死んだ心と生きる意味

しかも、少数ではない。

立ち上げた初期のアマラ軍の人間にはマスカに恨みを持つ者が多く居た。


それ故にルーメンは、ファントムに騙された人間の魂を粉々に砕かれる現場をいくつも見てきたのだ。


最初はルーメンの心も痛んだ。

今はもう、痛みも感じないほどにルーメンの心は死んでいた。


「俺、そんな奴らの命も護らなきゃならないんだって思うと……死んだ方が、もう──」


「護る事がお前の役目なのか?」


「え?」


ブラーチが問う。

ルーメンが実験に携わる人間を守りたくないと考えるなら──


「お前は、弟……ルーナエの為に動くと思っていたが」


「ルーナエの……為」


守りたい人間の名前を出してやるしかない。

それしか彼の心を生き返らせる方法はないとブラーチは考えた。


「そうだ、俺はルーナエがしてしまった事を……」


俯いていたルーメンが顔を上げる。

向けられた彼の瞳には少しだけ、輝きが戻っていた。


「ブラーチ!俺は、アイツの責任を取る!そのために生きるよ!」


この醜い恨みが募る場所で、ようやく生きる理由を見つけたルーメンに、ブラーチは「そうか」と微笑んだ。


現状が変わる訳ではない。

ただ、彼が生きるためのモチベーションを持てるのであれば、協力はしたいと思った。


「あぁ、そうだ。私も、監察医は辞めた」


「え?どうするんだよ、これから」


「マスカの研究者になったんだよ。こう見えて魔術もたしなんでいるからな」


「へぇ。意外だな」


ブラーチは、もともと監察医として優秀であったが、そのポストを捨てて、マスカの研究に専念する事になった。


アマラ軍からも協力を要請されている。この牢へ案内がスムーズだったのも、恩があったからだろう。


「私にもできる事が有ったら言ってくれ……まぁ、ここから出せといった事は難しいが」


冗談めかしく言うと、ようやくルーメンは笑顔を見せた。

 


それから更に数年が経った。

検証の甲斐もあり、マスカを倒す武器も完成した。アマラ軍も本格的に始動をして、人命を救っていた。


そして、十九世紀も終わろうとしている一八九九年の十二月初旬。


アドミラは地下牢への階段を一つ、また一つと下る。

そして、牢の前に立ち、「ルーメン・ノクスルム」と、囚人の名を呼んだ。


名を呼ばれたルーメンは振り返り、声の主の方を向いた。その瞬間随分と苦い顔になる。


「あぁ、久しぶりだな。できれば顔を見たくなかった」


憎まれ口を叩いてもアドミラは顔色一つ変えない。


ルーメンは苛立ちながら「それで、何の用だ」と用件を急かしながら訊いた。

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