第3話

「ほう。つまりお前はよくわからん神官に借りを作って帰ってきたわけだ」


 今俺は王都の宿でカイルから説教を受けている。

 何故かと言われると俺の『守護霊の儀』での出来事を話したからだ。

 いや、聞いて欲しい。もはやあの状況で神官にバレない方法があっただろうか。いや、無い。あったとすればあの時目の前の神官を殺すくらいだろう。

 それをして仕舞えばそれこそもっと酷い状況だったはずだ。


「聞いているのか?全く。お前は俺の予想の範囲内で動くことは出来ないのか」


 カイルは呆れたようにため息をつく。

 コイツはいちいち気に触る言い方しか出来ないのか。


「いやー。でも結果的に大丈夫だったから良いじゃ無いですか」


 俺がそう答えるとカイルは苛立った様子を隠そうともせずに俺を睨む。


「そうだ。そうだとも。だからこそ余計に腹が立つんだよ!」


 なんだ、だったらわざわざ正座までさせることないじゃ無いか。

 全くもってひどい男だ。


「今不遜な事を考えただろう。ロイ。お前は今日晩飯抜きだ!」

「それはズルく無いですか!」


 そう言うとカイルは部屋から出て食堂へと向かっていった。


「坊っちゃんに随分と絞られたようですね」


 カイルと入れ替わりで入ってきたのはカイルの執事を務めるハリスさんだった。

 いつも気付くと隣に居たりして何気にすごい技量の持ち主だ。

 元々王宮に勤めていたらしいのだが、何故こんな辺境の末っ子の執事をやっているのか謎の多い人だ。


「ハリスさん。カイル様に着いていかなくて良かったんですか?」

「ええ。坊っちゃんにはアヤメさんがついていますので問題ありません。それよりも晩御飯が何もないというのは少々酷でしょうから。宜しければサンドウィッチを食堂で頂いてきましたのでお食べ下さい」

「ありがとうございます。是非いただきます」


 ハリスさんは本当に優秀で人格者だ。いつもこうやって俺を助けてくれる。ただの従者に過ぎない俺にもこんなに優しくしてくれるなんて頭が上がらない。

 あれ?夕飯抜きが決まったのはさっきなのに何で先まわりしてんだ?


 俺が首を傾げているとハリスさんは「いつもの事ですから」とだけ答え部屋から出て行った。

 優秀過ぎませんかあの人。


 俺は一人になった部屋でベッドに腰掛けながらサンドウィッチを食べる。晩飯にしては些か少ないのだが、高望みは良くない。

 ハリスさんに感謝しながら頂くとしよう。


『そろそろ事情を話してくれない?俺たちをこのまま放置って酷過ぎね?』

『我らを放って食事をするとは良いご身分であるな』


 そうだったコイツらを忘れてた。再会は素直に嬉しいんだが、腹が減ってるんだよ。飯ぐらい食わせろ。


『その不遜な態度。我らにそのような態度を取れるのは其方ぐらいである』

『間違いねえな』


 そこから暫く俺が晩飯を食べてる間は黙ってくれた。俺の食事風景を黙って凝視している様は滑稽だったがな。


「さてと。どこから説明すりゃ良いんだか」

『そうであるな。まず我らがお主をロイと呼んでいるが今の名前は何と言う?何時までもロイと呼ぶわけにもいかぬであろう』

「いや、それが何の因果か今も名前はロイだよ。ただ家名はないけどな」

『今はただのロイか!あの家名好きだったんだけどな』


 最初はレクスの適当につけた名前だったが今じゃいい思い出だよ。


『早速ではあるが、お主は何故記憶を持ったまましておる?』

「それが、俺にもさっぱりなんだよ。気が付いたら赤ん坊でビックリしたぜ」


 俺がそう言いながら戯けたような仕草をするとサタンは呆れたようにため息を吐く。


『普通は驚いたなどと言うチンケな言葉で表現できる事ではないぞ』

『それがロイのいいとこだって』


 サタンの横ではウロボロスが腹を抱えながら笑っている。この光景も何だか懐かしい。


『分からなければ仕方あるまい。そもそも規格外のお主が記憶を持って生まれ変わったとしても誤差の範囲であろう』

『違いねえや』

「人をバケモンみたいに言うなよ。俺だってあんまり言われると傷つくんだぜ」

『まだ傷付く心は残っておったか』


 全くコイツらは500年経っても変わらねえな。


「それより、お前ら何で俺の所に?守護霊を引き剥がすなんて聞いたことねえぞ」

『我々を舐めてもらっては困るぞ』

『そうだぜ。前からお前は俺たちの力を舐めてる』


 そんなもんだろうか?コイツらが他の守護霊より高位なのは分かるんだが守護霊は守護霊だろ。おい、そこの二人ため息をつくな。


『まあよい。ロイがズレているのは昔から変わらんからの』

『それな。そんな事より今の状況を説明してくれよ。さっきのが新しい主君か?なかなか面白そうなやつじゃねえか』


 そんな事って…まあ気にしても無駄か。


「そうだよ。カイル・ハイド様だ。俺の父親が仕えてる家の坊ちゃんだよ」

『そうであるか。お主は今世でも主人を持つか…』

『勿体ねえよな。俺たちが憑いてるってのにな』

「良いんだよ。俺は人の上に立つような人間じゃねえし」

『何と勿体無いことか。その気になれば国一つや二つ消すこともできるであろうに』


 何だよその例えは。まるで俺が化け物みたいじゃねえか。

 だから黙るんじゃねえって。


「それに今の生活も悪くねえよ」

『そうであるか。あの小僧もそれなりの器を持っているようであるから文句は言うまい』

『カイルだっけ?俺に眷属でも居りゃ憑けてやりたいぐらいには良いな』

「そんな簡単に…ってお前らには出来そうだから何とも言えねえ」

『我らはあくまでお主の守護者であるからな。汝の主人が愚物であったとしても従うまでよ』

『まぁ主人を殺させるように誘導はするかもしれねえけどな』


 いや、笑えねえって。主人殺しの従者なんて一生国に追われるじゃねえか。


「ところでお前らは何してたんだよ。他の奴に憑いたりしてたんだろ?そっちの話も聞かせろよ」

『ふむ。まぁ楽しくは過ごしていたのである』

『でも、これからの方が楽しそうだよな』


 二人は濁したような言い方をしてスッと目を逸らした。

 これは何かあるな。わざわざ隠し事なんて滅多にない事だ。さっきまでの仕返しに聞き出してやろうか。


『簡潔に言えば暇潰しをしていたのである』

『憂さ晴らしも兼ねてな。それだけだぜ』

「へー」


 俺はニヤニヤしながら二人を見るが絶対に目を合わせようとしない。


『さあ。寝るのである。あまり起きていると腹が減るからして。今の汝は子供の体である。夜遅くまで起きるのは感心しないぞ』

『そうだぜ!体がデカいのは何事にも有利だぞ!』


 確実に言いくるめられているのだけど、仕方ない。今日のところはこれぐらいで勘弁してやろう。

 俺は照明の魔道具から魔石を外し布団の中に潜り込んだ。

 は照明の魔道具なんて王宮でしか使われていなかったが、今では庶民に普及していて時代のありがたさを感じる。

 下からは今も酒場で騒いでいる声が漏れ聞こえるが、そんな事歯牙にも掛けないほど俺は簡単に眠りにつくことができた。

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