3話 魔物を見た
年末。
年の瀬。
大掃除である。
なまじ、本好きの私である。
本で家は建たないが犬小屋ぐらいなら建つかもしれない本を持っている。
ジャンルも小説を軸に漫画、料理本、医学書など様々だ。
本人としてはぼんやり位置が分かっているのだが、親からすれば乱雑らしい。
そこで、普段は「コロナ怖い」と遠方に暮らす母がやって来た。
朝八時から始めて昼前に一応のめどがついた。
「ねえ、もうすぐ昼だよ」
「ピザでも頼む?」
私は母の提案を断った。
「じゃあさ、私の車で前から行きたかった蕎麦屋に行こうよ」
「あら、渋いわね」
ジムの帰りに車で見る趣のある店がある。
駐車が少し難しい場所にあるが(車社会である群馬に置いて駐車は結構大事なポイント)行ってみたかった。
母を乗せた我が愛車。
「これ、好き」という母のリクエストに応え『カルメン(ビゼー作曲)』をリピート再生しながら私はあらかじめ断った。
「ねえ、母さん。今から行く店は私も入ったことがないから不味かったらごめんね」
『カルメン』でノリノリの母は笑顔で言った。
「いいのよぉ、天美と食べられるだけでうれしいんだから……お父さんにも自慢しよう」
母は手持ちバックからスマートフォンを取り出し電話を始めた。
車を駐車して運転席から出る。
見逃せば見逃すが、やっぱり、渋くて趣がある。
後ろを見れば、私が愛用するガソリンスタンドや大手カレーチェーンなどが見える。
ただ、ここだけがいぶし銀の異世界だ。
「天美、入るわよ」
母が入り口で私を呼んだ。
「いらっしゃいませ」
たぶん、母より年上と思われる女性が出てきた。
「まず、そちらのスプレーで手を除菌してください」
示すほうを見ると肌用除菌スプレーがあった。
手に付けて店に上がる。
「すいませんね、なまじ、コロナのせいで……」
着席した私たちに向かい、女性がメニューを持ってきた。
「そうなんですよねぇ」
母と波長が合うのか、女性と母はすぐ歓談している。(マスク越しです)
私は私でメニューを見て『カキフライ食べたいなぁ』をいう蕎麦屋さん自体を否定するようなことを思っていた。(生は無理だがカキフライ好き)
ふと、目を上げると『新蕎麦あります』
「私、ざるそば」
それは自然と出た。
「じゃあ、私はかき揚げうどん」(母は基本的に
「わかりました」
女性が去って行く。
この時辺りからだろう。
急に背中が寒くなってきた。
ここで私と母が座った位置について書いておこう。
小さい店とコロナのせいで四人掛けが二人掛けという対策をしている。
母は出入り口側。
私は窓全開の席。
風が寒い!
「はい、注文の品です」
一口食べて母が驚嘆した。
「美味しい!」
私も蕎麦を啜る。
確かに美味い。
なお、江戸っ子とかがあれやこれやいうがそれどころではない。
寒い!
「天美、お前、いい店知っているねぇ」
と母は饂飩を食べるが、こっちは空っ風(群馬の名物なのかな? 分からない人はレッツ検索!)で今から脱ぎ捨てたブルゾンを着たい!
「蕎麦湯です」
温かった。
お金を払い、店を出た。
車内で
「ねえ、母さん。一言言っていい?」
「何?」
「あのね、寒かった」
「……え?」
「私ね、母さんから『一口飲まない?』って温かい汁を一口もらいたかった……母さんが魔物に見えた」
「いやね、天美。私は『ずいぶん、渋いセレクトをするのねぇ』ぐらいしか思わなかったわ。それにコロナもあるしね」
「とりあえず、コンビニで温かい飲み物を買っていい?」
「奢るわよ」
天界で池波先生も思っただろう。
「俺、温かい蕎麦で酒、飲んでいたんだけどな……」
後日、リベンジマッチ(単に一人でカレーそばを食べる)をしました。
美味かったです。
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