九年前の牢獄

「突然マスカが動きを止めたの。それから、帰っていったわ」


「……何か、理由があったのか?」


「分からない。私に分かるのは、母をマスカによって失った父が、何としてでもマスカを根絶するためにアマラ軍を立ち上げた事だけよ」


「アマラ軍を……」


フランにとって友人だと思っていた人物の父親はアマラ軍の立ち上げ人だった。

妻を失った悔しさ、憎しみ、恨みを晴らすために、マスカを絶対にこの世から抹消するという感情が彼を動かしていた。


「そこから先の、あの人の事なら俺も嫌と言うほど分かるよ」


リュクレーヌが冷たく言う。いくら悲しい過去を背負っていても、自分がされた仕打ちを精算するほどお人よしではないから。

クレアは、小さく息を吐いて、リュクレーヌの方をじっと見つめた。


「……リュクレーヌ。聞かせて?貴方が父に何をされたのか」


「いいのか?自分の親父さんの贖罪なんて聞きたくないだろ」


「いいの。私は知らなくてはいけない。パパの……恨みが、執念が誰かを傷つけているってことを」


「……分かったよ」


少し、気乗りはしないようだったが、リュクレーヌから見たアドミラの話が始まった。

 

 

一八九一年一月

ルーメンはルーナエの殺人未遂で警察に逮捕された。

その後、まだ子供とは言え、実の弟を殺しかけたという事で極刑が下り、死刑が執行された。


ところが──


「なんだ、こいつ!生きてるぞ!?」


──痛い


「はぁ、何を言ってるんだ!ギロチンだぞ!?」


──苦しい


「それが、何をやっても死なないのです!毒ガスも、電気椅子も、絞殺も……どうやっても死なないのです!」


──辛い


「気持ちが悪い!化け物じゃないのか!」


「そうだよ。俺は死なない」


死刑執行。しかし囚人は生きていた。当然だ。当時の科学ではルーメンは不死の化け物であった。

痛みも苦しみも辛さも全部、全部全部感じるだけで命を投げ出すことは出来ない。


ルーメンは、自分の死体に閉じ込められた化け物として、生きていく事しか出来なかった。そう、死と言う名の救済は彼には赦されなかった。


「とにかく、こいつは極秘で牢に捕らえておこう」


殺せないなら拘束するしかない。脱獄しようとは思わなかった。

ルーメン・ノクスルムは死んだことになったまま、ここに居る。ファントムもまさかそんな事見当もつかないだろう。狙い通りだった。


例え、化け物として白い目を向けられても安全な場所だったから決してこの生活を手放すことは無かった。

 


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