4話 回復の泉みたいな感じ

「よいお年を」

 会社にそう言い残して、私は今年(二千二十年)最後の仕事を終え帰宅した。

 待っている人などいない独り身だ。

「ただいま、おかえり」

 玄関のドアを開けて呪文を唱える。

 手洗いうがいをして仕事用ヘアピン(気合が違います)を取り化粧を落とす。

 そして、車のキーを持つ。


 私は無職の頃から毎月お金を少しずつ貯めて年に一度だけ高級回転寿司屋さんに行く。

『今年、一年間お疲れ様』という意味を込めている。

 去年からは仕事を始めた。

 精神を使う仕事なので(サービス業ではないが)結構気負う。


「いらっしゃいませ」

 そこに無粋なBGNはない。

 無粋なクリアガード(というのかな?)もない。

 騒がしい客もない。

「こちらへどうぞ」

 誘導され席に着く。

 カウンターだけの店。

『今日は金を下ろしたから多少のダメージは大丈夫』と不安になりながら(小心者です)湯呑に粉末のお茶を入れてお湯を注ぐ。

 目の前の『今日のおすすめ』を見る。

「寒ブリお願いします」

 そこから、正直、記憶があいまいだ。

 私は思いのまま注文する。

 それが出てくる。

 普通の回転寿司屋さんを否定しないがせわしない。

 ワサビもついてない。

 ここは(回転寿司屋さんだけど)ちゃんと寿司を出してくれる。

『何だ? この異世界感は?』

 

 池波正太郎の母親も離婚してから女手一つで頑張った。

 そのご褒美に月一で一人で寿司を食べていた。


 その気持ち、よくわかる。

 なんか、自分が自由になるというか気が抜けるというかホッとする。

 ゲームなどで回復アイテムや宿屋で体力や魔力を回復させるが、それと同じだ。


――よいお年を

 毎年の呪文を心で唱えてお会計をする。



 今年は安く済みました。

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