っただろ。貴様には僕と同じ目に合わせると」
睦月も治史も、笹子までもその言葉と行動に目を丸くした。
「何・・言ってるの?だって、むーちゃんはあんたの・・・・」
薫はその言葉に目を見開き狂気じみた笑みを浮かべた。
「いとこだが、それがどうした?僕が目をかけていたのによくも裏切ってくれたな」
睦月は唇を噛んで笹子の方を見た。彼女は目を反らすように下を向いた。治史は目を見開いたまま、悲しそうに笹子を見つめた。睦月はそんな治史をみて上がる息で叫んだ。
「笹子!あんたは結局、薫をとるのか??!」
笹子は苦しそうに震えてうつむいたままだった。代わりに薫が
「当然だ」
と言った。笹子はうつ向いたまま、小さな声で言った。
「私にとっての幸せには薫さんと一緒にいることが含まれています」
その言葉を聞いて薫は剣を振り上げ、睦月を見てにやりと笑った。
「貴様は本当に可愛そうで愛しいな」
睦月はどうにかこの状況を打開しようと考えていた。少なくともここから逃げる手立てを考えなくてはならない。笹子に裏切られるなんて思ってもいなかった。治史の目を見開いた顔が目にはいる。
「あんな男のせいで死ぬことになる」
ふと、薫が呟いた言葉に睦月は顔を上げる。彼女はにたりと笑顔をみせた。
「嫌だ・・・・・・」
治史が小さな声で言った言葉を睦月は聞きのがさなかった。
「むーちゃんに手をだしたら許さない」
今度はさっきよりも、大きな声で治史はゆっくり言った。笹子はそんな治史の様子を見て、少しだけ悲しそうな顔をした。
ぎちりと鎖が引っ張られる音がする。治史が引っ張ったからだ。薫は剣を振り上げたまま笑って言った。
「許さない?だったらどうする?僕を殺すか?笹子も殺すか?そして、自分も死ぬか?」
その言葉に、治史は息を飲んだ。そうだ。その通りだ。睦月が死んだらきっと許せない。何がと言うこともない全部が許せないのだ。そんな世界今まで考えたこともなかった。いつだって睦月は自分の隣にいた。どれだけ拒絶の言葉を口にしていても、結局は自分の隣にいてくれた。バカな話だが、これからもそうだと思っていた。笹子と愛し合ってもそこには睦月がいると思ってたのだ。
治史はゆっくりと頷いた。それを見て薫は目を細めて治史を睨んだ。
「それが本心なら僕は貴様を殺すしかないな」
薫は切っ先を治史の方に向けた。そして、左手で顔をおおった。
「ぷっ、ははははは」
急に大声で笑いだした薫を睦月は唖然として見た。薫はそんな睦月に顔を近づけ腕をひっぱった。ひゅっと睦月の喉がなった。
「聞いたか?睦月。貴様が死ねばこの男は僕と殺し合うことになるぞ。誰も得をしないじゃないか」
未だにわからないという顔をする睦月の頭を撫でてから、薫は魔力をこめて治史を繋いでいた鎖を切った。
治史は一直線に睦月の元へ走り抱きついた。抱き締めた睦月が暖かくて治史は心からほっとした。
動きがとれない睦月に笹子が近づいた。
「睦月さん。自分で言って下さい。私はあなたの代わりなんて嫌です。正々堂々とあなたに勝ちたい」
治史は不思議そうに二人を見あった。ざわざわと一部始終を見ていた観客が声を上げだした。神官たちがよってくる。薫は笹子と睦月の腕を握った。
「こっちだ」
そう言いながら、教会の裏手、大樹の上へと続く階段を走りだす。笹子は治史の手を掴み一緒に走った。神官たちの声がするが、もともと結界を張っていたのか、遠くから聞こえるだけだ。全力で階段を登っていくと、あるところで階段はと切れた。目の前に広がるのは薫以外は初めてみる景色。広大な赤茶げた土の上に点々と緑の塊があった。その奥の彼方には青く盛りあっがた場所がある。初めてみる空中都市以外の世界は広大で、思わず息を飲む音が誰と言わず漏れた。薫はにたっと笑ってそのまま、空へと飛び込んだ。手を繋いだままの三人も一緒に水色に放り込まれた。
「手を放すな」
薫が全力で上向きに風の魔法を使っていることがわかった。4人の体は横へ横へ流されながらゆっくりと下っている。だが、半分もすぎたところで徐々に落下の速度が速まって行く。薫の全力の魔力でも、この高さを4人抱えて飛ぶのはきついのだ。
「薫、俺も手伝う」
先に言ったのは睦月だった。薫は、首を振った
「やめろ。負担になる」
その言葉に睦月は笹子を見て苦笑いをした。それから、治史を見た。
「このまま、薫の魔力が尽きたら全員落ちて死ぬだろ。俺は大丈夫だから」
その言葉に、治史は心配そうに睦月を見つめた。
「私も手伝います」
笹子がぎゅっと、薫の手を握った。薫は微笑んでその手を握り返した。
○エピローグ
義奈は第2帝国の空中都市近くの宿屋で、付近を訪れたものに一晩の暖かい寝床を与えることを生業にしている。元々は北方の国で医者の見習いをしていたが、今はここでからくりとともに暮らしている。
ある夜、そんな彼女の宿の戸を叩くものが現れる。男女4人の子供だった。4人とも傷だらけで1人は背負われており、息も絶え絶えだった。
「休ませろ」
金の長い髪を持つ少女が、低い声でそう言った。有無を言わせない声であったので、ベッドと部屋をかした。
一応、診察でもしようと思いベッドで眠る少年の体を見た瞬間息を飲んだ。
蛇が体に巻き付いたようだった。蛇呪いだ。
彼らは話を聞く限り、空中都市から亡命してきたらしい。通りで強い魔力を感じるわけだ。義奈は喉をごくりとならした。初めてここまで進行してしまった蛇呪いを見たからだ。北方や流の民には解術師がいる。彼らからの教えを受ければこの程度の呪いは簡単に解けるのだ。とくに蛇呪いは進行が遅い。普通はここまでくるまえに解術してしまう。空中都市には解術師がいないため、この呪いが不治の病になってしまっているのだ。
何も言わなければ、蛇呪いで死ぬ人間が見れる。それは義奈の好奇心を揺らした。
しかし、急にある男の顔が浮かびその気持ちは急激に冷めた。
「はあ、あんたら蛇呪いは解術師にたのみゃあ解けるんだよ。この様子じゃ、あと1年だろ。動けるうちに連れっててやりな。私の友人宛に紹介文を書いてやるから」
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