撒かれた塩と六年前

バタンとドアが閉じられると、リュクレーヌは拳をローテーブルに叩き付け、叫ぶ。


「だーーーっ!フラン!!」


指図されたフランはおろおろと狼狽えながら「な、何?」と用件を聞きだした。


「塩だ!塩持ってこい!」


「うん!?塩ぉ!?」


理由は分からない。

だが、ただ事じゃ無いとフランはキッチンへと塩を取りに行き、リュクレーヌに渡した。


「一体、何に使うんだよ」


「決まってるだろ!撒くんだよ!」


「うわー!勿体ない!何してるんだよ!」


リュクレーヌが塩をひったくると、一掴み、二掴みと塩を玄関の方へと撒いた。

せっかくの調味料を粗末に扱われては、フランも止めるしかなかった。

今日のリュクレーヌは格段におかしい。そう感じていたのはフランだけではなく、事務所に居た全員も同じだろう。


「しかし、なぜ、探偵はアドミラ司令をここまで敵視する……?何か、あったのか?」


ラルファが単刀直入に訊いた。基本的には人当たりのいいはずであるリュクレーヌがファントム以外にここまで憎悪を向けたところを初めて見た。

だが、アドミラと関係性があるのはリュクレーヌだけでなかった。


「ラルファさん、クレアの前ですよ……」


娘であるクレアの前で父の恨みごとを聞かせるわけにはいかないと、フランは窘める。

すると、ラルファは思い出したように「あっ、失敬」といい、お茶を濁した。

だが、クレアはというと、首を振る。


「構わないわ。パパはマスカが嫌いなんです。リュクレーヌに酷い事をしたのかもしれません」


「そうか、君のお袋さんはマスカに殺されていたもんな……」


リュクレーヌがクレアの方に悲哀の瞳を向けた。

以前この事務所で訊いた、クレアの生い立ち。

彼女もまた、フランと同様に家族をマスカによって失っている。

彼女は、「リュクレーヌには話すべきだと思う」と言い、悲しい記憶を語り出した。


「パパ……父は警察官だった。六年前、家に強盗が入ったの」


「六年前の強盗……」


「まず、キッチンに居た母が殺されて……私と父は母の悲鳴を聞いてキッチンに向かったわ。そこには見た事のない化け物と無残にも血肉となった母が居たの。」


「つまり、強盗は化け物……マスカだったって訳か」


「えぇ、そうよ……何が起きたのか分からなかった。父は何とか私だけでも助かるように、庇ったの。父の顔の傷はその時にできたもので……」


「ちょっと待って!当時はアマラ軍もいない。マスカなんてものも知られていなかった……どうやって助かったの?」


フランが口を挟む。そう。マスカは人間ならアマラ軍にしか討伐出来ない。

なぜ、二人は無事だったのか。


人間以外にマスカを殺すことが出来る人物が居るなら──ファントム及びルーメンか。


──自分と同様に、ルーナエが助けに来たのか?


だが、フランの推理は外れた。

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