第5話

 ここが冒険者ギルドか。

 あの路地裏にあった小料理屋から歩くこと10分。女将さんに描いてもらった地図を頼りに冒険者ギルドに到着した。

 王都は三つの区画により形成されているのだがこの冒険者ギルドは貴族街、平民街、貧民街のうち貧民街よりの平民街に位置している。

 何でも冒険者なんてのは危険で貧民街のやむにやまれぬ事情のある奴がなる職業だと言われているからだ。ギリギリ平民街にあるのは、国が貧民街の存在を認めてないからだそうだ。

 政治ってのは時代が変わっても変わらねえもんだねえ。


『これも人の性である。500年程度で人の性など変わる訳ないのである』


 確かにそれが真理だろうな。


『そんな事より早く入ろうぜ!お前は人の上に立つ事を諦めたんだ。そんな事考えたって仕方ないっての』


 そんな事って。随分嫌味な言い方をするもんだな。どれだけ俺を王にしてぇんだよ。


『仕方ないのである。憑いた人間を上に押し上げようとする事が我らのなのである』

『サタン。もういいって。早く行こうぜ』


 俺はなんとも言えない気持ちになりながらギルドの中へ入っていった。

 いつかコイツらの思いと向き合う事を心に決めながら。


 ギルドの中は閑散としていた。もっとこう活気あふれる王都のギルドってのを想像していたから少し肩透かしを食らってしまった。


『こんな時間にギルドでたむろっている冒険者などむしろ少ないほうがいいのである』


 確かにそういわれたらそうだよな。昼過ぎから酒を飲んで騒いでたら冒険者でなくてもろくな奴じゃねえな。


『ロイが絡まれるところ見たかったんだけどなー』


 そんな簡単に絡まれてたまるか。人のことなんだと思ってんだよ。歩くトラブルメーカーかよ。


『ふむ。自覚があったであるか』

『これはロイのこと見直さないとな』


 あーもう。無視だ無視。こいつらと話してるとキリがねえ。

 それよりも冒険者登録はどこですればいいんだろうか?

 俺がギルドの中をきょろきょろと見まわしていると受付カウンターの中にいた女性職員の一人と目が合う。俺がぺこりとお辞儀すると女性はにこりと笑いこちらに来るように手招きしてきた。

 促されるままに俺はカウンターに向かうことにする。

 このままぼーっとしてても仕方ないしな。


「冒険者ギルドにようこそ。今日はどんなご用件ですか?一人で来たの?」

「冒険者登録がしたくて来ました」


 俺がそう答えると女性は少し俺をいぶかしむように見回す。確かに10歳くらいの少年が冒険者になりに来たら驚くよな。俺なら冷やかしに来たのかと追い返す。


「君は冒険者がどんな仕事なのか分ってるのかな?危険は付きまとうし、最初のころは普通に働いたほうがお給金もいいんだよ?」


 この女性は俺のことを気遣って言ってくれているんだろうが、そんなことは百も承知だ。


『ロイに危険な仕事なんてあるのかよ』


 ウロボロス。笑ってんじゃねえ。あるに決まってんだろうが。

 俺は女性職員の目を見据えて力強くうなづく。俺の答えを見て女性はため息をつき諦めたように肩をすくめる。


「わかりました。君の決意は高そうだからこれ以上は言いません。名乗り遅れましたが私の名前はカリナです。これからしばらくの間は君の専属受付嬢としてサポートします。ギルドに依頼を受けるときは必ず私に相談すること。いいですね?」

「あ、はい」


 カリナはカウンターから乗り出し俺に迫るもんだから思わず返事をしてしまった。

 でもこの申し出は悪くないかもしれない。俺は冒険者ギルドに所属するのは初めてだし色々と教えてもらえるのは願ったり叶ったりだ。


「分かればよろしい。では、早速冒険者ギルドの説明をしますね。冒険者ギルドは簡単に言ってしまえば仲介業者です。冒険者と依頼主を繋ぐ橋渡し役です。依頼から手数料を引いた金額を成功報酬としてお支払いします。これが君の基本的なお金の稼ぎ方になると思います」

「はい」

「それとは別に魔物を狩れるようになれば討伐報酬とは別に魔物の素材も買い取ります。この二通りが冒険者の主な収入源ですね」


 想像してた通りだな。冒険者ギルドの役割は昔と対して変わらないらしい。


「次に冒険者ランクですけど、一番下がF一番上がAAAになります。Aランクだけは三段階に分かれてますが、他は一段階ずつ上がっていきます。自分のランクから一つ上のランクまでが受けれる依頼になります。ただFランクはFランクの依頼しか受けれないから気をつけて下さいね?」

「分かりました。昇級の条件とかってあるんですか?」

「昇級は一定数の依頼をこなした後に昇級試験を受けてもらいます。Fランクだと五つですね。ランクが上がるごとに必要な依頼数が増えるので、まずは目の前のEランクを目指しましょう!」

「分かりました。頑張ります」

『めんどくせえな。もっと手っ取り早く上がる方法はねーのかよ』


 これで良いんだよ。何事もコツコツと。これが大事だっての。


「早速登録をしましょうか。字は書けますか?」

「はい」


 カリナはそう言うとカウンターの下から書類を取り出す。


「じゃあこちらに名前と特技を書いてください!特技は出来るだけ詳細に書いてもらえるとパーティーを組む時に役立ちますよ。ただしあまり実力に見合わない事を書くと後々恥をかきますから気をつけてくださいね!」

「分かりました」


 俺はカリナから書類を受け取り名前を記入する。問題は特技だ。

 特技か…何を書けばいいもんか。剣に自信はあるけど今は帯刀していないし、帯刀してたとしても俺の剣技に耐えられる剣なんて買えない。書いたところで使えないなら書かない方がいいよな。


「うーん」

「ふふふ。詳細にとは言いましたけど、何でも良いんですよ?こんな武器が使えるとか。魔物や動物に知識があるとか。魔法なんかがもし使えたら皆んなから引っ張りだこですね」


 いや。そうじゃ無いんだ。出来ることはあるんだけどが無いんだよ。あるにはあるんだが…

 仕方ないから俺は特技の欄に人生で覚えた流派を書く。親父に習ったこの流派は全くの無名らしく、特技として認められるかどうか…


「えーっと無頼流拳闘術ですか?聞いた事ないですけど。って、拳ですか!?魔物に武器も使わず挑む気ですか!?」


 やっぱりそうなるよな。でもそれ以外に書けるもん無いんだよ。

 カリナは書類と俺の顔を往復しながら本気か?と目で訴えてくるが俺には頷くことしかできない。


「はー。分かりました。でも流石に武器も持たず魔物と戦うなんて事は認められないので先に研修を受けて下さい。そこで何か自分の得意な武器を見つけて下さいね。書類はこのまま受理します」

「ありがとうございます」


 カリナは呆れ顔のまま書類を手に裏で何やら作業をしている。

 しかしどうしたもんか。武器はなにかと金が掛かるから困るんだけどな。とりあえず何か腰に下げとくか。でもなー。魔物の死体で武器使ってないのバレるしなー。


『人の世は今も金次第であるか』

『そんな事より俺は今のロイの戦い方が気になるぜ!拳だって?楽しみじゃねえか!』


 親父が言うには「貧乏人が武器を片手に成り上がろうったって、成り上がる前に借金の方にされてしまいだろうが」だそうだ。

 俺も確かにそう思うよ。結果的に親父は武術って形に落ち着いて成功したわけだけどな。


『それでも普通は金がかからぬからと言って拳を武器にしようとは思わないのである』

『さすが。ロイの父親はぶっとんでんなあ!』


 俺もそれは同意する。親父はワイバーンにも素手で行くからな。親父の姿を見て5年くらいは違う世界に転生したと本気で思ってたからな。


『一度お目にかかりたいものであるな』


 俺に憑いてりゃ嫌ってほどお目にかかれるぜ。


『それで今のロイはその武術を使えるのかよ』


 親父には及ばないけど、魔物に素手で挑むのはになってきたかな。

 最初は親父の頭のネジが吹っ飛んでるだけだと思ったけど、技術を吸収すれば理解できたよ。


『魔物に素手で挑むのはあと500年経っても常識にはならないであるが、武器を持たぬロイがどの様に戦うか気になっていたのであるが心配は要らぬ様であるな』

『武器持ってたところで俺たちを宿せるかは別問題だけどな』


 そうだ。お前らのせいで武器なんか持ったら余計金が掛かるじゃねえか。一戦ごとに武器を買い換える余裕はねえし、お前らの力に耐えられる武器なんて今世でまだ出会ったことねぇよ…


「ロイくーん。準備できたからこちらにどうぞー」

「あ、はい!」


 カリナはいつのまにかカウンターから出ており、地下へ向かう階段の前に立って俺に手招きしていた。


「ごめんね。お待たせしました。ギルド証は今作ってるからその間に研修を済ませてしまいましょう。そこでちゃんと自分に合った武器を見つけて下さいね?」

「分かりました。研修ってカリナさんが行うんですか?」


 俺はそう言いながらカリナを見回す。

 うん。どう見ても戦えるとは思えない。魔術師とか神官の可能性もあるけど、どう考えてもその腕じゃ武器は振れなさそうだ。


「ふふふ。まさか。私が戦える様に見えますか?」

「いや、そうは見えませんけど。もしかしたら魔法とか使えるのかもと思って」

「へー。どうしてそう思ったんですか?」

「思ったと言うよりは可能性はあるなって感じです」

「うんうん。良いですね。その可能性を切り捨てない考え方は冒険者にとって大切なんですよ?冒険者は決めつけちゃいけません。どんな小さな可能性も想定しておく様に心がけて下さいね」

「分かりました。ありがとうございます。心に刻んでおきます」


 カリナは頷きながら満足気な表情を浮かべている。これもまさか研修の一環だったんだろうか?いやそれは考えすぎな気もするが…


「あ。質問に答えてなかったですね。監督官は私じゃ無いですよ。私も戦えますけど、教えられはしない程度ですからね」


 いや、やっぱり戦えるのかよ。全く、食えないお姉さんだよ。


 カリナと話しながら進んでいるうちに気付けば開けた場所に着いていた。

 まさか冒険者ギルドの地下にこんな広い空間があるなんて…


「おい。カリナ。そいつが研修を受けるガキか?」

「ちょっと!ウィルさん!」


 ウィルと呼ばれた壮年の男性は俺を見るなり木剣を俺に向けてそう言い放った。

 そりゃこの男から見たら俺はガキなんだろうけど初対面でいきなりその言い方ってなぁ。いや、冒険者なら普通か?

 怒るほどのことでも無いし特に噛み付く様な真似はしない様にしよう。


「よろしくお願いします。


 おっと口が滑った。

 そこ、二人して腹抱えて笑うんじゃねえっての。


『これでこそロイである!』

『沸点の低さ世界一!』


 おいやめろよ。照れるじゃねえか。

 ウィルの顔を見てみると青筋が立っている。こりゃ世界一は俺じゃなくておっさんの方だな。


「ちょっと!ロイくん!何考えてるの!?ウィルさんは元AAランクの冒険者なんだよ!?喧嘩売ってどうするの!」

「売ってません。買っただけです」

「もう。減らず口はいいから…」

「おいおい。随分と口の立つガキじゃねえか。これはみっちりと研修をしてやらねえとな」


 俺の信条は礼節には礼節を。無礼には無礼をだ。受けたものはちゃんと返さないとな。


「ほら、武器を選べ。そこに立てかけてあるものを取りな」

「じゃあ、この木刀を…」


 そう言いながら俺が立てかけてある木刀に手をかけたその時、後ろから強烈な殺意を感じた。


「冒険者はいついかなる時も気を抜くな。だ!!?!?」

「あ!」


 俺は突然切りかかってきたウィルに対して思わずカウンターを繰り出してしまった。

 ウィルが振り下ろした木剣を正面から見据え、左手で木剣の腹を叩き軌道を逸らす。その反動を使いながら右手でガラ空きになった腹に拳を叩き込んだのだ。

 ウィルは訓練場の中ほどまで吹き飛び仰向けになって倒れてしまった。手応えはかなり合ったのでこれは暫く起き上がっては来ないだろう…


『これが今世で手に入れた技術であるか』

『これはすげえな。身体強化もしてない純粋な技術でこれか』


 カリナの方をみると目を丸くしたまま固まってしまっている。ウィルの一撃が当たるものだと悲鳴を上げていたので、今は頭が混乱しているのだろう。


 これは完全にやっちまったな…

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