変えられない過去、変えられる未来

「司令!……いや、パパ……」


部下としてではなく一人の娘としてクレアは頭を下げる。


「私の大好きなパパでいて欲しいの。お願い」


これはエゴだ。


そんな事はクレアにも分かっていた。


だが、例えエゴだろうと、父親がした事にはけじめをつけて欲しかった。

娘の懇願に、深くため息をつきながらアドミラはリュクレーヌの方を向く。

そして、


「…………すまなかった」


深く頭を下げて陳謝した。

その様子を見て、リュクレーヌは目を見開く。

居心地の悪い、複雑な表情をして、しばらく黙り込んでいた。


沈黙が続く。


アドミラはそれでも頭を上げない。


耐えかねたリュクレーヌは、小さく口を開けた。


「……許す、わけないだろ」


「リュクレーヌ!」


フランが𠮟責するように叫ぶ。

だが、リュクレーヌは言葉を止めなかった。


「アンタが俺にした事は許せない。過去はどうやっても変えられない」


これには一同困惑した。最高司令が頭を下げてまでもリュクレーヌは

あくまでも過去については一切許すつもりはないと、ハッキリ言う。

だが、話は終わらない。リュクレーヌは「でも!」と続ける。


「いつまでも根に持っておくつもりもない。恨んだりはしない。過去は変えられないからな」


過去は変えられない。

どうする事も出来ない。リュクレーヌ自身が一番分かっている事だ。

弟が悪魔と契約し、躰を奪われた原因を作ったのは自分自身だったから。


「だからこそ、過去の仕打ちには囚われない。俺が今できる事をやるだけだ」


変えられない過去を、せめて変えられる未来で救う。

その為に、今、最善を尽くすことをリュクレーヌはここに誓った。


「だから、マスカやこいつの件で協力できることはしてやる。命令じゃなくて依頼ならいつでも受けてやるよ」


そのためには、相手など選ばない。

アドミラであろうとも、ファントムやマスカについて協力できる依頼は、引き受けるつもりだ。


それが、弟を救う未来に繋がるのなら、と思ったから。


「……そうか」


アドミラは、事情は分かった、と頷く。


「ただし、約束してくれ。マスカを利用しないと。俺みたいな奴がもう、居て欲しくないんだ……」


リュクレーヌは続けた。


一番重要な事だ。

もう二度とマスカに対し、不必要な実験的行為はしないで欲しいという要求。


彼らもまた、ファントムの被害者であり、心を奪われてしまった人間だったのだから──

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