第4話
俺の朝は早い。
昔は大層な肩書きがあったのでゆっくりと起きたものだが、今は従者をしている手前主人より遅く起きるわけにはいかない。
それでも今だに他の二人よりは遅いのだが…
いや、あの二人は本当に寝てるのか?そう言えば寝てるところを見たことがない気がする…
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「おはようございます。ハリスさん。おかげさまで空腹で寝れないなんてことはなかったです」
「それは何より」とハリスは頷きながらサンドウィッチの皿を片付ける。
「最近は私が起こすよりも早く起きられるようになられたようで安心しました」
「流石に主人より遅く起きるわけにはいきませんからね…」
「ははは。懐かしいですな。寮に私どもはついていけませんからカイル様を頼みますよ」
ハリスは笑いながらそう言うが、その目には力がこもっていた。
学園に自分の従者を連れて行くことは禁止されている。
なんでも、学園では学生は皆等しく平等に扱うという主義の元運営されているらしいのだ。
平民と貴族を平等に扱うという意思表示の一つがこの従者禁止だそうだ。
『ふん。人とは外聞で生きているのである。平等など甚だおかしいのである』
俺も確かにそう思うけど、今はそんなこと言っても仕方ないしな。
「出来るだけ頑張ってみます。俺に出来ることなんて限られてると思いますけどね」
俺は頭を掻きながらそう答えた。
死なれても目覚めが悪い。この人生で一番付き合いが長いのは間違いなくカイルだ。そんな奴が死ぬのを黙ってみてるなんて出来ないしな。
『デレたである』
『デレたな』
うっせえ。デレてねえ。
「それで十分です。君に出来ることを精一杯してくれれば問題はないでしょう。さてと、そろそろカイル様を起こしに行きましょうか。今日は学園の準備で忙しくなりますよ」
そう言ってハリスさんは部屋から出て行った。
俺は急いで着替えてハリスさんを追いかけるのだった。
————————
「ハリス。今日の予定は?」
「はい。まず、制服の採寸に向かいます。既に呉服屋に予約を取っておりますのでさして時間はかからないでしょう。その後寮生活に必要なものを買い揃えます。必要になりそうな物のリストは既に作っていますのでそちらを参考に。その後は未定ですのでカイル様のなさりたいように」
俺たちは今四人で朝食をとっている。普通は従者と一緒に飯なんてとんでもないことだが、これもカイル曰く自分が惚けた貴族だと周りに思わせる策らしい。
まぁ、一人で食べるのがつまらないだけだろうけどな。
おっとカイル様そんなに睨んでも肉はあげませんよ。
「商会とでも顔を繋ぎに行くか…父からの仕送りもあるが俺に投資する奴を見つけるのが先決だな」
「かしこまりました。ある程度商人の目星はつけてますのでその中からお決めになればよろしいかと」
いやー。ほんとハリスさん優秀。俺はカイルについていけば良いだけだな。
俺がそんなことを考えながら朝食を食べているとカイルがこちらをジッと眺めていた。
「カイル様そんなに見られても肉はあげませんて」
「ふふふ。肉など気にするな好きなだけ食べろ。それよりもロイ。お前俺についてくるだけなんて暇だよな?」
む。これはどうにも嫌な予感がするぞ。
「いえいえ。カイル様をお守りする役目があるじゃないですか」
「俺の護衛のことは気にするな。ハリスもアヤメもいるんだ。王都の中で大それた襲撃をする奴なんていないさ」
不味いぞ。どうにか言い訳を考えなければ。
『ふむ。これは詰みというやつであるな』
『ロイに頭脳戦はちょっとな…』
お前らも何か考えろよ。
「現状俺には手駒を余らせる余裕なんて無いしなー。困ったことに金に余裕があるわけでもない。何かいい方法はないものだろうか」
カイルはそう言いながらチラリとハリスを見る。
ハリスは主人の戯れをまたかとばかりにため息をつき俺をチラリと見る。
待ってハリスさんその憐れんだ目はなんですか。ハリスさんは俺の味方ですよね?
「少々危険もありますが冒険者になっていただくのが最善かと…」
ついにハリスは俺から目を逸らしながらそう答えた。
カイルの方を見ると満足そうな笑みを浮かべている。予定通り事が進んだと顔に書いてある。
そのニヤケ面忘れねえからな!
「そうか。冒険者はなにかと実入りがいいと聞くしな良いじゃないか!そういうわけだ。ロイよ。悪いけど冒険者になって金を稼いできてくれ」
嫌だと言いたい。言いたいけれど主従の関係上そうは言えないのだ。
「かしこまりました。カイル様」
俺はどれほど苦々しい顔をしていただろう。そんな顔を見てカイルは殊更旨そうに飯を食うのだった。いつか絶対仕返ししてやる。
————————
「じゃあここからは別行動だな」
服の採寸も恙無く終わり店先で俺たちは別れた。
一応俺も入学するので一緒に採寸をしてもらい費用もハイド子爵家もちだそうだ。
なんとか採寸の時間を伸ばそうとゴネたのだが上手くいくわけもなくあっさりと終わってしまった。
三人は今からいい昼飯を食べるんだろうな。
俺に昼食代として渡されたのは大銅貨一枚。ちょうどランチ一食分といったところだ。
ケチな野郎だ。
さてとこの辺りは高級店が多い区画なので少し下町のほうへと移動するか。懐事情的にこの辺りは俺とは縁がなさそうだ。
採寸をした呉服屋から歩くこと5分ほど。街並みは少し変わり、通りを歩いている人たちの格好も変わってきた。
この辺りならちょうどいい店が見つかりそうだ。
今はまさに昼時で通りには出店が並び様々な香りが漂っている。特にタレの焼ける匂いは俺の胃袋にダイレクトに来る。
しかし今出店で買い食いをしてしまうと食堂で定食を食べることができなくなるので、我慢することにしよう。
『ううむ。早く決めるのである。見ているだけでは腹は膨れないのである』
気づけば俺の足は止まり視線は串焼き屋にくぎ付けになってしまっていた。危ない危ない。サタンに言われなけりゃ欲望に負けてるところだったぜ。おっちゃん。次は食うからまた今度な。
さらに通りを進むと少しずつ人気が少なくなっていく。歩いてる人たちの格好はボロボロの服が目立つようになって来た。
これ以上奥は危なそうだな。
めぼしい店は特に見つからなかったしさっきの屋台で済ますか。
そうして俺が振り返ろうとすると目の端に小さな看板が映った。
通りから少し外れた路地裏にポツンと定食のメニューが書いてあったのだ。
「こんな所で商売になるのかよ」
『よくもまぁ見つけたものである』
『俺たちも探してたけど完全に壁に隠れちまってるな』
その看板は路地をよく見なくては見つからなかっただろう。
店の前に立つと少し空いた小窓から出汁の香りが漂ってくる。
『いい匂いであるな。ここなら問題なさそうである』
『ほんと、懐かしい匂いだぜ』
確かに懐かしい。今世では出汁の香りなんて嗅いだことなかったな。
エリスタ王国ではどこの食卓でも出汁を使ってたんだがその文化も無くなったかと思ってた。
俺は扉を開けて店の中へ入った。店内はカウンターと4人掛けのテーブルが一つのこじんまりとした店だった。
カウンターの一番奥の席には昼間からベロベロになった男が一人だけで、後は女主人がカウンターの中で立っているだけだ。
「いらっしゃい。空いてる所どうぞ」
『昼時にこの空き具合。我は少し不安になったのである』
分かるけど。そんなこと言うなよ。もう入っちまったじゃねえか。
俺は手前側のカウンターに座りメニューを見る。
前菜、揚げ物、一品、定食、どれも懐かしいメニューばかりだった。
「ごめんよ。今日の定食は日替わりだけなんだ」
「分かりました。じゃあ日替わり定食で。大銅貨一枚で足りますか?」
「ピッタリ大銅貨一枚だよ」
『懐を気にしなくては飯も食べれんとは難儀であるな』
『昔からじゃ考えらんねえな!』
お前らが憑く前は店で飯を食うなんてことの方が考えられなかったけどな。
俺が注文を終えると包丁がまな板を叩く子気味いい音が聞こえてくる。
さらに続けて鉄板の上で何かが焼ける音と芳醇な香りが漂ってくる。
この匂いはまさか…
「ふふふ。まぁしばらく待ちな。ここらじゃ嗅いだことない匂いだろう。ケイン。つまみをちょっと分けてやんな。坊主がこのままじゃ飢え死んじまうよ」
奥のカウンターで飲んでいた男は舌打ちをしながらも小分けにした揚げ物を俺の前に置いた。
「坊主感謝しな。味わって食えよ」
「ありがとうございます。頂きます」
普段なら遠慮していたかもしれないが今は確かに腹が減って仕方ないのだ。ありがたく頂く事にした。
ケインは俺の頭をグシャグシャと撫でて自分の席に戻っていった。
「いただきます」
俺はケインからもらった揚げ物にかぶりつく。サクサクの衣にプリプリの食感。
これは間違いない海老天だ!
まさかここで前世の大好物をいただけるとは思っていなかった。
俺が懐かしい味に舌鼓を打っていると二人からの猛烈な視線を感じる。
最近はよく食べてるとこを見られるけど結構気になるんだよな。
「すいません。あまり見られると食べづらいんですけど…」
いただいた手前強くは言えないのでやんわりと伝える。
「それは悪かったね。随分と箸を使い慣れているようだったから驚いたのさ。ケインですらまだまだ上手く扱えないからね」
「…坊主ここら辺の出じゃねえな」
「やめな。探り屋は出てってもらうよ」
しまった。目の前に箸があったから使ったのだがここらじゃ確かに箸を見たことがない。
久しぶりの大好物にテンションが上がりすぎてしまっていた。
『全く。いつまで経ってもロイはロイのままである』
今回ばかりはサタンに何にも言い返せないじゃないか。
「はいよ。お待ちどうさま。誰だって隠したいことはあるもんだ。深くは聞かないから安心して食べな」
そう言って出て来た定食は生姜焼き定食だった。あの店の外に香っていた出汁の匂いは定食に添えられた味噌汁の匂いだったのだろう。
久しぶりの白米に出汁のきいた味噌汁。これだけで俺の我慢していた腹は限界を迎え、大きな音が鳴る。
「いただきます!」
——————
『いい店であるな』
『次は俺たちも食べようぜ!』
確かに懐かしい最高の店だった…
他の料理も食べたいしな。次はあの海老天を注文するか。
それと、お前らの分の金は誰が払うと思ってんだ。こっちは金がないんだぞ。
『それは問題ないのである。ロイが冒険者として成功しないはずがないのである』
『俺らの飯代くらい余裕だって』
ふふふ。悪いが俺は目立つつもりはねえ!カイルだって俺の稼ぎに期待してるわけじゃねえよ。アイツは自分で金の引き出しどころくらい見つけるからな。
『随分とあの小僧を信頼しているのであるな』
信頼ってよりは知ってるって感じだけどな。
『それが信頼ってやつだぜ!』
『ふむ。まぁ、そちらは置いとくしてもその考えには不備があるのである』
あ?俺の完璧な考えのどこに不備があるってんだよ。自分たちがあの店で飯が食えないからってイチャモンは困るなあ。
『ええい!その腹立たしい顔を止めるのである。通りを歩く子供が怯えているのである』
おっと、コイツらを煽るためにそんな顔になっていたとは。笑顔は大事だよな。
『前提がおかしいのである。汝が目立たないようにしようとした所で目立たない行動が出来るはずないのである』
『間違いねえよ。俺もそう思うぜ』
何言ってんだよ。俺だってそれぐらい出来るっての。この10年上手いことやってきてんだよ。昔と一緒にすんじゃねえ。昔もできなかった訳じゃねえし。
『『…』』
なんだよその目は。
『例えばである。例えば最も初級の依頼に薬草採取があるのである。汝が薬草採取のために森に入ったとする。そこで突然悲鳴が上がるのである』
ほうほう。
『汝は必ず悲鳴の方へ向かうのである。そこで現場に向かうとそこに居たのは魔物に襲われる少女だったのである』
それで?
『たまらず汝は魔物を一撃で吹き飛ばし、少女を救出するのである。なんとそこで襲われていた少女はこの国の王女。しかもその魔物はそこいらにいるような魔物ではなく王女の命を狙う貴族派の寄越した最上級の魔物だったのである。その後ギルドに戻った汝は王宮に召集され王に召し抱えられるのである』
馬鹿な。そんな物語みたいなことが起きるわきゃねえだろ。
『『…』』
だから二人してそれをやめろって。それでその例え話のロイ君は勇者にでもなるってのかよ。
『いや、勇者にはならなかったのである』
『ただし王家最大の人間兵器にはなったけどな』
…そんな話もあったなぁ。
まぁ。今回は大丈夫だろ。でも一応。念のため認識阻害の魔法使っとくか。
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