潰された正義



──何か、嫌な予感がする。


リュクレーヌの脳裏にある可能性を並べる。


──あのゴーレムはマスカ。主人であるミーナの意思には絶対に逆らえないはず。もしかして主人が別にいる?だとすれば主人はやっぱり──


答えはすぐそこまで来たところで、ぞわりと、恐ろしいほどの寒気が背中に這った。


──この気配は!


リュクレーヌは危機を察して反射的に叫んだ。


「まずい!逃げろ!」


リュクレーヌの声に、フランも気づき、突如動き始めたゴーレムの拳を避けた。

拳は、逃げ遅れたミーナの頭部を吹き飛ばした。ゴーレムはそのまま、もう片方の腕を槍にして、腰を抜かしたウェスペルの腹を刺し、血肉をかき分け、腸を引きずり出した。


「お望み通り、教祖様」


ゴーレムの背後から、マントを纏った男が顔を出す。


「ファントム!」


「どうして……」


ファントムの姿を見た信者たちは大慌てで逃げ出そうとする。


「やぁ、久しぶりだね。長い事拘束されていて退屈だったよ」


「そうだ、お前はアマラ軍に拘束されていたはずだろ?」


「いやー。まぁ、事前にいろいろ準備しておいてよかったよ」


「なっ……どういう事だ」


「ボクが拘束される前の協力者も居たって事だよ。一人はあの船乗り。もう一人は今回の教祖様ってこと」


ミーナが口走っていた「あの人」の正体はファントムだった。彼女がゴーレムと新聞社を使ってアマラ軍を壊滅的な状況まで追い込んだおかげで、ファントムは脱獄が出来たというのだ。


「どうして協力なんか……」


「簡単だよ。ボクが「キミの言う正しい人間だけの理想郷を作ろう」って言ってマスカを貸してあげたら簡単に契約してくれた」


彼女の縋る正しさに付け込んだ。たったそれだけで、ファントムは協力者を手に入れたのだ。


「まぁ、キミたちも気づいている通り、ゴーレムなんてものは無くてみんなマスカなんだけどね。皆、僕の指示で戦ってくれたよ。ゴーレムも僕の指示に従ってたし、ゴーレムと戦うマスカも倒されたふりを上手にしてくれた。おかげで戒律を破った人間が皆マスカになってくれてボクは嬉しいな」


「どうして協力者である彼女を殺す必要があった?」


「生かしておいても面倒だったからだよ。前もこんな事あったよね。ボク、正義に囚われている奴、大っ嫌いなんだ」


やれやれとため息をつきながらファントムは足元に転がっていたミーナの頭部を踏みつける。


「その点、キミたちはまだいいよね」


「何?」


「まず、あのお医者さん。ブラーチか。結局僕と同じ、人殺しじゃん。今は魔術を使って人助けをしているのかもしれないけど、魔術で人を殺してしまった罪は消えないよ。僕と同じだよ。行く先々でいじめられたみたいだけどいじめられて当然だよね」


「ブラーチさんが、人殺しって……どういう」


全くもって知らない情報にフランはおろおろとリュクレーヌの方を見つめた。リュクレーヌは表情一つ変えないでファントムの方を見ていた。


「おまえ、そんな事まで調べ上げたのか」


「まさか、調べてなんかないよ。面倒な事は嫌いだからね。次に、あのガーディアン、えーと……そうそう、クレアだね。彼女は酷い女だね」


ファントムは不気味に口角を上げた。


「アマラをやめたんだよね。彼女。要するに自分の仕事ほっぽり出して、好きな奴だけ選んで守るって言ってるんだよ?公私混同だね。アマラなら誰の事だって文句言わずに助けるべきだよね」


嘲笑うように、ファントムは仲間たちを陥れる。

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